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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしのおわりとはじまり
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第1章 第17話 その関係は蜜の味

〇梨々花



 ブティックで服を選び始めてから一時間ほどが経ち、ようやくわたしたちはお店の外に出る。二人とも両手に紙袋を持ち、もう既に疲れが溜まり始めていた。


 それにしても、いっぱい買ったなー。そしていっぱいお金を使った。でも楽しかった。わたしはほとんど水空さんに言われるがままに服を着ていただけだが、服選びでここまで楽しめたのは初めてだ。



 次の行き先も決めないまま歩き始めたが、ブティックに入る前よりも水空さんとの距離が近い気がする。いつの間にか打ち解けられたのかな。少なくともわたしは先輩らしくしよう、という意識はほとんど消え、自然体で水空さんと話せるようになった。それがいいことなのかどうかはわからないが、今の方が断然楽しいのは確かだ。



「ブーツの履き心地はどうですか?」

 わたしの今の格好は水空さんが初めにコーディネートしてくれた服装になっていて、靴も新品のものになっている。ブーツ自体初めて履いたのでやはり心地いいとは言えない。



「ちょっと歩きづらいかな。まぁ靴の宿命だよね」

 ちょっと前までのわたしならかっこつけて全然大丈夫アピールをしていただろうが、今となっては飾る必要を感じない。



「ならちょうどいい時間ですしそろそろお昼にしましょうか」

 そう言った水空さんの表情も心なしか明るく見える。仲良くなれてよかったぁ。



「でもお昼時だしどこも混んでるよね?」

「普通の飲食店ならそうかもですけど、スイーツショップなら空いてる可能性はありますよ」


「あ、いいねスイーツ! スイーツ大好き!」

 和菓子屋さんのお団子とか最高! ……そういうので合ってるよね? スイーツショップって。



「じゃああたしの行きつけでいいですか? そこならいつも昼時は空いてるので」

「うん、わかった。……ところで話は変わるけど、水空さんってどれくらいここに来てるの?」


「? 数えたことはないですけど……今は月二くらいですかね。小野塚さんの誕生日プレゼントを買ったのもここですよ」

「へー、ここにも格言Tシャツって売ってるんだ」

 なんとなくわたしの中でこのショッピングモールの評価が上がった。時間があったら後で見てみようかな。



「じゃあさっそく行くので……キビキビ行きますよ、キビキビ」

「え? うん、わかった」



 なにかを危惧しているかのような口ぶりだが、なんのことだろう。わたしにはさっぱりわからない。もしかして水空さんおなか減ってるのかな? ふふ、それならそうと言えばいいのに。ちょっと気持ち早めに歩いてあげよう。



 そう思ったのに、目的のスイーツショップに着いた時にはあれから三十分が経過していた。あれ? 歩いた感じそこまで距離があるようには思えなかったんだけどなぁ。



「もしかして迷った?」

「……そうですね。あなたが色んなところに好き勝手行っちゃうので迷いましたかね……」

「それはごめんなさい……」

 水空さんがすっかり疲れ果てた様子でそう恨めしげに睨むもんだから、思わず謝ってしまう。



「でもペットショップあったら入るしかないべ!?」

「気持ちはわかりますけど……でもずっとクマノミを見ていたのは理解できません」

「えー、かわいいじゃんクマノミ」



 昔テレビでクマノミを題材にした映画を観て以来わたしはすっかりクマノミの虜になっていた。とは言っても実はクマノミを生で見たのは今日が初めて。そりゃ十五分くらいは眺めちゃうよ。


 しかし水空さんはクマノミのかわいさがわからないのか、渋い顔をして口を開く。



「あたしクマノミ嫌いなんですよね」

「なんでよ。イソギンチャクの中に隠れるのとか超かわいいべ?」


 クマノミとイソギンチャクは共生関係にあり、クマノミはイソギンチャクに外敵から守ってもらい、イソギンチャクはクマノミに餌を運んできてもらう。言葉にすると淡泊だが、モサモサのイソギンチャクの中から顔を出すクマノミがちょっと間抜けですごくかわいらしいのだ。



「それですよ、それ」

 しかし水空さんは顔をさらにしかめると、小さくため息をついた。



「自分のためにイソギンチャクを利用しようっていうのは理解できるんです。あたしも似たようなものですし。でもそうしないと生きていけないとか、なんか違くないですか。上手く言えないんですけど……自分だけで生きろって思っちゃうんです」


 上手く言葉にできないのか髪先をくるくると指で回す水空さんを見て、わたしはなんとなく思った。たぶんそれはクマノミが嫌いなんじゃなくて、そういう人が嫌いなんじゃないかな、と。



「わたしこの人がいないと生きていけないーとか言ってるカップル嫌いでしょ?」

「大嫌いです! キモイです!」


 よっぽど嫌いだったのだろう。水空さんの声が急に大きくなり、少しドキリとしてしまう。そして勢いを落とすことなく水空さんは続ける。



「共依存って言うんですかね!? 自分が間違ってるって気づかないんでしょうか!?」



 共依存。共に依存し合う関係。お互いのために尽くすことに存在価値を見出し、お互いがお互いを支配する関係性。



 クマノミとイソギンチャクの関係性とは少し違うが、水空さんが本当に嫌いなのはそういうタイプのようだ。



 水空さんの言っていることはもっともだと思う。でもなんだろう、なんとなく。



「わたしはそういうの嫌いじゃないんだよなぁ……」

「はい!? なにか言いました!?」



 わたしがぽつりと漏らした言葉は声を荒げている水空さんには聞こえなかったようで、苛立った顔で訊き返してきた。



「ううん、なんでもない」

「ゴホン。とにかくですね」

 わたしが笑って誤魔化すと、元の話題に戻るために一度咳払いをして水空さんは言う。



「他のお店はまた今度遊びに行った時にでも案内するので、とりあえず今はお店の中に入りましょう」

「……また今度って……」


 驚いて水空さんの顔を見ると、彼女は真っ赤にした顔をぷいと逸らす。



「と、とにかく入りますよっ」


 そしていつもより上ずった声でそう誤魔化すと、一人でずかずかと店内に入っていってしまった。


 こんな水空さん初めて見る。なんだろう、すごく……。



「めんこい……」

「はっ!?」



 わたしの呟きに反応して水空さんが振り返る。その顔はさっきよりも紅くなっていて、もうめんこいという反応しか出てこない。



「めんこいなー、水空さんは」

「ちょっと待ってください! これは違いますからね!? 別に小野塚さんとまた遊びに行きたいとかじゃなくて……!」


「はいはい、めんこい後輩を持ってわたしは幸せだべー」

「ねぇ聞いてるんですかっ!? ねぇっ!」

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