第1章 第10話 外川日向は外から見てる
〇梨々花
調子がいい。
すこぶる調子がいいのが自分でもわかる。
レシーブじゃなくて、トスが。
2対2でも、他の練習でも今日のトスは最高だった。絵里先輩には及ばないけど。
サーブも上手く決まったし、実はわたしってリベロよりセッターの方が向いてるんじゃねぇか!? あっはっはっはっはっ!
「はぁ……」
「なに急にため息ついて。構ってほしいの?」
練習が終わり、隣でストレッチをしていた日向がめんどくさそうな顔をしながら絡んできた。
「勘違いしないでよねっ! 別に構ってほしくてため息ついたわけじゃないんだからねっ!」
「ふーん。別にいいけど」
「…………」
わたしにしては珍しく自分からふざけたのに、日向が乗ってくれなかった。いつもそうだ。初めに美樹と日向が遊びだして、わたしも混ざったら日向が冷める。
「なに!? 日向はわたしのこと嫌いなの!?」
「ううん大好き。でもテンション上がってる時のリリーはちょっとうざい」
「うざい!?」
「うん、今とか最悪」
「最悪!?」
こんな風に言葉を選ばないでずけずけものを言うのもいつものこと。まったく、少しは気を遣うということを覚えた方がいい。
「ていうかさー、リリー、なんかあった?」
それなのにいつも、なにか起きたらすぐに気づく。ほんと敵わないなぁ。
「……なんでそう思ったの?」
「また変なシャツ着だしたし、今日一度もミキミキと話してないでしょ。見てればわかるって」
日向は当たり前のことのように言っているが、一週間ぶりに来てそれがわかるのがなによりもすごい。わたしが日向の立場だったらそこまで気づかないよ。
「……別に今日に始まったことじゃないよ、シャツも美樹のことも。もう一週間今のまんま」
レギュラーが決まってから。正確に言うとその日の昼休みが終わってから、わたしは美樹と一度も話していない。学校でも練習でも帰り道でだって一言も言葉を交わすことはなかった。
わたしが意識して話さないようにしているからというのもあるが、たぶん向こうも同じ気持ちだろう。あそこまで大きな喧嘩は今までしたことがない。お互いなにを話せばいいのかわからないんだと思う。
格言Tシャツを着だしたのはレギュラーが決まった翌日からで、わたしが控えになったことで水空さんに気を遣う必要がなくなったからだ。ちなみに今日の格言は『言葉を交わせば心が見える』。意識したつもりはなかったが、なんとも皮肉めいている。
「なにがあったのかは聞かないけどさー、仲直りした方がいいんじゃない?」
「……うん、わかってる。でもタイミングがね……」
わたしから離れた位置で一人ストレッチをしている美樹を見る。あ、目が合った。あ、目を逸らされた。やっぱり美樹も同じ気持ちなんだろうな。
「やっぱり時期尚早だよ。もう少し時間が経ってからにする」
今話してもたぶん上辺だけの会話になって終わる。そんな無駄なことをするくらいならしばらく今のままでいた方がいい。わたしと美樹の関係はそういう……。
「だめ、今行こう」
クロスさせていたわたしの腕が突然日向に引っ張られた。日向はそのままわたしを引き上げると、腕を引いて歩き出す。
「ちょ、ちょっと話聞いてた!?」
日向が引っ張る先には美樹の姿がある。やだやだまだ心の準備が……!
「聞いてたけどさ、結局仲直りするんでしょ? だったら早い方がいいじゃん」
「そうだけどっ! いや無理だべ! まだ無理だからっ!」
「ひーはさ、」
日向は歩きながら自分のことを口にする。目線はただ前だけを見つめていて、日向らしいなと思った。
「そんなにバレーに必死じゃないわけよ。遊んでバイトして、趣味としてバレーをやってるわけじゃん。リリーたちには悪いと思ってるけど」
「別にそれはいいよ。バレーをやる理由なんて人それぞれだし、いてくれるだけでありがたいし」
日向にしては珍しい真面目な雰囲気に、わたしも思わず口調を静める。
「うん、ありがと。でもさ、だからこそ楽しくやりたいわけなんだよ。仲良くしてても喧嘩してても同じ一日なら楽しい一日の方がいいでしょ? だからっ!」
「うわっ」
日向が力いっぱい腕を引くと、その反動でわたしの身体が宙に飛ばされた。なんとか受け身は取ったが、床に叩きつけられた衝撃でしばらく身体が動かせない。
「仲直り、してね」
顔を上げると、心配そうにわたしを覗き込んでいる美樹の顔がすぐ目の前にあった。