第2章 第9話 G線上の彼女
〇珠緒
「……まったく、舐めくさってますわね」
六対二で勝負だなんて普通に考えてありえない。たった二人では守れる場所は限られてるし、ブロックを確実に三枚揃えることができる。いくら風美さんが相手でも敗北はありえませんわ。
……でも。流火さんのあの顔は勝ちを確信した顔。というより偵察というのはやはり嘘で、試合に持ち込むのを望んでいたように感じましたわ。
おそらく先のインハイ予選での最後の展開。あわや逆転というところで自滅してしまった花美へ、ミスがなくても勝つのは紗茎だったと示すため。……もしくはいいようにやられたことへの復讐ですわね。
だとすると流火さんにまんまと乗せられた形になりますか。
「あまり舐めないでくださいまし」
やはりいくらなんでも六対二で負けるはずがない。そのむかつく笑顔に敗北の二文字を叩きつけてやりますわ。
「せっかくの強豪と戦えるチャンスだ。胸を借りるついでにちゃちゃっとリベンジするぞ!」
「おー!」
一ノ瀬さんの掛け声にみなさんが気合いを入れる。ま、環奈さんと小野塚さん以外は、ですが。
配置は前衛にわたくし、一ノ瀬さん、翠川さんの長身三人。後衛ライトにサーブを打つ小野塚さん、センターに扇さん、レフトに環奈さんという守りでは最強だと思われるもの。
作戦は先程わたくしたちがやったのと同じで、ブロックでストレートへの抜け道を作るというもの。
左利きでライトから打ってくる風美さんの正面には環奈さんがいるし、もしクロスよりさらに鋭角なインナースパイクを打ってきた時のためにライトには小野塚さんを配置している。
もしブロックにわざと当ててボールを外に飛ばそうものなら深くで守っている扇さんがカバーしてくれる。一分の隙もない完璧な作戦ですわ。
「うぇー、やりたくないよー」
向こうのコートでは風美さんが準備運動もせずにだらだらしながらそう漏らしていた。あれもあれで相当舐めくさってますわね。
「まぁそう言わないで。ちょっとボール打つだけで終わるから」
「うー。せっかく今日は練習しなくていいと思ったのに……」
流火さんと風美さんの会話を聞いているとあの頃を少し思い出しますわね。
ま、昔の話なんて死ぬほど興味ないのですが。
「大丈夫」
それでも。いつものように流火さんが自分のカチューシャを外し、風美さんに着けてあげるあの姿を見ると嫌でも思い出してしまう。
「あなたは私の言う通りのバレーをやればいいから」
常に浮かべている笑みを消し、流火さんは小さくそう告げる。
「――うん。そうだね」
そして風美さんは糸に吊られたように口角をずり上げる。
この一連の流れでコートに誕生する。
輝かしくも、忌々しい。
最強の選手が。
「じゃあ試合開始だべ!」
審判台に乗った徳永先生が試合開始の笛を吹く。それと同時に小野塚さんの手からボールが放たれた。
「いきなりだね!」
相手に準備する時間を与えないタイミングでのサーブ。しかも紗茎のリベロをも苦しめたジャンプフローター。最高の選択をされたことに流火さんが声を上げた。
サーブの行方は流火さん。同じ選手が連続でボールに触れないのでファーストタッチが流火さんになるとスーパーエースである風美さんはスパイクを打つことができない。これも最高の選択ですわ。
「風美!」
「うん」
でもあまり球速のないジャンプフローターが相手ということで流火さんの代わりに風美さんがレシーブをした。これで少しでも乱してくれたらよかったのですが、セッターの定位置の頭上に上がる完璧なAパス。スーパーエースである風美さんは普段サーブレシーブに参加しないのですが、さすがですわね。
「オーライ!」
そして流火さんがボールの下に入ったのですが……。
「はぁっ!?」
「えっ!? えっ!?」
あろうことか両手の十本の指でしか支えられないトスを、流火さんは右手の五本の指だけで上げた。
「――やはりそうですのね」
隣で慌てふためく二人を後目にわたくしはそう吐き捨てる。
ボールは風美さんが最も打ちやすい位置へ。高くもなく、低くもなく、回転もかかっていない。
完璧なセットアップを流火さんは片腕だけで魅せた。
「一ノ瀬さん、翠川さん、クロス締めますわよ!」
「お、おうっ」
「あの人マネージャーさんですよねっ!?」
セッター離れしたプレーに呆けている二人に檄を飛ばす。相手コートを見てみると風美さんは特に何の感想も抱いていない無表情でボールを追いかけていた。
ボールを打つ風美さんの助走の向きは完全にクロス。インナースパイクを仕掛けたいのでしょうが、抜けた先には環奈さんがいる。環奈さんの実力をよく知っている風美さんが素直に打つとは考えられない。
だとするとインナーを警戒してブロックがクロス寄りになったところを警戒のせいで広がったストレートに打ってくるはず。
だからこそ余計な思考を捨ててクロスを完璧に締める! そうすれば後は最強のレシーバーの二人がどうにかしてくれますわ!
「せー……のっ!」
わたくしの掛け声に合わせ、風美さんが跳び上がったと同時にわたくしたちブロッカー三人も跳び上がる。
片腕トスには驚きましたが、スパイクさえレシーブできれば二人ではこちらの攻撃に対応できない。
「これで終わ……」
「っあ!」
衝撃。
風美さんが腕を振り下ろした瞬間、激しい衝撃がわたくしと隣の翠川さんの腕を襲う。
「――な、ぁっ」
インナーを警戒? ストレートに誘導? わたくしは三年間何を見ていましたの。
そんな小細工を軽々と吹き飛ばす力がこの方にはあるではありませんか。
「くそ……」
風美さんはインナーでもストレートでもなく、普通にクロスへとスパイクを打った。
ブロックがあると知りながら、わざとブロックと真っ向勝負を仕掛けてきた。
その結果、わたくしたちは完全に力負けした。
ボールを抑え込むために上げた腕は衝撃で身体ごと後ろに下がり、生まれた隙間を少しもスピードが落ちることなくボールが進んでいく。そしてわたくしのブロックの後方に轟音と共にボールが叩きつけられた。
凄腕レシーバーがどれだけいようが、策を練ろうが関係ない。
ただボールを打つだけで、それは誰も止められない一撃必殺の技となる。
「負けた……?」
六対二とありえないほど有利な試合で、わたくしたちは完敗した。




