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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第2章 讃美歌パフォーミング
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第2章 第8話 幻想即興曲・飛龍流火の狩り講座

「……お久しぶりですわね。流火(るか)さん、風美(かざみ)さん」


 新世にそう話しかけられ、身長の低い方の女子が微笑んだ。獲物を見つけた獣のような嫌な笑顔で。


「ひさしぶり、珠緒。それに、環奈も」

「なんでここにいんのよ、飛龍(ひりゅう)


 その笑みがあたしにも向けられた瞬間、思考する間もなくあたしは梨々花先輩の前に飛び出した。もちろんその理由は、梨々花先輩を守るため。


 そしてあたしは飛龍の後ろに隠れ切れていない同年代の女子でトップクラスの大きな身体を持つ彼女に語りかける。


「あんたもだよ、蝶野」

「ひぃっ!?」


 あたしに睨みつけられた彼女は小さく悲鳴を上げて身体を小さくさせる。それでも全然身体が大きくはみ出しているんだけど。


「まさか偵察ってわけじゃないでしょ? あたしたちに勝ったチームが」


 彼女たち二人の所属校は紗茎学園附属高等学校。


 インハイ予選一回戦で花美を圧倒的な強さでねじ伏せたチームだ。


 そして、あたしと新世の元チームメイトでもある。


「あはは」


 あたしの嫌味っぽい言葉を飛龍は小さく笑い飛ばす。


「他校の練習を観させてもらうのが偵察じゃないのならそれでもいいけど」

「やめた。言葉であんたに勝てるわけないし」

「そんなことないって。しばらく見ない内に環奈も上手くなってるよ?」

「……ほんとそういうとこ」


 話している内に論点がずらされてどんどん向こうのペースに飲み込まれてしまう。見た目は人当たりのいい美人って感じなのに性格はまるで蛇のように陰湿でずる賢い。


 いや、蛇というより蜻蛉と言うべきか。


 遠くから相手の隙を伺い、獲物が油断した瞬間に凄まじい速度で近づき捕食する蜻蛉。


 その様は天空を舞う龍のように美しく、気高く、そして絶対的だ。


「徳永先生、事情を説明してもらってもいいですか?」


 そんな奴と直接対峙しようだなんて馬鹿げている。だからあたしはニコニコと人柄のいい笑みを浮かべて様子を窺っているこいつらを連れてきた徳永先生に会話の進行を託すことにした。


「事情っつってもそのまんまだ。飛龍さんたちが偵察させてもらいたいって来たから外から観させてただけ。あっ、もしかしてまずかったか!?」

「いや別にいいんじゃないスか?」


 今になってやってしまったかもしれないと気づいた徳永先生が慌てるが、朝陽さんが軽い調子で笑った。元々花美は偵察を認めていたのか……いや、たぶん偵察されるなんて初めての経験だったからとりあえずオーケーしてみたって感じかな。


 偵察についてのルールは学校によってまちまちだ。自由に認めているところもあれば、録画はなしだったりメディアだけに限定していたりで特に決まりがあるわけではない。


「やっぱわけわかんないって。なんであんたらが偵察になんか来てんの?」


 偵察自体は問題ではない。なぜ格上が格下の練習を観に来たのかが不可解だ。

 ましてや紗茎のスタンスは偵察している暇があるなら練習しろというもの。しかも一年生でありながらエースを張っている蝶野を向かわせるとか考えられない。


 そもそもあの人が練習を休むことを認めるはずがないんだ。だから全てがおかしい。偵察だけじゃなく何か別の目的があることは間違いないはず。


「いい加減全部話してよ。あんたたちのせいで練習ストップしてるんだけど」

「あははそうだね。じゃあまずは挨拶から」


 そう小さく笑うと飛龍は手を前で組んで軽く頭を下げる。


「突然押しかけてしまってすみません。私は紗茎学園バレー部一年、飛龍流火(ひりゅうるか)です。今はえーと……マネージャーをやっています」


「うん? マネージャーなんていたっけ?」

「そしてこっちが、」

 梨々花先輩の言葉を無視し、飛龍は後ろに隠れている蝶野を前に押し出す。


「ぅえっ!? さ、紗茎学園バレー部一年の蝶野風美(ちょうのかざみ)です!」


 突然呼ばれ、蝶野は慌てながら必死な形相で頭を下げた。


「なんかイメージと違うね……」


 まるでネジ巻き人形のようにひたすらと頭を下げ続ける蝶野を見て、梨々花先輩がちょっと引いた顔でそうつぶやく。


 確かに試合中の蝶野を先に見ているとそういう感想になるのかもしれない。インハイ予選での蝶野は前髪をカチューシャで上げ、ただ淡々と練習のように力強いスパイクを打ち込む、言ってしまえば機械のような存在だったはずだ。


