第1章 第11話 誤った二人は謝らない
「……大丈夫?」
「……大丈夫じゃない。痛い」
日向に半ば無理矢理和解の場を設けられて、いや設けてもらったが、わたしは美樹になんと言えばいいのだろう。
まず殴ったことは謝らなきゃいけない。あれだけは絶対にだめだ、わたしが全面的に悪い。
でも水空さんに、後輩にリベロを譲ってほしいだなんてお願いをしたのは絶対に許せない。しかも水空さんに譲ってもいいと言わせてしまった。わたしたちは最低の先輩だ。
そしてもう一つ。美樹を泣かせてしまった。心配させてしまった。前の二つと比べて些細なことかもしれないが、わたしにとってはそれが一番心に残っていた。
「美樹、あのね……」
「みき、謝らないよ」
わたしの言葉を遮るように、美樹は宣言する。たぶんわたしが今まで聞いた美樹の言葉のどれよりも力強い口調だった。
美樹ってこんな風に話せるんだ。十年近く一緒にいるのに全然知らなかった。
わたしが横たわったまま呆気にとられていると、美樹は強い口調のまま手を差し出してくる。
「みきはなんも間違ったことはしてない。今でもそう思ってるから」
水空さんにリベロを譲ってほしいと頼んだこと。後輩に気を遣わせてしまったこと。それを全て含め、間違っていない。そう美樹は告げた。
あぁ、そうか。美樹はそこまでわたしを……。だったらわたしの答えも一つだ。
「わたしもなにも間違ったことはしてないよ。だからわたしも謝らない」
美樹の手を取り、二人で立ち上がる。
そうだ。美樹もわたしも間違えてなんかいない。お互いやりたいことを、正しいと思ったことをやっただけだ。そこに間違いなんてものは存在しない。
「「でも、一つだけ言わせて」」
わたしと美樹の声が重なる。言葉だけではない。美樹の気持ちだって痛いほど伝わってくる。
言葉を交わせば心が見える。
今のわたしたちを言葉で表すなら、きっとこう言うべきだろう。
「「ありがとう」」
わたしと美樹は、繋がっていた。
「仲直りおめでとーっ!」
せっかくいい雰囲気になってたのに、能天気な一言がそれをぶち壊した。
「ねぇ日向、空気読んでくれない?」
「そうだよっ! せっかく梨々花ちゃんのスベスベな手を合法的に触れてるのにっ!」
「うぇっ!?」
「あーん、もうちょっとだけ触らせてーっ、ほっぺたすりすりさせてけろーっ!」
「やんだ気持ちわりぃっ!」
「一週間も話せなくて梨々花ちゃん成分が不足してるんだっ! 誕生日プレゼントに指輪さ買ったのに渡せなくてずっと辛かったんだーっ!」
「愛が重いっ!」
「あはは、ほんとミキミキはリリーが好きだなー」
前に三人集まってからまだ一週間ほどしか経っていないのに、やけにこの会話が懐かしく思える。本当に長かった、この一週間。
「日向もありがとね」
「うん、ありがとう」
「え? い、いやいいっていいって! ひーはなにもしてないしっ!」
あ、日向が照れてる。いつも飄々としている日向にしては珍しい反応だ。ここは思いっきりからかってあげないと。
「「ありがとー!」」
「ここぞとばかりに仲良いな! ……まぁいいや。感謝は言葉じゃなくて行動で表して! あとで喫茶花美でなんか奢って!」
「えー、バイトしてるんだから日向ちゃんが奢ってよー」
「それを言われると弱いなぁ……」
美樹に言い返され、日向は参った顔で長い髪をくるくるといじくる。と思ったら日向はなにかを思い出したように手を叩いた。
「そうだ、たぶんだけど1年生の二人にも迷惑かけたでしょ! 事情はわからないけどちゃんと謝っときなよ?」
日向に言われて、美樹と二人顔を見合わせる。あぁそうだ。翠川さんとはなんとなく普通に話していたが、水空さんとはあれから一言も口を利いていない。それに美樹には謝らなかったが、1年生に「わたしなにも悪くないから謝りませーん」なんて言えるわけがない。ちょうど水空さんと翠川さんが二人でストレッチしているし、行くなら今だろう。
そうだ、ついでにこの後ごはんにでも誘ってみよう。思えば一年生が入ってからもう一カ月も経っているのに、親睦会的なものは初日の一回しかやっていない。たまには一、二年生会というのも悪くない。
それと前に水空さんに言った遊びに行くという話も詰めておこう。今まではライバル同士だったが、もう決着はついた。なんのしがらみもない状態ならきっと仲良く遊べるはずだ。
なんだろう、すごい楽しい。ワクワクする。こんな気持ちいつぶりだ。
今なら水空さんにも勝てる気がする。
「……なんてね」
わたしはもうリベロにはなれない。絵里先輩にボールを繋げられない。
そう思うと少し胸が痛むけど、もう終わったことだ。
花美高校のリベロは水空さんだ。わたしの役目は水空さんが継いでくれる。
終わったなら始まるだけ。これからはちゃんと先輩らしく接しよう。
水空さんも、色々大変みたいだし。