第1章 第13話 見解の相違
「どうかした?」
「い、いえ……」
小野塚さんがいなくなった後もしばらく出口をぼーっと眺めていたあたしを心配して、部長さんが近づいてきた。
「そういえばさ、そろそろ付き合いも長くなってきたし、下の名前で呼びたいんだけどいい? 私のことも下の名前で呼んでいいから」
「それは別に……構いませんけど」
下の名前を呼ぶとか呼ばないとか心底どうでもいい。そんなことよりもスプリットステップの感覚を思い出さないと……。
「じゃあ環奈、ちょっと私たちと2対2やってみようか」
「私たち?」
体育館の奥の方を見てみると、3年生の一ノ瀬さんと真中さんがパス練習をしている。2対2をやるのは別にいいんだけど、
「なんであたしなんですか?」
あんまり話したことないあたしよりも、仲が良い小野塚さんとかの方がいいような気がする。そう訊くと、部長さんは相変わらずの笑顔で答える。
「今日の2対2で私とコンビ組めなかったでしょ? でも試合では私たちのコンビネーションって結構大事になってくるし、居残りさせちゃって悪いんだけど、ちょっと合わせてみたいなー、って思って」
「なるほど……」
確かにそういう理由なら納得だけど、わざわざ2対2にしなくてもいいような気がする。せっかく全員集まったんだから今日の練習内容を4対4にしておけばより実戦的な練習ができたんじゃ……まぁいいや。
「わかりました。つまりあたしと部長さんチーム対一ノ瀬さんと真中さんチームの試合ってことですよね?」
「そういうこと。理解が早くて助かるよ」
下校時間まで時間がないので、その場でジャンプして軽くウォーミングアップをする。……うん、さっきよりは動ける気がする。
「よーし、じゃあ始めるよー!」
部長さんがそう呼びかけると、ボールを持った一ノ瀬さんたちが向こうのコートに入る。ナチュラルにそっちサーブなのね。そっちの方があたしにとっては都合がいいけど。
「いくぞーっ!」
まずは一ノ瀬さんのサーブから。こっちは前衛が部長さん、後衛があたしと、すぐにカウンターが打てるポジションに着く。
サーブ位置に着いた一ノ瀬さんがボールを高く上げる。一ノ瀬さんのサーブはとにかく強烈。今のコンディションでは取れるかわからない。
「すー……はーっ……」
だからこそ落ち着くために一度深呼吸する。小野塚さんの言う通り、いくぶんか楽になった気がする。
「っしゃゴラッ!」
そして一ノ瀬さんの手がボールに当たる直前、小さく跳ねる。その後ボールが飛んでくる方向、あたしの右側に駆けだす。
「っあ!」
なんとかボールを正面で捉え、ボールを高く上げる。……でも勢いが全然殺し切れていない。
「すいませんっ!」
「ううん、ナイスレシーブ!」
咄嗟に謝ったあたしに、部長さんが笑顔で言葉を返す。こんなしょぼレシーブで褒められても全然うれしくないんだよなぁ。
あたしの上げたボールは部長さんの立っている位置の少し左側に上がる。Aパスにはならなかったとはいえ、ここ最近では一番のレシーブだ。でも喜んでいる暇はない。2対2ということは部長さんがトスしたボールをあたしが打つ必要がある。本来のルールでは後衛の選手がアタックラインよりも前で打つことも、リベロがスパイクを打つことも禁止だけど、2対2ならオッケーだ。
でも身長の低いあたしがただスパイクを打っても、真中さんのブロックに阻まれて終わるだけ。多少無理な体勢でも速攻のように相手を翻弄して打たなければならない。それは部長さんもわかっているはずだし、もう助走を始めておいて……。
「環奈っ」
だが部長さんが上げたボールは、いわゆるオープントスと呼ばれる山なりに大きく放る、とっても打ちやすい初心者用のお手本のようなトスだった。
「うっそ……」
今の助走じゃこのトスと合わない。急ブレーキをかけその位置から助走を再開する。
「っぅ」
元々低いあたしの高さは助走の不足でさらに低くなり、ネットの上に指の先っちょしか出ないあたしのスパイクは真中さんのブロックに当たってこっちのコートに落ちた。向こうの得点だ。
