第1章 第15話 ここにも方向音痴
〇梨々花
花美高校のある花美町は、どう言い繕おうが田舎町だ。見える景色のほとんどが森や田んぼや畑で、街灯すらろくに整備されていない。それこそ学校くらいしか目立った施設はないし、商業施設が賑わうはずの駅前は寂れていて、高校生が遊べる場所は皆無と言ってもいい。
なので土曜日の水空さんとの待ち合わせ場所は花美町から電車で三十分ほどの場所にある紗茎町になった。同じ町と名が付いていても紗茎町はかなり栄えていて、なんといっても駅前にあるショッピングモールがとにかくすごい。なにがすごいって綺麗だし、飲食店や映画館なんかも入っている。らしい。
正直言うとほとんど行ったことないのでわかりません。だってしょうがないじゃん! なんかオシャレすぎて近寄りづれぇんだもんっ!
わたしが遊ぶ場所といえば、もっぱら近所の公園か森の中。小学生の頃は美樹と二人で追いかけっこや虫取りをしたなぁ。ていうか今でもたまにしてる。
つまるところ遊び先を紗茎町に選んだのはただのかっこつけなんだけど早速それが裏目に出てしまった。どういうことかというと、
「ここどこ……?」
一度乗り換えに失敗してしまったが、なんとか紗茎町に辿り着くことはできた。ここまではいい。でも集合場所である駅と直結しているショッピングモールのメイン広場にある噴水前という場所が全然わからない。
地元駅から出る電車の本数が少ないせいで早めに向かうことになった結果、途中で乗り換えに失敗したものの集合時間の11時より30分も前に着くことができた。そこで思いついたのはこの時間で下見をしておいて水空さんを先輩らしくエスコートしよう作戦。考えついた時はやんだわたしってば天才!? と思ったんだけど……。
今わたしが立ち尽くしているのはショッピングモールのどこか。そう。ここが何階か、どうやったら元いた場所まで戻れるのか。全てがわからなくなってしまった。
ケータイを取り出して時間を確認してみると、ちょうど10時50分を回っているところ。あと10分しか……いや、先輩として後輩を待たせるなんてありえない。少なくとも5分前には着いておきたい。だからあと5分。5分で現在位置と噴水までの行き方を確認しなければならない。
「かくなるうえは……」
顔を上げ、目の前にある星やハートに彩られたカラフルなスペースを見つめる。そこに掲げられた七つの文字。それが現状の問題を全て打破できると強烈に語りかけてきた。
そう、『まいごセンター』である。
「いや、それはねぇべ!」
確かにここに行けば集合時間までに噴水に行けるだろうけども! でもわたしは高2二年生。大人とは言えねぇけども迷子だなんて言える年齢じゃねぇ! それにただでさえ見た目のせいで子どもさ見間違えられんのに、中身すら子どもに落ちちまったらもう生きていげねぇっ!
「でも……」
思わず一歩足が迷子センターへと進んでしまう。今は先輩としての尊厳を保つことが最優先じゃないのか。たとえ高校生としての尊厳を失ったとしても時間通りに到着することが重要なはずだ。でも迷子って……。高校2年生が迷子って……。
うーん……。うーん……!
「ずみまぜん、噴水ってどこにありますか……?」
数分後、わたしは半泣きになりながら迷子センターのお姉さんにそう訊ねていた。
うぅ……。情けなさすぎて涙が出る……。なして都会にまで出てこんな辱めを受けにゃならねぇんだ……。
「どうしたの? お母さんとはぐれちゃった?」
うわ、完全に迷子だと思われてる。いや迷子なんだけど。
ん……? いや待て、それを逆手に取ろう。子どものふりをすればいいんだ!
そうすれば高校生が迷子になったという恥ずかしい事実を知られることはないし、効率よく場所を教えてもらえる。
見た目は子ども、頭脳は大人! やんだわたしってば賢いべ!
