第3章 第47話 完全無敵のPLAYER!
「誰でも、ですって……?」
『このレベルのことなら、誰でも同じことできんべ』。たった身長百五十センチそこそこでありながら百七十センチを超える胡桃さんとほとんど同じくらい跳べる雷菜さん。さすがに同じくらい、とまではいきませんが、同等と言っても過言ではないほどの跳躍を見せた梨々花さんは、謙遜でもなんでもなく、ただ当たり前のことのようにそう言いました。
「ふざけんじゃないわよっ! 私のジャンプはそんなに安くないっ! 私がっ、どんだけ努力してっ! ここまで来たと思ってんのよっ!」
本当に心の底からどうでもよさそうな顔をしている梨々花さんに対し、雷菜さんはネットに掴みかからんばかりに怒りを露わにしています。
普段の大人っぽく振る舞おうとしている雷菜さんからは考えられない、子どものような癇癪。それほどまでに雷菜さんは自分のジャンプ力に誇りを持っていたのでしょう。
「――別にいいよ、雷菜ちゃん」
そんな彼女に覆い被さるように、床に倒れていた木葉さんが立ち上がりました。
「どんだけ跳べてもしょせんは雷菜ちゃん以下のチビでしょ? だったら織華が全部踏み潰してあげるよ。だって織華の方が高いもん」
「それに、次のローテは一番厄介な環奈ちゃんが下がる。たいして焦るとこじゃないよ」。そう言っているのにもかかわらず、木葉さんの口元は全く緩んでいません。梨々花さんをこれ以上なく警戒している。次は必ず叩き落とす。そんな迫力が身体中から迸っています。
「環奈さんが下がるということは、ボクが前に出るということなのだけれど?」
「だから織華の方が高いって言ってんじゃん、真中さん」
花美が得点したことでローテが回り、前衛はレフトから胡桃さん、美樹さん、珠緒さん。後衛は朝陽さん、梨々花さん、自分です。
自分や胡桃さん、ミドルブロッカーは後衛にいる時リベロの環奈さんと交代します。唯一後衛にいるタイミングはサーブの時だけ。レシーブは環奈さんがいない分手薄になりますが、攻撃の手はいつもより一枚多い。ようやく点を取れたこの場面、簡単に取り返されるわけにはいきません。でも自分のサーブは普通のフローターサーブ。コントロールもありませんし、ただ相手のチャンスボールになるだけです。
「ふっ」
「オーライ」
やっぱり普通にリベロに拾われ、綺麗なAパスが返ります。でも次誰に上げるか、それだけはわかります。
同等の跳躍を見せられ、怒りに燃えている雷菜さん。それだけでなく強豪校としてのプライドもあるでしょう。お前ら弱小とは格が違う。そう言いたくて仕方ないって顔してますよ、鰻さん!
サーブを打った直後、レシーブのために雷菜さんの正面になるレフトの方へと駆けます。今は環奈さん不在でレシーブ力大幅ダウン。少しでも貢献しないと……!
「甘いわよ一年」
「きららちゃん、こっち!」
その声が聞こえたのはほとんど同時。鰻さんがボールを上げた瞬間、梨々花さんは自分がいたライト方向。つまり藍根のレフト、矢坂さんの正面へと駆け出しました。
自分はなにをやっているんですか……! これじゃあゲスブロックと同じです。勝手に雷菜さんだと思い込んで、騙されて……!
しかも環奈さんがいないということは、対矢坂さん対策の前後でのレシーブ配置もできないということ。胡桃さんがクロスを締めていますが、自分は間に合わないしフェイント対策で前にいる梨々花さんだけでは強打に対抗できません。
「はぁっ」
矢坂さんが選択したのはやはり強打。しかも渾身のストレートです。これは、もう……!
