第1章 第27話 繋がれあたしのバレーボール
「あと1点……」
ノータッチエースを決めた梨々花先輩が、相手コートを見てニヤリと口角を上げた。
そうだ。余計なことを考えるのはやめよう。あたしより上手いだとか、バレーボールの天才だとかは全部後回しだ。
ポイントは23対24。あと1点でデュース。
今はただ、勝つことだけに集中しよう。
梨々花先輩がルーティンを終えると、一段と深く深呼吸する。そして主審のサーブ許可の笛が鳴り響いた直後、梨々花先輩はゆっくりと目を開けた。
今度は8秒たっぷりの間のジャンプフローターサーブ。ボールは緩やかな弧を描いてセッターの下へ。
「くぅっ」
セッターは普通にボールを上げられたものの、ファーストタッチを強いられた。つまりセッターがトスを上げることはできない。ミドルブロッカーが代わりに蝶野にトスを上げるが、完璧なものとは言えないトスだ。
「あぁっ!」
明らかに嫌な顔をしながらも蝶野はバックアタックを打ったが、いつものスパイクよりだいぶ威力が弱い。これなら楽にレシーブできる。そう思ったあたしの視界を、一人のブロックが覆った。
「くぁっ!」
そのブロッカーの正体は部長さんだった。これで止められたらよかったのだが、スパイクは部長さんの指先に当たり、ボールは弾かれる形で大きく飛んでいった。
「ワンタッチ!」
ボールの行方は、花美のコートのエンドラインのさらに先、コートの外に吹き飛んでいく。これが誰も触っていなかったらこちらのポイントだが、部長さんが触ってしまったので落としたら相手のポイント。つまり、あたしたちの負け。
「くそっ」
取れそうなボールだったのに余計なことを……! あたしはすぐにボールめがけて走り出したが、届くかどうかは五分と言ったところ。たとえ届いたところでどこまで返せるか……。
ブロックで触ったボールは1プレーとして数えないので、拾えたらファーストタッチはあたしとなる。でも次に触る人はおそらくあたしが上げたレシーブのフォローになる。そうなればこっちの攻撃はただボールを返すだけになり、自然向こうのチャンスボールになる。そうなったら次も拾える保証はない。
つまりここは意地でもチャンスボールにするわけにはいかない。可能ならコートの中にボールを返したいけどできるかどうか……。
「環奈ちゃんっ!」
あたしの後ろでボールを追っていると思われる梨々花先輩が突然あたしの名前を呼んだ。でもそれにしてはずいぶん後ろの方から声がしたような……。
目だけ後ろに向けると、梨々花先輩が大きく手を挙げているのが見えた。あたしの遥か後ろ、アタックラインの手前で。
つまりボールを追っているのはあたし一人。まさかあそこまでボールを上げろって言うんじゃないだろうな。
そんなの無理だ。あたしには無理。梨々花先輩はあたしならできると思っているのか。
それとも、わたしならできる。梨々花先輩はそう言っているのか。
――勝ちたい。心の底からそう想ったのはいつぶりだろうか。
梨々花先輩がコートに入った時、あたしは勝ちたいと思った。
でもあんなものはただのまやかしだった。
梨々花先輩に言われ、ただ勝ちたいと思っていたに過ぎなかった。
梨々花先輩のために。あたしはそう想って今試合に出ている。
でもこの感情は――違う。
今まであたしはあたしよりも上手いリベロに出遭ったことはなかった。
だからかもしれない。試合の勝敗に興味がなかったのは。
だってあたし自身は一度も負けたことがなかったのだから。
でもこうしてあたしよりも上手い人が現れて、バレーボール選手としての本能が、目覚めた。
負けたくない。誰よりも上手くありたい。あたしが一番じゃなきゃ嫌だ。二番手なんかで満足できない。
勝ちたい。
勝ちたい勝ちたい勝ちたい!
死んでも。意地でも。絶対に。勝ちたい!
紗茎に。自分に。梨々花先輩に。
「勝ちたいっ!」
あたしの気持ちとは裏腹に、ボールはどんどん高さを失っていく。会場の壁が目前に迫り、フライングレシーブをしてしまったら大怪我をする可能性も出てくる。
でもそんなの、関係ない。
勝つために。全てに勝つために。
ボールを。想いを。あたしの全てを。
梨々花先輩に、繋げっ!




