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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第2章 讃美歌パフォーミング
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第2章 第6話 狂詩曲・わたくしは教科書を読まない

〇珠緒



「よしお前らこの際だ! 普段生意気な一年どもをボッコボコにすんぞっ!」

「しゃぁっ! おらぁっ! わぁーっ!」


 わたくしたちがコートに入ると上級生チームも円陣を組んで気合いを入れる。やけに扇さんが張り切ってますけど環奈さんか翠川さん何かやらかしたのかしら。


「環奈さん、向こうに肩入れしたいでしょうが手は抜かないでくださいまし」

「別に舐めプする気はないよ。これが本当にレギュラーを決める試合だったら全力で足を引っ張りにいくけどただの練習だしね」


 あぶな……早めにネタばらししてもらって助かりましたわ……。


「ハンデだ。サーブはウチらからにしてやる」


 円陣を終え向こうのコートに入った一ノ瀬さんがボールをつきながら言ってくる。バレーはスパイクとブロックの関係と同じで攻撃側が圧倒的に有利。つまりサーブレシーブの後すぐ攻撃に移れるレシーブ側の方が勝率は高い。でも今回は、


「いえ、わたくしたちがサーブをしましょう」


 相手にサーブをなるべくさせたくない。先日の試合では一ノ瀬さんのジャンプサーブと小野塚さんの変幻自在のサーブが紗茎を翻弄していた。それを初心者でレシーブをあまりしないミドルブロッカーである翠川さんにバカスカ打たれたらそれだけで試合が終わりかねませんわ。だからなるべくそれを悟られずにサーブ権をいただきたいところ。


「正直言うとわたくしサーブには自信がありますの。だから十点連続サービスエースを決めて完封したいのですわ」


 もちろんわたくしにそこまでの技術はないし、どれだけ上手い選手でもそんな連続でサーブを決められるはずがない。でも煽りの効果は出たようで、


「ほんとお前はウチたちを舐めてんな……。そんなに言うなら見せてみろよ」


 イラ立ち混じりのため息をつきながらボールをネットの下から通してくれる一ノ瀬さん。これで第一関門突破ですわね。


「よし、じゃあ試合開始!」


 わたくしがサーブ位置に立ったのを見て一ノ瀬さんが号令をかけた。向こうのフォーメーションは後衛のレフトとライトに一ノ瀬さんと扇さんを配置。前衛に小野塚さんがいることからレシーブには参加しないようですわね。まぁ一応セッターとしての技術を見るためという名目がある以上当然と言えば当然ですか。


「では、参りますわ」


 わたくしはコートに対して横向きに立って、ボールを左手で持ち、右手を引いて拳を作ると軽くボールを放る。そしてボールが腕の横辺りに来る直前、腰を使って身体を回し、腕時計を着ける位置でボールをミートさせた。


「サイドハンドサーブ……!」


 わたくしの一連の動きを振り向いて見ていた環奈さんが声を上げる。その声を置き去りにし、ボールはまっすぐ後衛ライトの扇さんの位置へ。


「くぅっ、あっ、ごめんなさいっ」

 ボールは扇さんの組んだ腕の右に当たり、誰もいないコートの外に飛んでいった。


「まずは一点」


 インハイ予選で見た通り扇さんはレシーブが苦手ですわね。次もあの人狙いでいきましょうか。


「やりましたーっ!」


 わたくしのサービスエースに前衛にいた翠川さんが振り返って駆け寄って来る。


「新世さんすごいです! チョーエッチパンツですっ!」

「たぶんノータッチエースって言いたいんだろうけどそもそも触ってるからサービスエースだってばきらら。……それより新世、あのサーブなに? 確か中学の頃は普通のフローターだったよね」


 笑顔の翠川さんとは対照に、環奈さんの表情にはどこか怪訝な色を感じる。まぁ当然ですわね。これは六人制バレーではほとんど使われないサーブなのですから。


「部活に参加していなかった間、別に遊んでいたわけではないんですのよ? 以前のままのわたくしだと思わないでくださいまし」


 ふふっ、決まりましたわね。これでわたくしが即戦力どころかこの弱小校に収まるべきではない能力の持ち主だということが伝わったはず。


「かっこいいです! 今度自分にもサイドハンドサーブ? のやり方を教えてください」

「そんなのよりまずは普通にフローターサーブを打てるようになってね」

「なんでですかー!?」


 ……なんか思っていた反応とは違いますわ。環奈さんはわたくしすごいムードの翠川さんを戒めると、ゆっくりわたくしに近づいてくる。


「まぁ今のサーブで今までどこで練習してたかわかったよ。でもそんな後に続かないサーブを使うのはどうなの?」

「……サイドハンドは練習すればフローターよりも力が出るサーブになりますわ」

「まぁ新世のことなんてどうでもいいんだけど」


 向こうのコートから送られてきたボールを拾い、環奈さんは冷たい目でそう告げる。


「ナイッサーもういっぽーん」

 そして興味なさげにそう言うと小さくボールを投げ渡してきた。


「……言われなくてもわかってますわよ」


 サイドハンドはトップ層ではほとんど使われないサーブ。主な活躍場所は趣味や運動目的で開かれているママさんバレー。わたくしが部に参加しない間練習していた場所でしか使われない弱いサーブですわ。フローターよりも強いとは言っても完璧に使いこなせるようになる頃にはフローターはジャンプしたりスパイクに応用できたりと更なる発展をすることができる。


