第2章 第10話 消えない旋律
〇環奈
「いい試合だったね、環奈」
試合にもならなかった試合を終え、飛龍が爽やかな顔で近づいてきた。爽やかと言ってもその過程は全てを手の上で転がせて満足したというもの。爽やかとは真逆の結果だ。
「あれがいい試合なら悪い試合なんてないよ」
試合内容は非常に圧倒的なもの。でもいいわけみたいで嫌だけど、この結果は始まる前からわかっていた。
いくら三枚のブロックを揃えたとしても、それはどんなことがあっても崩れない壁にはならない。
きららのブロックは高いだけでまだ未熟だし、新世のブロックは低い上に締めることしか意識していなかった。
弱いブロックと止めるつもりのないブロック。その二枚のブロックは明確な穴となり、スパイクに完敗するという結果を生んだ。
「ていうか六対二とか言うのやめてくれる? きらら……身長の高い子とか無駄にショック受けちゃうじゃん」
確かに人数で見るとその通りだけど、たった一プレー、短いラリー。これがもっと長かったら人数差が如実に現れてくるはずだけど、こんなので人数差があったにも関わらず完敗しただなんて言いたくない。そして何よりこれで初心者のきららにバレーを勘違いしてほしくない。
「まぁどっかの馬鹿も気にしてるっぽいけど」
「あはは。やっぱりまだ私たちを許してないんだね」
心底楽しそうにそう言うと、飛龍はゆっくりあたしに顔を近づけてくる。
「ちょっ」
少し身体を屈ませ、飛龍の顔はあたしの耳の隣へ。そして生暖かい風と共に一言。
「嫌うなら、もっと徹底的にやらないと」
「っ」
飛龍の官能的な声が耳を伝い脳にまで届く。そして思い起こされるのは、新世が二対二を申し込んだ時に思わず飛び出してしまった言葉。
壁があることを示すために決めていた苗字呼び。それが咄嗟のことで崩れてしまった。
「ふふっ。じゃないと、」
小さな笑い声が耳元で聞こえたかと思ったら、熱くなった耳にぷにっと柔らかな感触が触れた。
「ひゃぅっ」
思わず手で払おうとすると、それを読んでいたかのように飛龍は優雅にくるっと一回転してあたしの手を避ける。空を切った手でそのまま耳たぶを触ると、わずかに湿っていることがわかった。
「じゃないと、気づかない内に噛まれちゃうかもよ」
飛龍は不敵な笑みを浮かべると綺麗な指を口元に持ってくる。
こいつ、あたしの耳を唇で噛みやがった……!
「流火……!」
「ほらほら、そういうところ。まだ続ける気なら直した方がいいよ」
あたしが掴みかかろうとすると、飛龍はひらひらと手を振り新世と話している蝶野の方に歩いていってしまった。
「ほんと嫌な奴ら……!」
新世に蝶野に飛龍。久しぶりに会ったチームメイトたちは当時と何も変わっていない。
あの時のことを何も悪いと思っておらず、それなのにどうしても憎めない。
だからあたしはあえてそう口にすることであの日の誓いを再確認した。




