第3章 第50話 真中胡桃・ターンアップ
〇きらら
「今からのボクのバレーは間違ってるから――真似しないでね」
朝陽さんの負傷での離脱。その直後、胡桃さんは自分にそうお願いしました。
言葉の真意を捉えられないまま、タイムアウトが終わります。
得点は十七対二十。花美の前衛は胡桃さん、美樹さん、珠緒さん。藍根の前衛は矢坂さん、鰻さん、木葉さんの代わりの六番の方というローテで試合が再開します。
「珠緒さん、全部ボクにちょうだい。トスはいつも通りでいいよ。ボクが合わせる」
「え? あ、わかりましたわ」
胡桃さんと珠緒さんが話しているのを聞きながらサーブ位置に立ちます。
胡桃さんはそもそも攻撃があまり好きじゃありません。やってもミドルブロッカーなら誰でもやる普通の速攻くらい。その証拠に自分はまともに胡桃さんから攻撃を教わっていません。
入部当初、自分がブロックに飽きて攻撃をせがんだ時。胡桃さんは言っていました。
「ミドルブロッカーは名前の通りブロックをやるポジション。ブロックができなきゃ話にならないわよ」。あの時はこの人単純に攻撃が下手だから教えられないんじゃないですかと思ったものですが、今ミドルを少しかじってようやくわかりました。
ブロックの重要性。真ん中で構えてブロックの要となるミドルブロッカーがブロックを主導できなければそれは全く驚異ではない。今の藍根のブロッカーがいい例です。
それを教えてくれて、ブロッカーとしての心構えを体現しているかのような胡桃さんが、攻撃を……?
それに今の胡桃さんはなにか違います。口調は元よりですが、髪留めを外した今の胡桃さんは……、
雰囲気が、環奈さんや木葉さんに似ている。
まぁ自分がうだうだ考えていても仕方ないです。とにかくサーブで、崩さないと!
ですが自分のサーブは簡単に拾われ、向こうのミドルブロッカーの速攻が、くる!
「ワンチ!」
速攻に胡桃さんが食らいつきボールの勢いが弱まります。でも……やっぱりなにかが違います。
いつもの方が、ブロックのキレがいい。
「ふぅっ」
「胡桃さんっ」
自分がボールを拾い、珠緒さんがボールを上げ、胡桃さんが助走に入る。それはいたって普通の動きですが、踏み切りが、いつもより右に流れている。
「やらせるか!」
速攻に対して向こうのミドルのコミットブロックが来る。
「悪いけど、格が違うんだよ」
右に流れた身体を、空中で左回転に捻る胡桃さん。その身体の向きは最早ネットと平行です。
そしてボールの右側を手の正面で捉えると、身体の捻りをそのまま力に変え、相手ブロッカーの右側を通り抜けるスパイクを繰り出しました。
ボールはそのまま鋭角に床に叩きこまれ、花美の得点となりました。
「今のは……ターン打ちというやつでしょうか」
教えてもらってませんが、自分で調べたことがあります。身体を左に傾け、ボールの右側を打ち、クロスとは逆方向に叩きこむ技。でもターン打ちにしては、身体を捻りすぎているし角度もえぐいです。こんな技、見たことがない……。
「思い出し……ましたわ……!」
「まさかあれが胡桃さんだなんて……なんであれがいて万年一回戦負けだったの……?」
コート内の胡桃さんと、外にいる環奈さんがほとんど同時に唸るように言葉を漏らします。
「きららさん、もう一本」
「あ……はい」
胡桃さんからボールを受け取りサーブ位置に着こうとします。そのタイミングで笛の音が鳴りました。
「ようやく復活ね。遅いんじゃないの?」
「それはこっちの台詞ですけどー?」
木葉さん……! 不調で交代させられていた木葉さんが、戻ってきました……!
「『青天辟易』、真中胡桃。志穂ちゃんから聞きましたよー? 青い空に疲れて、楽な地上で生きることを選んだ、傷一つない幸せの青い鳥。志穂ちゃんにしては珍しくナイスなネーミングだと思ってたのに、それを捨ててまた空を飛ぶことを選んだんですねー?」
「生憎ボクは古い人間でね。あなたたち若い子と違って最新式は肌に合わないんだよ。そんな名前、使うつもりはないわ」
自分のサーブから始まり、また再び胡桃さんのワンチからの珠緒さんのトス。今度も胡桃さんのターン打ち以上のターン打ちです。でも木葉さんが跳んでいます。相手はさっきの凡百じゃなく木葉さん。通用するかどうか……!
「悪いですけどー、させませんよー?」
しかも木葉さんの状態が『寄生』から戻っています。迫力はそのままに、冷静さを取り戻している……!
「悪いけど、ボクの攻撃に高さは関係ない」
それでも胡桃さんのスパイクは木葉さんのブロックを横切り、ブロックのない右側に叩きこまれました。ブロックに正面から挑むのではなく、横を抜けるなら確かに高さは関係ありません。
「こっの……! 中学時代止められたの忘れたのー……?」
「なら止めてみなさいな。どうせまだ、止められないでしょう?」
すごい……! あの木葉さん相手に互角以上に戦えています……!
「でもなんで、今までこれを使わなかったんですか……?」
「こんなスタイル、ミドルブロッカーとして正しくないから。できれば使いたくなかった」
「それでも」。胡桃さんは悔しそうに背の高さだけで見下している木葉さんを睨みつけて言います。
「この試合はもう絶対に負けるわけにはいかないから。どんな手を使ってでも勝ってみせる」
それはただの宣戦布告。でも自分にはとてもそんな風には見えませんでした。
「中学時代……一年生の頃ですわね。一度あれと戦った時がありますわ」
珠緒さんがそうつぶやくと同時にボールを渡してきます。
「当時初スタメンになった天音さんをブロックで苦しめ、かつ中学生になったばかりとはいえあの織華さんのブロックを一セット丸々避け続けた選手がいましたわ」
「それが……胡桃さん」
「ええ。ですが今の今まで気づきませんでしたわ。三年前というのもありますが、スタイルが全くの正反対でしたから。当時の胡桃さんは超攻撃型ミドルブロッカーと呼ばれ、あの独特な強烈なターン打ち、『スピンターン』を武器に県内最強の三人、クイーントリニティの一角に数えられていましたわ」
もうこれ以上聞く必要もない。
胡桃さんの本質。私のことをスタイルが合っていないとか言っていたくせに、自分が一番そうなんじゃん。
「本当に、馬鹿なんだから……!」
「螺旋駆動のメカニック、『スピードクイーン』、真中胡桃」
ミドルブロッカーはブロックをするポジションだ。攻撃はあくまで副次的。それに主軸を置くことなんて間違っている。
それでも。木葉さんと対等以上に戦えている今の胡桃さんが。
「――再度、よろしく」
ゲスブロックよりも、リードブロックよりも、一番。
「かっこいい――!」
これが私の本質に一番近いスタイルだと、直感的に理解した。