第1章 第28話 繋がらない二人のバレーボール
〇梨々花
環奈ちゃんが上げたボールが、アタックラインの手前にいるあたしの頭上にやってくる。
壁の間際でフライングレシーブをしたため、環奈ちゃんは腕で守ったようだけど壁に当たってしまって起き上がれない。
あそこまで吹き飛んだボールをわたしまで繋ぐなんて。やっぱり環奈ちゃんの方がリベロとしてふさわしい。
もっとも、環奈ちゃんならここまで繋いでくれるってわかってたからこの位置にいたんだけど。
さぁ、わたしは誰にボールを繋ごうか。
普通に考えたらエースの朝陽さん。
もしくはわたしとのコンビネーションに慣れている美樹かな。
それかあえてきららちゃんに任せてみてもいいかもしれない。
でも、わたしは。
どうしても、絵里先輩にボールを繋げたい。
気がついたらわたしの身体は宙に浮いていた。アタックラインを踏まないように跳び上がっていた。リベロじゃないんだからフロントゾーンの中でトスを上げてもいいのに。
――あぁ、やっぱりわたしは。
リベロになりたかったんだなぁ。
「絵里先輩っ」
わたしはトスを上げるため、ボールに触れる直前絵里先輩の方を見る。
しかし絵里先輩はさっきまでいた場所にはおらず。
「……ぇ?」
トスを上げるため、わたしのすぐ目前に迫ってきていた。
絵里先輩の姿を認識した瞬間、わたしの視界が大きく揺れた。少し遅れて身体に大きな痛みが走る。床しか見えないことから、すぐに絵里先輩と衝突して倒れたんだとわかった。
「ボール……!」
瞬時に身体を起こすが、ボールはどこにも見当たらない。
空中のどこにも、ボールがない……!
「どこ……どこに……!?」
「梨々花」
「まだ……まだ終わってない……」
「梨々花っ」
「わたしは……勝って……絵里先輩に……!」
「梨々花っ!」
ボールを探すわたしの身体を、誰かが優しく包み込む。この汗に混じった柔軟剤の香り……。
「絵里……先輩……?」
いやだ……。なんで放してくれないの……? まだ試合は終わっていないのに……。
「もういいんだよ梨々花……」
なんで絵里先輩がボールを手に持ってるの……? まだ優しい言葉なんてかけてほしくない……。そういうのは全部終わってからでいいのに……。
「もう……試合は終わったんだから……」
なんで、絵里先輩は涙を流してるの……?
「まだ……まだ……!」
終わってない……。まだ終わってない……!
環奈ちゃんが繋いでくれた完璧なレシーブ。わたしはそのボールを絵里先輩にトスするはずだった。トスできるボールだった。わたしでも、当然絵里先輩でも。
――わたしが……絵里先輩の……邪魔をした……?
「ちが……ちがうんです……」
汗は一つもかいていないし、身体も全然疲れていない。それなのに四肢にまったく力が入らない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……! わたしそんなつもりじゃ……!」
自分でなにを言っているのかもわからない。でも言葉が、涙が、想いがとめどなく溢れてくる。
「やだ……やだぁ……あぁ……やぁぁ……!」
わたしのせいで……絵里先輩のトスを……!
それならわたしは……なんのために……!
「うわああああああああああああああああああああっ!」
もう。なにもかもがどうでもいい。
わたしの慟哭は、試合の終わりを告げる笛の音でかき消された。