「ママとね、噴水前でね、待ち合わせしてるの……」
自分でもびっくりするほどの名演技。きっとお姉さんの目にはわたしがかわいそうな小学生に見えていることだろう。その実態は天才的な頭脳と演技力を併せ持つ高校生だというのに。 ふっ、かわいそうなのはどっちかな……? よし、ここでもう一押し!
「うぇーん、ママに会いたいよー! ママー! ママァーっ!」
「……なにやってんですか、小野塚さん」
わたしが完全に役に入り込んで泣いていると、引きつった顔をした水空さんがいつの間にか隣に立っていた。
瞬間、当然、我に返る。
はずかしいはずかしいはずかしいはずかしいはずかしいっ! わたしなにやってんだ!? 本当になにやってんだっ!?
ていうかあれ!? なんで水空さんがここにいるの!? もしかしてずっと見られてた!?
とにかく! とにもかくにもここから離れねぇと! お姉さんにわたしが高校生だってことがばれる! わたしが迷子になってママー! と泣いていた痛い高校生だってことがばれちまうっ! できるだけ自然に、離脱しねぇとっ!
「わーい! ママだーっ! ママ、あっち行こー!?」
どうしてこうなった。
でももう後戻りはできない。わたしはドン引きしている水空さんの手を握ると、力いっぱい引いて迷子センターを後にした。
「……はぁ。迷子になって迷子のふりを迷子センターの人にしてたと……」
「はい……」
一心不乱に逃げているといつの間にか目的地の噴水前に辿り着いたので、水空さんにさっきの出来事の弁明をする。でもそんなに迷子迷子言わなくてもいいんでねぇんか!? わたしだって精一杯だったんだから……!
「ごめんなさい、馬鹿なんですか?」
何も言い返せねぇ! 馬鹿すぎる。ほんとわたし馬鹿すぎる!
「でもさ、ちゃんと迷子に見えたべ?」
「迷子に見えたから問題なんですけど……」
うぅ、水空さんの視線が痛い。でもわたしは高校生としての尊厳より先輩としての尊厳を取ったんだ。言われっぱなしじゃ終われない。
「でも水空さんも道に迷っちゃったから迷子センターに来たんでしょ?」
「いえ、早めに着いたのでカフェで時間を潰していたら、聞き慣れてるのに変な声が聞こえてきたので迷子センターに向かったんです」
わたしの完敗だった。しかも後輩のコーヒーブレイクを邪魔していた。ていうかカフェで時間を潰すとかなにそれすごいオシャレ。わたしじゃせいぜい喫茶花美が精一杯……ってあれ? カフェと喫茶店って何が違うんだろう? わからないけど横文字の方が断然オシャレ度が上だ。
オシャレといえば水空さんの格好もそうだ。
肘まで隠れるくらいの少し大きめの白いシャツを黒のミニプリーツスカートの中に入れ、靴は低身長を補う厚底サンダル。普段はセミロングの髪を普通に下ろしているのに対し、今日は低めの位置にツインテールを作っており、少し幼げな印象を受ける。しかしただ子どもっぽいのではなく、綺麗な青色の小さなイヤリングを耳に付けることによって、しっかりと大人っぽさも表現している。あとなによりシャツをスカートに入れていることで胸が強調されて、なんかもう、すごい。
対してわたしは、かっこつけて普段着ない英語版格言Tシャツ(読めない)の上に黒のスタジャンを重ね、デニムのショートパンツに白い運動靴という格好。最大のオシャレポイントとして白のキャップを被ってきたが、水空さんを前にした今、すごく子どもっぽく見える。これはだめだ、先輩としての威厳が損なわれる……!
「水空さん、さっそくだけど服さ買いに行くべ!」
「え? まぁいいですけど……」
よし、すごい大人っぽくてかっこいい服を買って、水空さんに先輩らしさをアピールしてみせんべ!




