第3章 第51話 二人の天才の踏み台
「はあぁっ!」
「くっそちびがぁー……っ!」
再び胡桃さんの『スピンターン』が決まり、得点は二十対二十。ついに同点にまで持ち込めた。
なんだろう、すごいドキドキする。こんなバレーもあるんだ。
ブロックでとにかく触って相手の攻撃の威力を弱め、カウンターでブロックに触らせず打ち抜く。
防御は仲間に任せ、一人で点を取る。
これぞチームプレー。
私がバレーを始めた理由。
私が、求めたもの。
「大事なのは空中の捻り……打つ角度……踏み切り位置……うんいける……でも私の方が高いから……調整して……イメージは……うん……うん……」
頭の中で胡桃さんの動きと私の動きをすり合わせる。私の理想を手に入れるために。私がバレーを始めた目的を達成するために。
私なら、できる。
「ふっ」
ある程度のイメージを固めたところでとりあえずサーブを打つ。あとはもう一度胡桃さんのスピンターンを見てさらに調整を重ねて自分のものにする。
さて、ボールが珠緒さんまで戻ってきた。さぁ、もう一度。
「視せて――胡桃さん」
胡桃さんが跳び上がる。相手ブロックは連続で珠緒さんを使ったことで三枚ブロックが付いてきている。でも胡桃さんなら躱せるはず。
『スピンターン!』
胡桃さんが空中で身体を捻り始めた瞬間、気づく。
「やっと、思い出せたよー」
木葉さんだけブロックの位置が遠い。二枚のブロックから離れ、さっきまでスパイクが通っていた場所に一段と高いブロックがいる。
「――二度も負けるわけにはいかないのよっ!」
それをいち早く察知した胡桃さんはさっきまでよりもさらに長く空中に留まる。
身体を宙に預けたまま、相手が落ちるのをひたすらに耐え、耐え、放つ。
「ボクは、負けないっ!」
「いーや、織華の勝ちだよっ!」
木葉さんは既に最高到達点から落ち始めていた。
それでも、木葉さんは高かった。
通常のブロックよりも広く開かれた右腕に阻まれ、直角にボールが落ちていく。それを拾える人は、いなかった。
「……三年前のあの試合、あなたがいたから今の織華がいる」
瞬時に腕を開いてスパイクを阻んだ木葉さんの瞳が妖しく輝き出す。
「あの時あなたに勝つために『寄生』が生まれた。ほんと、感謝してるんだよ」
『スピンターン』の弱点。それが今の木葉さんのブロックでわかった。
あれは空中で身体を捻る分最高到達点で打つにはタイミングが重要になる。そして真上に跳べないことで本来の最高到達点からは当然低くなる。
だから結局、ブロッカーにコースを塞がれたら上を行くことができない。
これは自分の身長が高いことが前提の攻撃なんだ。
もちろんこの攻撃が胡桃さんの主義から反するというのが今まで使わなかった理由だろう。
でも、それ以上に。それ以前に。
「――ありがとね、真中さん。織華の踏み台になってくれて」
身長が伸びなかった胡桃さんでは、使えない技だったんだ。
「礼には及ばないわ。踏み台も悪い気はしないって、最近思うようになってきたから」
「あれ。煽ったつもりだったんだけどなー」
「あなたの煽りはむかつくけれど、天才が育つのって、見ていて気持ちいいのよね」
「……なにそれ。織華さー、こんなんだけど結構あなたのこと尊敬してたんだよね。中学時代のあなたは本当にすごかったから。勝手に教育者面しないでよ。まだなんも終わってないでしょ」
「ふーん、ずいぶん買ってくれてたのね。うれしいけれど、ま、ボクなんてしょせんこんなものよ。後はあなたと同じ、ボクの天才の教え子に任せるわ」
木葉さんが後衛に下がり、その後はシーソーゲームで試合が進んでいった。二十一対二十一。二十一対二十二。二十二対二十二。二十二対二十三。二十三対二十三。そして、
「くっそ……! さすがにサーブは久しぶりだとしんどいか……!」
普段は普通のフローターサーブだった胡桃さんがジャンプフローターサーブを放つが、ネットに阻まれ向こうの点となる。
「これで……マッチポイント……!」
二十三対二十四。藍根のマッチポイント。あと一点取られたら全てが終わる。
「後は頼むわよ、きららさん」
「はい。私に任せてください」
でも私が前衛にいる今。
「そうそう勝てると思わないでよ? 木葉さん」
「じょーとー。ふみつぶしたげるよ、きららちゃん」
試合は、佳境を迎えた。