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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしのおわりとはじまり
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第1章 第29話 間違った二人の償い

〇環奈



 試合後の雰囲気というのは高校でも変わらないようだ。



 泣いている者や、虚無感に襲われている者に、負けた事実を受け止めて静かに佇んでいる者。


 中学でも似たような光景が毎大会見られたが、高校でもそんな選手が会場中に溢れていた。



 花美高校も例には漏れず、観客席の後ろの通路に座ってきららは涙と鼻水を垂れ流しながらあたしに抱きついていた。


 抱きつかれているあたしはというと、静かな方。ユニフォームを着たまま服に鼻水がつかないようにきららを慰めている。



 慰めているのはあたしだけではない。扇さんと外川さんも梨々花先輩に静かに寄り添っている。

ただ梨々花先輩はきららのように泣いているわけではない。



 なにをするわけでもなく。なにも言葉を発することなく。なにもかもがどうでもよくなった様子で。梨々花先輩は床に座って、ただ虚ろな目で呆然と下を見ていた。



 試合が終わってから梨々花先輩はずっとこんな調子で、もう涙も枯れ果ててしまっているようだ。でも視線だけは時々動かしていて、まるでまだボールを探しているようにも見える。



 そんな後輩たちに時々心配げな視線を向けつつも基本はなにも言わずに、一ノ瀬さんと真中さんは少し離れた場所で座ってストレッチをしている。



 そして部長さんは、どこかに姿を消していた。



「……ごめん、きらら。少し席外すね」

「うぶぇぇぇ……。環奈さんどご行ぐんですがぁぁぁ……?」


「まぁちょっと。それと泣き方汚いからなんとかしといて」

「なんともでぎないでずぅぅぅ……」


 汗と涙と鼻水でぐちゃぐちゃになったきららをその場に残し、あたしはなにかから目を背けるようにストレッチをひたすらに続けている三年生の二人の前に立った。



「……どうした?」


 目の前に立たれたことで一ノ瀬さんはあたしを見上げるが、その瞳と声には明らかにあたしに対する拒絶の意思が孕んでいる。おそらく二人ともあたしがなにを言いたいのかわかっているのだろう。そしてその返答を無言でしている。でも、そんなものであたしは引き返せない。どうしても聞いておかなければならないことがあるんだ。



「部長さんはどこにいるんですか?」


 言ってみて、思ったより強い口調になってしまったことに気づく。これではまるで喧嘩を売っているような感じだ。



「さぁな、ウチらは知らないよ」


 やはりそう捉えられてしまったのか、一ノ瀬さんは立ち上がって敵意のこもった目つきであたしを見下ろしてくる。高身長も相まってすごく怖いけど、ここまで怒るほどのことでもないでしょうに。よっぽどあたしを近づかせたくないんだろうな。



「じゃあ訊き方を変えます。部長さんは……」

「ストレッチが終わったのなら早く着替えてきなさい。身体冷やすわよ」


 どうやら真中さんも一ノ瀬さんと同じつもりらしい。部長さんの名前を出すこと自体タブーのようだ。なら別の話題を振ってそれとなく聞き出すしかない。



「ところでなんですけど……」

「いい加減にしろよ、環奈」



 しかしあたしの意図を察したのか、あたしが言葉を発した瞬間一ノ瀬さんは一歩あたしとの距離を詰めてきた。身長が20センチ近く離れているおかげでそこまで顔の距離が近いわけではないが、その圧迫感はかなりのものだ。そしてこれ以上の詮索を許さないと言うように、一ノ瀬さんは一言短く告げる。



「怒るぞ」



 一ノ瀬さんにしては静かで小さな声だったが、そのあまりの気迫にあたしは思わず一歩後ずさってしまう。



 怒られるのは嫌だ。本当に嫌だ。でもそれ以上に。



「怒ってるのはこっちです」



 逃げ出そうとする脚をなんとか止め、あたしはキ゚ッと一ノ瀬さんの目を睨みつける。お互い譲る気はない。それはこれまでの様子で明らかだった。



「……はぁ……」

 しかし今度は一ノ瀬さんとは別意見らしく、真中さんが小さくため息をついて立ち上がった。



「もういいでしょう、朝陽」

「よくないだろ! 絵里は……!」

「ある程度勘づいているようだし、隠していても仕方ないわ」


 掴みかからんばかりに一ノ瀬さんが真中さんに詰め寄るが、真中さんの意思は固いらしく、一ノ瀬さんの目をまっすぐ見つめ、まるで自分に言い聞かせるようにはっきりとした口調で言葉を吐く。



「間違っているのはボクたちよ」



 その言葉を聞いた一ノ瀬さんは、苦しそうに目を伏せる。


 この二人の中にどういった想いがあるのかはあたしにはわからない。いや、ある程度は想像がつくが、たぶんあたしの想像を遥かに超える想いを抱えて二人は過ごしてきたのだろう。



「……すいません」


 そう思うとあたしの口からは自然と謝罪の言葉が出てきた。あたしの謝罪を聞き、一ノ瀬さんは自嘲染みた笑みを浮かべる。



「謝るくらいなら訊くなよ」

「……すいません」


 あたしには謝ることしかできない。あたしがこれからやろうとしていることはただのエゴだ。あたしがただ聞きたいだけ。理解したいだけ。あたしが知ったところでなにかが良くなるということはない。



「……まぁその、あれだな」


 部長さんがどこにいるかの答えを待っていると、一ノ瀬さんが言葉に詰まって手をくるくると回し始めた。なんにでもずばずば言ってくる一ノ瀬さんにしては珍しい反応だ。まだ迷いがあるのだろう。


 しばらくその様子を見ていると、唐突に一ノ瀬さんが笑顔になってあたしの髪をくしゃくしゃとかき回してきた。



「な、なにするんですか!?」


 試合後で元々崩れているとはいえ、さらに髪型をおかしくされるのは嫌だ。慌てて飛びのき、手で軽くセットする。うー、6月の湿気もあって全然直らない……。



「そんな怖い顔すんなって」


 非難の目を一ノ瀬さんに向けると、ヘラヘラした笑顔が返ってきた。やり返そうにもあたしの身長じゃ一ノ瀬さんの髪には届かない。最悪だ……最悪だ……。


 必死に髪を直していると、再び一ノ瀬さんの手があたしの頭の上に置かれた。またくしゃくしゃにされるかと思ったが、その手には力が入っておらず、ただ優しく撫でられるだけだった。



「一ノ瀬さん……?」

 驚いて見上げると、一ノ瀬さんはひどく穏やかな表情で微笑んでいた。



「大丈夫、環奈はなんにも間違ってない」



 なにに対してそう言ったのかは定かではないが、そう小さく笑うと一ノ瀬さんは部長さんの居場所を優しく教えてくれた。

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