「どんまい環奈!」
部長さんが笑顔で励ましてくるけど、今のトスはどうなんだろう。事前にサインを出していなかったのに勝手に速攻をやろうとしたあたしが悪いというのもあるけど、あのトスじゃどうやったってブロックは抜けられなかったと思う。
というか今までの練習でわかったけど、そもそもこの人セッターとしてそんなに上手くない。トスは綺麗だけど、なんていうか教科書通りって感じ。おそらくトスの技術だけなら小野塚さんやあたしの方が上だろう。あたしたちにない高さを持っているとはいえ、この人のトスじゃいつまで経っても上にはいけないと思う。
「やっぱり環奈は上手いね。梨々花よりもよっぽどトスを上げやすかったよ」
「ふっ……」
やばい、あまりにも褒めるのが下手すぎて鼻で笑ってしまった。
今のが小野塚さんより上げやすかった? 冗談にもほどがある。さっきのが最近では一番のレシーブだったといっても、依然調子は悪いままだ。小野塚さんの足下にも及ばない。
でも部長さんの顔はいたって笑顔。嘘をついている感じはない。だとしたらこの人、相当見えてない。あたしの調子が悪いのもわかっていないようだし、この人のレベルが知れる。小野塚さんは部長さんのことをすごい褒めてたけど、正直買いかぶりすぎじゃないだろうか。
「部長さん、ちょっと前後交代してみませんか?」
これ以上続けても無駄な練習になるだけだ。あたしのレシーブはそこそこ上がるし、部長さんのトスは普通に上がって、あたしがスパイクを失敗するだけ。それならあたしがトスを上げて部長さんがスパイクを打つという、変則的だけど試合でやるかもしれない技術を磨いた方がいい。
「うん、いいよ。胡桃、朝陽のサーブは取れないから代わって」
「ええ」
あたしが提案すると、部長さんは恥ずかしげもなく真中さんにそうお願いした。セッターがサーブレシーブをする機会は少ないとはいえ、取れないものをそのままにしておくのはどうなんだろう。まぁ試合形式なのにボールが上がらないよりはマシか。
「いくわよ」
真中さんのいたって普通のサーブはまっすぐにコートの中央にいる部長さんの方向へと飛んでいく。そして部長さんが上げたボールは綺麗にあたしの頭上へと届けられた。
さてどの攻撃にするか……。真中さんはサーブの後すぐネット付近に走り一ノ瀬さんの右手に着いた。レシーバー皆無のブロック二枚態勢。確実にブロックで仕留める気だ。普通のトスじゃブロックに捕まる。だったら、
「部長さんっ」
悩んだ末あたしはボールをライト側に少し速い速度でボールを上げる。部長さんからは少し離れてるけど、十分間に合う距離。それでいて一ノ瀬さんはは虚を突かれて少し出遅れ、ポジション柄ブロックの上手い真中さんは一ノ瀬さんに阻まれて思うように動けない。それでも間に合うとは思うけど、部長さんの真正面に上げるよりかは成功率は上のはずだ。
「はっ」
しかし部長さんはボールに追いつきはしたものの、指先に当てるのが精一杯。ちょん、と弾かれたボールは、一ノ瀬さんの腕に軽々と阻まれ、こっちのコートに落ちてしまった。
「ごめんね、でもあれはちょっときついよ」
「……すいません」
困ったように笑う部長さんに一応謝ったけど、あれは本当に取れなかったボールなんだろうか。もうちょっと周りをよく見て反応を早くしてたら十分捉えられたボールだったと思うけど……。やっぱりこの人、バレーが下手だ。
「それともうちょっとだけボール高くてもいいよ。私こう見えて結構ジャンプ力あるんだ」
「わかりました。次からは修正します」
今のトスはちょっと高めになっちゃったと思ったんだけどな。そんなに跳べるんならセッターじゃなくてミドルになればいいのに。ま、そうなったら身長の分きららちゃん以下は確実だしレギュラー落ちするだろうけど。
「よし、じゃあ反撃といこうか」
部長さんはずいぶんかっこいい顔と声でそう言ったが、その後あたしたちは数点しか取れず、見事なまでの大敗を喫したのだった。したのだったじゃないよ、まったく。
ほんと、バレーって理不尽だ。