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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第3章 春待つ夏
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第3章 最終話 新しい1年の始まり

〇日向


「退職届……ねぇ……」

「はい……突然すいません……」


 春高予選二日目の翌日。ひーはシフトに入ってないのにバイト先に向かい、今日の朝急いで書いた退職届を店長に手渡した。


「理由は?」

「あーなんていうか……別にバイトが嫌になったってわけじゃなくてですね……」


「いいよいいよ、そんな取り繕わないで。別に言いたくないなら言わなくていいし」

「まぁ……いや、言わせてください」

 一年半も働いたんだ。最低限の義理は果たさないと。


「やりたいことが見つかったんです。部活……ちょっと本気出してみよっかなって……それで……」


「ふーん」

 あれ? 店長って学生スポーツ大好きな人なのに反応が薄い……。まぁ怒られるのは覚悟してたからいいんだけど。でも、


「えいっ」

「えぇぇぇぇっ!?」


 まさか退職届をビリビリに破られるとは思ってなかった。


「なっ、なにを……!」

「部活を本気でやるってさ、口で言うほど簡単じゃないのよ。最初の内はがんばれてもさー、周り見たら自分より上手い奴らばっかりで、自分だけが駄目みたいで……どうしても辛くなる時がある」


 店長は語る。遠い目をして、楽しそうに。前はそういうのが嫌いだったけど、今はそうでもない。むしろ、気持ちいい。


「そういう時サボるのは全然いいと思うけどさ、クーラーの利いた部屋で動画観ながらお菓子ボリボリ食ってたって何の意味もないでしょ? だったらバイトしてシューズとか買うお金を稼ぐ方が有意義だと思わない?」


「そ、それって……!」

 籍を置いたまま実質退職状態にしてくれるってこと……?


「あー勘違いしないでよ。これは私が優しいからじゃない。私が優しいプラス、あなたがそういう関係性を築いてきた結果。がんばんなさいよっ。あなたならどこに行ってもそれなりに上手くいく」

「それなりって……」


 思わず笑いそうになると、店長は親指をグッと立てて強く笑った。


「それなり以上の結果、出してきなよ」

「はいっ!」


 よかった。ひーの今までの人生、なにも無駄になってない。


 バレーだってひーの人生の一部。さぁ、楽しく生きていこう。



〇きらら


「日向おっそい! 今日がわたしたちの代のスタートでしょ!?」

「ごめんごめんっ、ちゃんと終わらせてきたから。終わらなかったけど」

「? なにそれ」


 春高予選二日目の翌日。昼からの練習ということで遅めに集まる中、最後にやって来た日向さんが笑いながら体育館に入ってきます。でもその笑顔の中には確かな意志のようなものが含まれていて、この人もなにかが変わったんでしょうね、というのが伝わってきます。


「じゃあ改めてご挨拶っ。今日から花美高校女子バレーボール部部長になった外川日向ですっ」


 リベロはキャプテンをできないルールなので、リベロになる可能性のある梨々花さんは役職に就くことはありませんでした。まぁそれを抜きにしても一番向いているのは日向さんだと思うので文句はありません。むしろあのやる気のなかった日向さんが出てくれるようになってとってもありがたいです。


「そして、」

「副部長の扇美樹っ。バシバシやってくから覚悟しといてねー、水空ちゃんっ」


「なんであたし名指しなんですか……ていうかあたし言ったと思うんですけど試合で脚怪我しちゃったからしばらく練習できませんよ」


 環奈さんは歯が抜けてしまってその治療中なのですが、それは一年生だけの秘密です。ちなみにちゃんと安静にしていれば数日でとりあえずは元の歯がくっつくそうです。本気で治すには数ヶ月の治療が必要なようですが、それは適当にすると言っていました。


「んー、じゃあどうしよっか。まだ先生も小内さんも来ないみたいだし、練習は……まだいっかな」

「何を甘いこと言ってるんですのっ!? わたくしたちは二回戦負けでしてよっ! 練習っ、練習が必要ですわっ!」


「もちろんそうだよ? でもその前に、目標確認がしたい」

 盛り上がる珠緒さんを軽く流し、日向さんはすん、と笑顔を潜めます。


「ひーは前も言ったけど、オレンジコートに立ちたい」

「またそれー? みきはもっと現実的な方が……」


「現実的だよ。いや、現実にする。藍根も紗茎も倒して、必ず全国に行ってみせる」


 その表情は朝陽さんのよう、いえそれよりも真剣で。たぶん、この中で誰よりも本気で勝ちたいと思っていると確信しました。

 まぁ、自分も負けてはいませんが。


「だから目標は前と同じ。勝つ。とにかく勝つ。それで文句ある?」

「ありませんっ」

「当然ですわ」

「部長が言うなら文句ないよ」

「梨々花ちゃんが言うならみきもっ」

「梨々花先輩が言うならあたしだってっ」

「よし、じゃあ円陣組もっか」


 花美高校女子バレーボール部。


 万年一回戦負け、上手くいけても二回戦負け。


 部員は六人でリベロも作れず、練習試合だってツテがない。


 それでも、自分たちは。


「花美ー、ファイッ!」

『オーッ!』


 前に進むしか、ないのです。

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