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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしのおわりとはじまり
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第1章 第2話 仲良くなれない

〇環奈



 やばいめっちゃトイレ行きたい。



 くそー、飲み物飲みすぎちゃったなー。そもそも食べ物がほとんど一ノ瀬さんに独占されちゃってあたしにまで回ってこないんだよ。店員さんが一人しかいないから中々料理は運ばれてこないし、手持ち無沙汰になってオレンジジュースばっかり飲んでたらこのざまだ。


 たぶん我慢しすぎてあたし今顔が強張っちゃってるな。小野塚さんが翠川さんにリベロの制約を教えている最中なのに申し訳ない。



 いや、よく考えたら会話に加わっていない今がチャンスなのかも。よし、トイレにいっトイレ。なんちゃって。



「……すいません、お手洗いに行ってきます」

 なんでこのタイミングでトイレに行っちゃうの小野塚さん!? あたしがつまらないギャグ考えたから!?



 でも個室は一つとは限らないし、あたしも一緒に行っていいんじゃないだろうか。


 でもなー、小野塚さんと二人っきりとか気まずくて無理だなー。なんかずっと怖い顔してたし、翠川さんの言う通りライバルだし。



 いや、無理。限界。漏れる。もしここで漏らしたら三年間ずっとおもらし環奈ちゃんって呼ばれることになる。それだけは避けなければ。



「すいません、トイレ行ってきますね」

 本当は小野塚さんみたいにお手洗いとかお花摘みとか女子らしく言った方がよかったんだろうけど、そんなこと考えている余裕はない。なんならおしっこって言わなかったことを褒めてほしいくらいだ。



 お願い神様仏様。どうか個室が空いてますように。



 というのがつい一分前の出来事。



 今のあたしはトイレに入ることができず、ただ扉を開けて立ち尽くしていた。



 別に漏らしてしまったというわけではない。断じてない。小野塚さんが絶望的なオーラを醸し出して洗面台の前でずっと立っているのだ。



 ほとんど身長が変わらないおかげでまだあたしの姿は見えていないようだが、個室に向かってしまったらすぐ鏡に映り込んでしまう。そうしたらこの暗い雰囲気を纏ってる小野塚さんと話さなくてはならなくなる。そんな気まずいことはない。



「もっとしっかりしねぇと」



 ほら! 声が全然しっかりしてないもん! いやだよトイレ我慢してる状況でこの人と話すの!



 仕方ない、一度出直すか。踵を返しかけた瞬間、小野塚さんが顔を下げたことによって、鏡越しに目が合ってしまった。



「……あ、水空さんもお手洗い?」



 そう言って振り返った小野塚さんの顔は一応笑顔なものの、明らかに無理している。気まずい気まずい気まずい。ていうかトイレしたい。



「そんな感じです……。じゃ、そういうことで……」

 よし、なんとか逃げられそう。このままこのまま……。



「ねぇ、水空さん」

「ひゃい!?」


 せっかく誤魔化せそうだったのに、個室に入るすんでのところで呼び止められてしまった。くそー、なんなんだよもう!



「水空さんはいつからバレーやってるの?」

 なんなのそのどうでもいい質問。敵意剥き出しにしすぎだって。



「小4からですけど……」

「そっか……わたし小3から……。わたしの方がバレー歴二年長いんだね……。それでこれって……」

 なにこの人地雷ばっか! めんどくさい!



「別に上手さにバレー歴は関係ありませんよ……?」

「そうだね……関係ない」



 いつの間にか小野塚さんの顔からは無理な笑顔すら失われていて、馬鹿みたいに真剣な顔であたしを強く見つめていた。



「上手い方が、コートに立てる」



 そう言われてしまったらあたしも意識せざるを得ない。どちらが正リベロになれるのか。



「あたしは……!?」


 とりあえずなにか答えようとしたあたしの声をバチン、という音が遮った。ボールを叩く音と似た響き。小野塚さんが自分の頬を叩いたのだ。



「えへへ……なんかごめんね。急に変なこと言ったりして」


 いやほんとだよ。ずっと辛そうな顔をしてたと思ったら急に部長さんラブだったり、こうして無理に笑ったり。たぶん色々と考えてのことだと思うけど、正直考えすぎだと思う。もっと楽に生きればいいのに