「ふっ」
梨々花さんが、跳び上がりました。まるでブロックのように両腕を上げ、高く。
「!?」
これなら強打にも触れることができます。でもこんなんじゃどこか明後日の方向に飛んでいくだけ……でもボールは、Aパスとはならないまでも確かに珠緒さんの近くに上げられました。
「化物……!」
「同感ですわっ」
そしてレシーブの直後確かに助走距離を確保したのを見逃さなかった珠緒さんはラストを梨々花さんへと託します。今度は高さは完璧。それでもその最高到達点は決して高いとは言えませんでした。
「調子乗んないでよ、チビがぁっ」
もう梨々花さんの攻撃は木葉さんにとって予想外ではありませんでした。梨々花さんの正面に四十センチ近く高い木葉さんの壁が立ちふさがったのです。
「……ふっ」
身長が低い人が高い人に勝つ方法。
それはもう、梨々花さんにはわかっていました。
「ブロック、アウト……!」
梨々花さんは木葉さんの腕の側面にボールを当てると、コートの外に弾き出します。
「どこまで、舐めれば……!」
雷菜さんが拾おうと走りますが、決して届く距離ではありません。その言葉はまるで負け惜しみのようにコートにいつまでも残りました。
「跳躍に加えて、ブロックアウトまで……!」
これではもう、劣化雷菜さん。いえ、環奈さん級のレシーブ力があるということは最早上位互換。どこまで天才なんですか、梨々花さんは。
「もう一本、ナイッサー!」
藍根の動揺を抑える時間を与えるわけにはいきません。喜びたい気持ちを抑え、すぐさまサーブを放ちます。ですが完璧に拾われ、またどんな攻撃もできるAパスになってしまいました。鰻さんが選択したのは最速の真ん中、木葉さん。藍根と同様に花美にも梨々花さんの活躍に動揺していることを見破られてしまいました。
「ワンチ!」
「ちっ……!」
ですが胡桃さんはどこまでも冷静。トスを見てから跳ぶ完璧なリードブロックで木葉さんのスパイクの威力を弱めました。
「ふっ」
山なりになったボールを自分が拾い、こっちも完璧なAパスです。珠緒さんが選択したのは……、
「朝陽さんっ」
「っしゃゴラァ!」
正面突破。エースのバックアタック。でも、
「……ワンチ」
木葉さんと鰻さんの二枚ブロックが道を塞ぎ、ボールの勢いが弱まって拾われてしまいました。……それにしてもうちのエースのスパイクをワンタッチにしておいて不満げな顔。やっぱり木葉さん、ドシャットにしか興味ないんですね。
「くださいっ!」
「雷菜ちゃんっ」
珍しく雷菜さんが吠えたかと思えば、鰻さんも珍しくなんのフェイクも入れずに雷菜さんにボールを託します。
ラリーが長く続き、お互い身体も頭もパンク寸前。そこであえての普通の速攻。これが決まればかなり大きい。本家本元の力を見せてやる。梨々花さんにそう叫んでいるかのようです。
ブロックアウトは絶対拾えない攻撃ではありません。少し当たり所が違うだけでボールの行方は近くも遠くもなる。だからこそ厄介なのですが、雷菜さんの視線がブロックを注視しているところを見るとまず間違いなくブロックアウト狙い。絶対に拾わなければ。
「――きららさん、しっかり見ておきなさい」
あまり飛ばないことを祈ってコートの外へ飛び出る自分へと、胡桃さんの小さな声は確かに届きました。
言われた通り顔を上げると、ちょうど胡桃さんと雷菜さんが宙で向かい合っていました。ブロックアウト使いに対し、たった一枚でのブロック。胡桃さんが圧倒的に不利だと言わざるを得ません。
そして振りかぶった雷菜さんの手がボールに炸裂します。威力は低くても、閃光のような確かな一瞬の輝きのあるスパイク。
それを胡桃さんは、両腕を大きく開けてかわしました。
「ノー!」
その胡桃さんの宣言は、ワンタッチがないということを表しています。
つまりコートの外に出ればそれは雷菜さんのミス。そして腕のみを狙ったスパイクが自分たちが必死に守るコート内に落ちることはありませんでした。
「こんな……攻略法が……」
無敵かと思われたブロックアウト。ならブロックに当てさせなければいい。
それは単純なようで、普通のバレーでは考えられない答えです。
バレーボールは高さのスポーツ。ブロックは相手の攻撃を防ぐもの。
そんな常識を打ち破った胡桃さんが自分に伝えたかったこと。そんなの言葉で聞く必要すらありませんでした。
「「ブロックは、叩き落とすだけじゃない」」
ゲスブロックは確かに最強かもしれません。決まればかっこいいし、気持ちいいし、盛り上がるし、相手を苦しめられる。それに比べたらリードブロックは地味で普通で点につながらないものかもしれません。でも。
相手の動きを視て、考え、相手を確実に邪魔するために動く。
そんなリードブロックが。
最高にかっこいいと思いました。