 でも今そこでライブの観客ばりに頭を振っているのは、緊張しいで人見知りで前髪を目にかかるまで下ろして人の目を見ないようにしている一人のコミュ障だ。あたしにとってはこっちの方が見慣れてるけどまぁはじめましてだとこの姿は衝撃的だよね。


 なんせ蝶野は百八十センチ近い身長に加えて身体のいたるところが大きい。腕も脚も胸もお尻も、いたるところがムチムチだ。だからこそ女子離れしたパワーが出せるんだけど、そんな奴が暴れてるんだからインパクト大だ。


 しかも蝶野の性格はただコミュ障なだけじゃない。


「る、流火ちゃん! やっぱりもう帰ろうよぉ!」


 しばらく頭を下げ続けていた蝶野が突然振り返り、床に膝をついて飛龍に抱き付いた。


「ここの人たちみんな怖いよぉ! 部長はヤンキーみたいだし、偏差値低い高校らしくみんな髪染めてるし、あの恐いチビはいるし、まだ環奈ちゃんは怒ってるみたいだしめんどくさいよぉっ!」


 ……そう。蝶野は口がすごく悪いのだ。普段は気をつけているようだけど焦ったらすぐに崩れてしまう。まぁ常に慌ててるから普通にただ口が悪いだけなんだけど。


「……自分地毛なんですけど」

「ヤバいチビってわたしのこと?」

「ここまではっきり言われると何も言えねぇな……」


 あまりのひどい有様に梨々花先輩たちはおろかきららまでドン引きだ。まぁこれで終わらないのがこいつらのめんどくさいところなんだよね。


「大丈夫だよ、風美」


 抱きつかれていた飛龍は優しい声でそう囁くと、ゆっくり蝶野を引き剥がす。そして床に膝をついている蝶野に目線を合わせるように片膝をつくと、蝶野の顎を指で軽く上げて顔を近づけた。


「何があっても風美は私が守るから」


「ふわぁっ、るかちゃんっ、すきっ、しゅきぃっ」


「うげぇ……」

 目の前で繰り広げられる顎クイとろとろ光景に思わず吐き気を催してしまう。なんでこいつら他人の学校に来てこんなことやってるんだろう。


「なんか梨々花さんと美樹さんみたいですね……」

「みきと梨々花ちゃんの方がラブラブだよっ」


 なんか向こうできららと扇さんが話してるけど、こんなに見当違いな話も中々ない。


 扇さんから梨々花先輩への愛は一方通行だ。扇さんが勝手に押しつけてるだけで、梨々花先輩の気持ちはあたしに向いている。


 でも飛龍と蝶野の関係は繋がっている。蝶野の激しい愛を飛龍は受け止め、それに見合う愛情を返してもらっている。


 ただ、飛龍の愛は蝶野だけに注がれているわけではない。


 チームメイト、先輩、後輩、あたしにまで、向けられている感情は平等だ。


 愛し、愛され、双方のその気持ちを利用し、飛龍は自分に都合のいい世界を創りあげている。


 そしてそれを蝶野は認めている。


 決して普通の関係ではない。まるでよそで他に女を作っている夫を認めているかのような歪な関係。


 本当に、気持ちが悪い。


「環奈は何か疑っているけど今日は本当に偵察に来ただけなんです。正直、驚いたから」


 いまだに犬のように床に這っている蝶野を放置し、飛龍は言う。


「先日のインターハイ予選。結果的には我々が勝利しましたが、あなた方が勝つ可能性も十二分にあった。正直あなた方を舐めていた我々にとってそれはとっても衝撃的だったんですよ」


 『舐めていた』。そうはっきり言っているのに嫌な気持ちが一つも湧かないのは飛龍の語りの上手さ故だろう。


「先ほどの三対三も見事でした。春高でまた試合しましょう。それじゃあしつれ……」

「待ちなさい!」


 自己紹介を終えて目的を完遂したのか、飛龍は口早に話を切り上げようとするが、それを認めない奴が一人。


「せっかく遠いところいらっしゃったのだからもっとゆっくりしていきなさいな。二対二で勝負ですわ!」


「珠緒っ!」


 でもそれは、それだけは、あたしが認めるわけにはいかなかった。


「あんたふざけないでよ流火がどんな状態か……」


「まぁまぁ環奈。私たちは構わないよ。ね、風美」


「ぅえ!? ぇ……でもわたしたち制服だし……」


「そうだね。だから一本勝負にしよう」


 そう言って、飛龍は笑う。


「でもさすがに風美がいるとそっちが不利だよね」


 楽しそうに。嬉しそうに。


「だから」


 まるで獲物を仕留めたかのように。


「六人で、かかっておいで」


 飛龍流火は、笑った。

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