「そうだ、今度二人でどっか遊びいこっか! そろそろ夏物の服も買いたいしね!」

「あー、いいですねー。ぜひともご一緒したいですー」

 そんなことより今はトイレだけど。



「うん、じゃあまた連絡するねー!」

 小野塚さんは最後だけ本物の笑顔を見せると、手を振ってトイレから出て行った。トイレの外で「先輩らしいことできた!」という心底うれしそうな声が聞こえたが、なにはともあれこれでようやくトイレができる。危なかったー、途中ほんとに漏れるかと思った。



 あたしはそそくさと個室に入ると、すぐさま下着を下ろす。なんか流れで遊びに行くことになっちゃったけど大丈夫かなぁ。小野塚さんと仲良くなれるとは思えないんだよね。



 なんでも全力って感じで、感情豊か。嘘は下手で、部長さんのことを好きすぎて見境がない。あの生きづらそうな性格がどうにも見てられない。もっと上手くやればいいのにと思ってしまう。



「……ふぅ」

 全て、まぁ気持ちとかも出し切ったあたしはトイレを出てテーブルに戻る。するとちょうど三年の先輩たちが会計に向かっていて、二年の先輩たちが帰り支度をしていた。スマホで時間を確認すると、電車が来るまであと十五分くらい。その次の電車となると一時間程度待たなければいけないし、そろそろ頃合いか。



「ずいぶん遅かったね、うんち? うんちだったの? ねぇ梨々花ちゃん、水空ちゃんうんちしてたんたって!」



 帰ってきたあたしを見て、扇さんがまた大声を上げだした。この人あたしを貶めるためならなんでもするのか。たぶんこの人とも仲良くできないな。そう思うと二年生の先輩のことが二人とも無理ってことになる。あと一人いるらしい二年生の先輩とは仲良くできたらいいな。



「あはは、そういう下品なネタやめてくださいよー」

 この人の相手をするのは面倒だけど、うんちだって勘違いされるのは絶対に嫌だ。とりあえず笑って誤魔化そうとしたが、徹底的にやり合うつもりなのか扇さんは肩に下げたバッグをソファーに降ろすとニヤニヤと笑って嫌な視線を向けてくる。



「だって水空ちゃん下品じゃん。下品なおっぱいしてるじゃん」

「それとうんちは関係ありませんよね? ていうか扇さんの方がおっぱい大きいじゃないですか」


「みきのは下品じゃないもん! 梨々花ちゃんの次に上品だもん!」

「小野塚さんなんてあってないようなもんじゃないですかっ!」

「なんてこと言うんだっ。わたしだって同身長の中では大きい方だべっ!」


「比べてるの小学生ですか?」

「せめて中学生って言ってけろっ!」

「自分のはどうですかっ!?」


「「「上品っ!」」」

「やりましたーっ!」



「ねぇ静かにしよっか?」



 小野塚さんや翠川さんも巻き込んで騒いでいると、会計から戻ってきた部長さんがニコリと笑って注意してきた。さっきまでとなにも変わらない笑顔のはずなのに、やけにその笑顔が怖く感じる。



 あたしの嫌なこと。その第一位が怒られることだ。そりゃ怒られるのは誰だって嫌だろうけど、あたしのそれは自分でもわかるほど突き抜けている。



 だって怒られると嫌な気持ちになる。空気も悪くなるし、行動を制限されることになる。自由に平穏に生きたいだけのあたしにとって、それはなによりも苦痛なことだ。



 この学校を選んだのは失敗だったかな……。ポジション争いはめんどくさいし、もう先輩に目を付けられてしまった。あたしが気を遣って上手くいくのならいくらでも気を遣うけど、たぶんこの関係がよくなることはないだろう。ほんと、嫌だなぁ。



「よし、じゃあ帰るか」

「あ、一ノ瀬さん。部長さんも、奢ってもらってありがとうございます」

「いいっていいって。それより電車組集まれー」

 部長さんのお叱りを受けていると、遅れて会計から戻ってきた一ノ瀬さんが招集をかける。



 あたしたちが暮らしている地域は田舎だけあって学校の数が少ない。そのため名前を書けば誰でも受かるレベルのどこにでもある普通の高校なのに電車で通学をしている生徒は多く、あたしもその一人だ。まぁあたしの場合近所に別の高校があったのにわざわざ花美高校を選んだので普通の人とは事情が違うんだけど。



「自分電車ですっ」

「あたしもですー」

「お、今年は電車組が豊富だなー」



 どうやら電車組はあたし、翠川さん、一ノ瀬さん。徒歩組は小野塚さん、扇さん、部長さんの組み合わせらしい。2年生の先輩と一緒じゃなくてよかったと心の底から思った。

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