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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしのおわりとはじまり
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第1章 第23話 小野塚梨々花・スタンドアップ

「……疲れているかもしれないけれど、次はあのスーパーエースのサーブなのよ。あなたがいなくてどうするの」



 環奈ちゃんの交代をしないという申し出を胡桃さんはわずかに眉を上げて断った。だが環奈ちゃんは頑なに立ち上がろうとしない。



「わかってます。……でもあとワンプレーだけ、お願いします」


 環奈ちゃんはそう言って深々と頭を下げる。リベロの交代はあくまで自由。交代してもいいし、交代しなくてもいい。だが胡桃さんが言った通り、このタイミングで環奈ちゃん不在というのは厳しすぎる。



「……わかったわ、ワンプレーだけね」

 長々と試合を止めて反則を取られるわけにもいかない。胡桃さんは少し心配そうな顔を滲ませつつ、元のポジションに戻っていく。



「……なんで代わらなかったの?」


 言ってから自分の口調が環奈ちゃんを責めるようになってしまったことに気づいた。でも他の選手とは一人だけ色が異なる環奈ちゃんのユニフォームを見てしまうと、リベロが必要な場面で入らなかった環奈ちゃんに不満を隠せない。



 このユニフォームはチームを守る最強の盾の証だ。わたしが必死に手を伸ばして、そして譲った、格言Tシャツなんかよりもよっぽど価値のある服。



 今環奈ちゃんが身に纏っているその服は、いくら辛くても脱げるものではないし、誰かに託せるものでもない。それなのにチームのピンチにここで座っている環奈ちゃんを認めることは絶対にできない。絶対にしてはいけないことなのだ。



 しかし環奈ちゃんはわたしの問いには答えず、思い切った顔で徳永先生に言う。



「次のサーブ、梨々花先輩にやらせてあげてください」



 思いがけない申し出に、わたしも徳永先生も咄嗟に言葉を発することができなかった。その間に主審がサーブ開始の笛を吹く。



「梨々花先輩の想いを聞いておいてこんなこと言うのは間違ってるかもしれないんですけど、やっぱり試合に出られるチャンスがあるのなら、梨々花先輩は出るべきだと思うんです。リベロじゃなくてもなんでもいいから……だってこれが最後なんだから……」



 環奈ちゃんの悲痛な声が聞こえる中、わたしの視線はコートに注がれていた。次もなにも、このプレーを制さなければその時点で負けが決まってしまう。



 蝶野はボールを高く上げ、強烈なスパイクサーブを放つ。朝陽さんのそれとは比べ物にならない威力のサーブは、まっすぐに胡桃さんの正面に向かっていく。



「っ! ごめんなさい長いっ!」

 なんとか胡桃さんはレシーブを上げるが、ボールはネットの間近。絵里先輩が落下地点に移動するものの、トスはすごくやりづらいはずだ。



「けども瀬田さんからはなにも言われてねぇし……」

「部長さんよりもあたしの方が実力は上です! あたしの言うことを聞いてください!」

 ベンチでは渋っている徳永先生に対し、焦っているのか環奈ちゃんは失礼な物言いで頼み込んでいる。



「朝陽っ」

「っしゃゴラッ!」


 コートの絵里先輩がボールを託したのは後衛にいる朝陽さん。後衛の選手はフロントゾーンでスパイクを打てないため、コートの前と後ろを分ける線、アタックラインの手前でジャンプし、スパイクを打つというバックアタックをすることになる。だが朝陽さんのスパイクはブロックの壁を超えたものの、向こうのリベロに拾われてしまった。



「この試合が最後なんです! どうせ負けるんなら思い出を作らせてあげたって……」

「そうじゃないよ、環奈ちゃん」



 たぶん環奈ちゃんは必死なのだろう。そしてわたしのことを想ってくれている。



 環奈ちゃんが胡桃さんと交代しなかったのは、きっとキャプテン以外に選手交代をお願いできる徳永先生にわたしを試合に出すよう頼み込むためだ。



 環奈ちゃんは試合の勝敗に興味がない。だから負ける、なんて軽々しく言えるんだと思う。

 


 それは、別に、いい。客観的に見てこの試合は勝てないと思うし、このプレーで終わる可能性も高い。



 だから環奈ちゃんの言葉は間違ってないし、環奈ちゃんに託したとはいえ試合に出たいというのも、まぁどうしようもない事実だ。リベロじゃなくても絵里先輩にボールを繋げたらどれだけうれしいかと思う。



 でも、正しいのはそれだけじゃない。



「思い出なんていらねぇ」



 環奈ちゃんとわたしの目が合う。ぐちょぐちょに濡れた顔の中に汗とは違う、確かな涙がはっきりと見えた。



「梨々花先輩……でも!」



 コートの中ではチームメイトが必死にボールを繋いでいる。だがこのラリーもいつまで続くか。言葉で伝えるんじゃ間に合わない。



 でも、はたしていいのだろうか。このチームのキャプテンは絵里先輩だ。その絵里先輩はわたしを試合に出す気はない。わたしが今から言おうとしていることは、その意思に反することだ。そんなこと、わたしにはできない。



 でも。そうじゃないんだ。



 わたしの始まり。それは絵里先輩じゃない。



 音一つなく、綺麗な山なりの弧を描いてスパイカーに繋がれたトス。あのトスにわたしは魅せられたんだ。



 でも今の絵里先輩はどうだ。ボールを落とさないことに精一杯で、まともにトスも上げられていない。



 わたしの理想の絵里先輩は、こんなんじゃない。



 あのトスを、もう一度。わたしの手じゃなくてもいい。わたしはそのトスの礎でいい。



 あのトスを見るためにわたしはなにをすればいいのか。



 決まっている。勝つんだ。



 勝って勝って勝って。勝てばそれだけ絵里先輩のトスが見れる。



 だから、思い出なんていらない。



「どうせ負けるんだったら、勝ちにいってもいいべ」



 わたしの想い、言いたいことは山ほどある。でもその想いを全てその一言に込め、わたしはキーホルダーの片割れを環奈ちゃんに掲げた。



 環奈ちゃんはそのキーホルダーを視界に入れると一瞬目を見開き、その後小さく微笑んだ。そしてあの時と同じように、もう一つのキーホルダーをわたしのものに重ね、一言。



「勝つのか負けるのか、どっちなんですか」



 その軽口にきっと意味はない。だって環奈ちゃんの想いはわたしに伝わっているから。環奈ちゃんにもわたしの想いは伝わっているはずだ。



「てことで徳永先生、次わたしサーブ打つんで」


 徳永先生にそう伝えると、わたしは立ち上がってその場で軽くジャンプする。……身体の調子は良い。すぐにでも試合に出て動けるはずだ。



「……わがった。存分に暴れてこい」

 徳永先生の返事に無言でうなずき、わたしは正面の試合を見据える。交代の許可は取れても結局このプレーで点を落としたら負けてしまう。



 だから頼んだよ、みんな。

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