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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第2章 讃美歌パフォーミング
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第2章 第2話 森の小歩舞曲

〇珠緒



 ふふふ……。わたくしの華麗なる登場にさぞやお喜びのようですわね、環奈さん。そんな両手で顔を覆って涙を隠すだなんて……。中々かわいらしいところがあるじゃありませんの。


「環奈ちゃん、きららちゃん、おつかれー」


 あら、まだわたくしの挨拶の途中だというのにずいぶんと空気の読めない方がいますわね。名前は確か……小野塚梨々花(おのづかりりか)さん。先の試合ではピンチサーバーとして八面六臂の活躍をしていたはず……。ま、所詮はただの控え選手。身長百四十そこそこの凡庸以下のプレーヤーなどわたくしの眼中にはありませんわ。それより問題なのは……。


「梨々花さん! 朝陽(あさひ)さん! 美樹(みき)さん! おつかれさまです!」


 この百八十センチを優に超える高さを持つ翠川きららさん。インハイ予選を観た限りではただのでかいだけの初心者にしか見えませんでしたが……これに技術が追いついたらあの方を超える化物になること間違いなしですわね。ま、その域に達するには高校バレーの二年半という期間では到底不可能。小野塚さん同様やはり眼中にありませんわ。


「えーと、あなたは……」


 その翠川さんが高い視線からわたくしを見下ろしてくる。隣のクラスとはいえわたくしを知らないとはなんたる不届き。仕方ありませんわね、教えてさしあげましょう!


「わたくしの名はマ……」

「新世珠緒。さっき言った通り嘘つきで性悪で馬鹿で、ものすごくめんどくさい奴だよ」

「ちょっと! まだわたくしが喋ってますのよ!」


 涙を流したことで疲れたのかどこか死んだ魚のような瞳をした環奈さんが庇うように翠川さんを腕で後ろに追いやる。まったく相変わらず生意気なこと……! 涙まで拭いて泣いていた形跡を消すなんて……よほどわたくしに弱みを見せたくないようですわね。


「え? わたしたちが聞いてた名前と違うよ?」


 きょとんとした顔で環奈さんに近寄る小野塚さん。一日くらいは騙し通せると思っていましたのに……まぁ仕方ないですわね。


「はぁ……。梨々花先輩、こいつ何て自己紹介してました?」


 ため息をついてそう訊ねる環奈さん。……気のせいかしら、どこか環奈さんの表情が以前とは変わっている気がしますわ。どこがとかはわかりませんが、雰囲気が少し違う気がする……。


 その変化に気づいているのかいないのか小野塚さんはきょとんとした表情のまま答える。


「え? マオ・ニューワールドさんって聞いたけど……」

「うんうん。イギリス人とのハーフって言ってたよね」

「あとは……身長百六十七センチで偏差値六十八だっけか」


 小野塚さんに続いて(おうぎ)さん、一ノ瀬(いちのせ)さんが環奈さんたちの方に回って答えると、環奈さんは一層大きなため息をついた。


「えーと……さっき言った通り、こいつはマオなんちゃらじゃなくて新世珠緒です。ゴリッゴリの日本人で、身長は百六十二センチ。偏差値は知らないですけどそんな頭はよくないです」


 一通りわたくしの情報を訂正すると、環奈さんは向き直ってわたくしの顔を見上げる。その瞳にはどこか敵意のようなもので込もっていて、先程の雰囲気の変化は気のせいだったことを示してくれた。


「相変わらず無駄な嘘をつく癖は直ってないんだね、新世」

「そちらこそ何も変わっていなくて残念ですわ、環奈さん。だからあなたは凡庸だと言っていますのに」


 一触即発。ピリピリとした空気が小さく古くさい体育館を濃く満たす。それを素早く察した一ノ瀬さんがわたくしと環奈さんの間に割って入ってきた。


「そこまでにしとけ。そんなに喧嘩がしたいならまずウチが相手になってやる」


 どうしてこの人は口喧嘩の仲裁に入って拳をボキボキ鳴らしてるのかしら。暴力には興味なくってよ。


「少々口が滑りましたわ。環奈さん、失礼しましたわね」

「梨々花せんぱーい……怒られちゃいましたー……」


 うわ、なんですのこの女。先程まで殺気のような空気を出していたのに突然小野塚さんに擦り寄りましたわ。しかもこのわたくしを無視して。


 ――水空環奈。あなたは人に甘えられる性格ではないでしょうに。やはり以前とは違う……?


「よしよし環奈ちゃん大丈夫だからねー」


 以前とは違うといえばこの小野塚梨々花もそう。あの試合中、体格は凡庸以下だとしても雰囲気はあの方々と並ぶほど……いえ、それ以上の凄みを感じましたわ。


 なのに何ですの、その表情は。ほんわかとした顔で環奈さんの頭を撫でて……。それに撫でられている環奈さんの顔。蕩けきっていてまるで見てられませんわ。


「そういえば新世さんについてずいぶん詳しいけど知り合い?」

「中学で同じチームだったんですよー。まぁ全然仲良くなかったんですけどねー」


 なにやら二人で話しているようですが密着しているせいで全然聞こえませんわ。ていうか奥で扇さんが嫉妬に狂った顔で環奈さんを睨んでるけど大丈夫なんですの……?


 それにしても。一体何なんですのこの部は。喧嘩っ早そうな三年に、身長だけなら最高クラスの初心者。来る様子のない二人の部員に、なぜか環奈さんに飛びかかっている二年生。そして、全国トップレベルの環奈さんの何かを確かに変えたであろう謎のピンチサーバー。わからないことだらけで眩暈がしそうですわ。


「……わからないなら探ってみればいいですわね……」


 環奈さん。あなたは無駄な嘘は無駄だと思っているようですが、それは大きな間違いですことよ。

 人と人が交わればそこには確実に嘘が生まれる。仲良くするため。周囲の空気を壊さないため。上手く生きていくため。この世は全て小さな嘘の積み重ねでできている。だからこそ嘘を上手く使える人間こそが特別を手に入れることができると言える。


 それは対人競技である以上バレーボールにおいても同じこと。味方を騙してさえも相手を騙す。それこそがバレーボールの極意。つまり高みに行くためには上手な嘘が必要不可欠でしてよ。


 上手な嘘には上手な嘘のつき方が重要ですわ。そう、たとえば。


 凡百な嘘で本当に騙したいことを包み隠す、だとか。

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