第3章 第53話 繋がらない二人のバレーボール 3
〇きらら
フェイントでも、フェイントじゃなくても関係ない。高く跳べばどっちにしろ防げる。
だから私は雷菜さんの異常な高さを生み出す踏み切りを真似してブロックに跳んだ。雷菜さんに比べて体重がある分脚に負担はかかるけど、数度ならできるか。
「どいつもこいつも……!」
ネットの向こうで雷菜さんが歯ぎしりする声が聞こえた。本当は完全に叩き落とすつもりだったけど、まぁいいか。次のスパイクで決めればいいんだ。
「チャンボ!」
「きららさんっ」
環奈さんが拾い、珠緒さんが私に上げる。トスは速攻のための速く短いもの。でもここから使える『超螺旋廻転弾』は防がれるし、普通の速攻もあまり効果はないだろう。だったら、
「はぁぁぁぁっ!」
雷菜さんのブロックアウトで勝負だ!
「そう来ると思ったわよっ、悔しいけれどっ!」
「!?」
雷菜さんが、ゲスブロック! 私がブロックアウトを使うと思って腕を直前で移動された! これでボールは腕の正面。完全に防がれ……!
「まだまだぁっ」
「環奈さん……!」
私が負けても、仲間が助けてくれる。
ほんっと、バレーって楽しい……!
「珠緒さん、オープン!」
「かしこまりましたわっ!」
環奈さんが救ってくれたボールを、ゆっくり、綺麗に、大きく珠緒さんが上げてくれた。
このトスなら、私が視た限り最強のスパイクを放つことができる……!
元が左利きだから鏡合わせに反転。焦らずじっくりボールが落ちてくるのを待ち、三歩の助走で、マックス打点に跳び上がる!
「はぁぁ……」
悪いけど木葉さん、これはどれだけブロックが上手くても関係ないよ。
だってブロックを弾き飛ばす、風美さんのスパイクなんだからっ!
「あぁぁ……!」
風美さんの強力なスパイクの正体は、あの筋力プラス空中での反り返り。弓のように思いっきり引き、放つっ!
「あぁっ!」
「ワンタッチッ!」
風美さんのそれを完璧に模倣したスパイク。本家が使えば確実に観客席まで吹き飛ばせただろうけど……。
「くっそ……!」
だめだ! 筋力が足りない! 吹き飛ばしたけどまだボールはコートの近く。
「鰻さんっ」
「ナイスカバー、丹乃ちゃんっ」
矢坂さんが飛びついてボールを拾い、セッターの元に。そして……、
「雷菜さんが……いない……!」
そうだ、雷菜さんと木葉さんが前衛にいる今、あれが使える!
「負けて……たまるかっ!」
「それはこっちの台詞よっ!」
木葉さんの後ろに隠れ、誰もいなかったところから放つ、
『黒雲降雷!』
直近で使ってなかったから忘れてた……! でもゲスブロックで雷菜さんの正面に腕を構えることができた。
「この勝負、私の勝ちよ」
「っ――!」
雷菜さんの稲妻のように鋭い視線が、私のブロックを捉えている。
『黒雲降雷』プラス、ブロックアウト……!
胡桃さんがやったように腕を開けて避けたいけど、間に合わない……!」
「はぁっ」
私の腕の側面に当たったボールが、コートの外へ……!
「――言ったはずですわ、雷菜さん」
でも本来誰もいるはずのない場所に、珠緒さんはいた。
「あなたのことは、わたくしが最も尊敬しているとっ!」
「新世さん……!」
身長に絶望し、セッターに転向した珠緒さんのもう一人の憧れ、雷菜さん。つまりブロックアウトでどこに飛ばすか、珠緒さんはわかっていたんだ。
「やっぱ珠緒さんはすごいよっ!」
紗茎との練習試合で私が珠緒さんを特別だと言ったことは決して嘘ではない。それが照明できてよかった。
そして何より、これでもう一度攻撃のチャンスが生まれた。次の一撃で決めてやるっ!
〇日向
マオちゃんがあのブロックアウトを凌いでみせた。これでもう一度あの快感が味わえる。
いや、だからこそあえて強打も悪くないかもしれない。ああすごい。わくわくしてきた。
この苦しい場面。本来ならエースに託すのがベター。でも花美のエースのあっさんは今いない。
じゃあここで決められたらエースだ。矢坂さんと同じ、エース。
そうか。そういうことだったんだね。このドキドキがたまらなかったんだね、矢坂さん。
ひーも、同じになりたい。
エースになって、もっと気持ちよくなりたい。
だからこの勝負は絶対に……、
「「勝つっ!」」
〇きらら
――勝ちたい。心の底からそう想ったのはいつぶりだろうか。
高校生になってから……いつだって勝ちたかったけど本気で勝ちを望んだ場面はなかった。中学生では……勝つのが当たり前だった。小学生の頃は、勝つという感覚がそもそもなかったかもしれない。
じゃあ初めてだ。
初めて、私は、勝ちたいと心の底から思った。
なら負けるわけがない。だって私は天才だから。どんなスポーツでも常に勝ち続けてきたから。
今回も、今回こそは絶対に……、
「「勝つっ!」」
隣に立つ日向さんと声が重なった時、ほとんど同時に真正面からも声がした。
「……バレーは高い方が勝つスポーツだけどさ、それ以前にもっと大事なことがあるんだよね」
「……?」
なんで木葉さんは構えていないんだ。
なんで平然としゃべっているんだ。
なんでそんなゴミを見るような目で私を見てるんだ。
「私を――」
「舐めるな」。その魂からの叫びは、さらに大きな二つの声にかき消された。
「きららっ!」「日向っ!」
「「ボールっ!」」
環奈さんと梨々花さんがそう叫んだと同時に、気づく。
私と日向さんの間の空間に、ボールが落ちてきていたことに。
「「――!」」
それに気づいたのはほぼ同時。そして同時に自分のミスにも気づいただろう。
珠緒さんがファーストタッチをしたということは、誰かがトスを上げなければならない。
トスを上げるとしたらボールに近かった私か日向さんのどちらかで。
なのに二人とも、攻撃に全意識を集中させていた。
私たちが今やっているのが、バレーボールだということを忘れていたんだ。
気づいたと同時に、ボールに飛びつく私たち。
でもそれをするにはあまりにも遅すぎて。
ボールはとっくに、床に落ちていた。
試合終了の笛が鳴り響く。私が負けたことを会場中に伝えてくる。
でもその音は全く耳には入って来ず、遥か高い場所から発せられた小さな声だけが私を支配していた。
「――バレーボールは、つながらなかった方が負けるスポーツだよ」
私と日向さんは藍根や木葉さん、矢坂さん以前に。
バレーボールに、敗北した。