 それでも今のわたくしにはこれしかないんですのよ。


「とにかくもう一点、取らせていただきますわよ」


 今度のわたくしのサーブも狙いは扇さん。少し乱したもののボールは小野塚さんがしっかりカバーできる場所へと上がる。


「朝陽さんっ」

「っしゃあ任せろ!」


 小野塚さんがボールを上げた相手は花美で一番のパワーを誇るエース、一ノ瀬さん。高く上がったボールと一緒にわたくしたち三人も一ノ瀬さんの前方へと進む。


「翠川さんわたくしの合図に合わせて……せーのっ」

「っしゃゴラッ!」


 計画通りわたくしと翠川さんがクロスを塞ぐブロックを跳んだことで、一ノ瀬さんの打ち先はストレートコースとなった。そしてボールの先には環奈さんが。


「っぁ」

 少しの呻き声と共にボールは再び宙へと舞い上がる。行き先はセッターの定位置。文句なしのAパスですわ。


「速攻はない! クロス締めるぞ!」

「はい!」


 翠川さんのポジション、ミドルブロッカーは速攻を多く使うポジションですが、初めて一緒にプレーするコンビでは合わせることは不可能に近い。だから向こうも普通の攻撃、オープン攻撃が来ることを予想し、セッターを決めるための試合だというのにわたくしたちと同じように一ノ瀬さんと扇さんでクロスを締め、ストレートに小野塚さんを配置する作戦に出た。


 確かに予想は当たっていますわ。速攻なんか使えませんし、初心者の翠川さん相手ならミスを誘える応用的なストレート方向に打たせるよう仕向けるのが最善。最善は確かにそうですが、


「甘いですわ」


 わたくしはボールめがけて跳び上がる。その動きは完全にトスを上げるためのそれ。


 でもわたくしはボールを翠川さんに上げるのではなく、左手でボールを相手コートへ押し出した。


 トスが上がると思っていた相手ブロッカー、レシーバー、翠川さんもその場で固まってしまう。試合の全てを決める命のボールがゆっくりゆっくりと落ちているというのに。


「最善などでは生温い。全てを騙す最高の一手こそが特別へと至る道でしてよ」


 風を切る音など一切せず、ボールは相手コートへと落ちる。残されたのは床を小さく跳ねる試合には似つかわしくないのどかな音だけだった。


「や、やりました……?」


 何が起こったかわかっていない翠川さんがハイタッチの途中の手で同意を求めるように訊いてくる。


「ええ。余裕しゃくしゃくのブレイクですわ」

「じゃあ、やりましたーっ!」


 こっちの得点だとわかったことで今度こそ翠川さんがハイタッチを求めてくる。それと同時に時計の針が動いたように向こうの上級生たちが悔しそうに空を仰いだ。


「ツーアタック……!」

「って、なんですか?」


 一ノ瀬さんが漏らした単語を聞いて翠川さんが首を傾げる。


「バレーって基本的にレシーブ、トス、スパイクで三回触るだろ? そこをあえて二回目で攻撃して相手の虚を突くのがツーアタックだ。でもセッターとしての能力を見るってのにこれはな……」

「あら? ツーも立派なセッターとしての資質の一つでしてよ」


 苦言を呈そうとしてきた一ノ瀬さんに先んじてそう告げさせていただく。セッターというのは何もトスを上げるだけのポジションではない。相手のディフェンスポジションを見て最適な攻撃をしかけることこそセッターの王道。つまり騙しですわ。むしろ攻撃手段が翠川さんしかないと勝手な思い込みをしたところを上手く突いた判断を褒めてもらいたいくらいですわね。


「気にしないでください朝陽さん。こいつ、これしかできないんで」


 まったくいつもいつも環奈さんはわたくしのドヤ顔タイミングで茶々を入れて……。これしかできないのではなく、これが十八番だと言ってもらいたいですわ。まぁとにかく。


「バレーはボールを落とした方が負けるスポーツ。決まった攻撃しかないと思い込んでいると痛い目を見ますわよ」

「…………」


 わたくしの宣言に一ノ瀬さんと扇さんは渋い顔をすることで返事をする。これでわたくしのツーが印象深く残ったはず。


 さぁ、ここからがわたくしのバレーボールですわよ。

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