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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第1章 わたしのおわりとはじまり
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第1章 第9話 Miss.スランプ 環奈ちゃん

〇環奈



 あたしのはるか頭上から細く長い腕が振るわれる。この動きをムチのようと称する人もいるけど、きららちゃんのスパイクはまさにそれだった。


 ボールの落下地点はあたしの三歩右側。それはわかってるのに、身体が動かない。スローモーションのようにも感じたスパイクはあたしの予測通りの地点に落ち、相手のポイントとなった。



「やりましたーっ!」

 得点を決めたきららちゃんがネットの向こう側で跳ねる。称賛するしかない見事な速攻だった。



「上手くいったね、翠川さん」

「はいっ! 小野塚さんのトスのおかげですっ!」

「……今のは取れた球なんじゃない? 水空ちゃん」

「……すいません、扇さん」



 今あたしたちがやっているのは、2対2という練習。普通より小さくコートを作り、文字通り二人でチームを組んで試合をするというものだ。普通のルールと違うのはポジションの決まりがないことと、ローテーションがないこと。つまりリベロのあたしでもサーブやスパイク、ブロックをすることになる。



 今の組み合わせはあたし、扇さんチーム対きららちゃん、小野塚さんチーム。いや気まずすぎるよ。なんで向こうのチームはあんなに和気あいあいできるんだよ。こっちなんてもう最悪だよ。



 あたしが花美高校のリベロに決まってから今日でちょうど一週間。この間あたしと小野塚さんは一言も口を利いていない。扇さんとも同じチームだから話しているだけで、それ以外では全くと言っていいほど会話がない。



 気まずい仲。気まずい空気。あの現場にいたのに笑顔を振りまけるきららちゃんがうらやましい。



「ナイッサーですっ! 小野塚さんっ!」

 バレーは得点を取った方がサーブ権を持つ。今度のサーブは小野塚さんの番。リベロ体質のくせにこの人のサーブが中々厄介で困る。



「いくよっ」


 サーブ位置に立った小野塚さんがボールを空へと短く放る。そして数歩歩いてジャンプし、ボールを打つのではなく、押し出した。



 緩いスピードで飛んでくるボールの到達地点は、ちょうどあたしの立っている辺り。でもこの予測はあくまで予測でしかない。



 なぜならこのボールは、不規則に曲がるから。



 オーバーハンドでボールを捉えようとしたその瞬間、突然ボールの勢いが衰えた。推進力を失ったボールは構えていたあたしを嘲笑うようにぽとんと足下に落下する。



 これが小野塚さんのサーブ、ジャンプフローターサーブだ。



 ボールを打つ時に回転をかけないことで空気抵抗の影響を強く受けさせ、ボールの軌道を伸ばしたり落としたりすることができるサーブ。その動きは読みづらく、熟練のリベロでも完璧に取ることは難しい。


 でも、今のは……。



「すごいです小野塚さんっ! これってチョーエッチパンツってやつですね?」

「ありがとう翠川さん。たぶんノータッチエースのことだと思うけど」


 くそ、あたしが二連続でレシーブをミスるなんて……。向こうのコートの二人のはしゃぎっぷりがむかつく。



「水空ちゃん、今のはがんばれば……」

「わかってますよ! 次は取ります!」


 小野塚さんのジャンプフローターはそこまでレベルは高くない。普段のあたしなら確実に取れるはずだ。



 普段の、あたしなら。



「もう一本ですっ!」

「はっ」


 小野塚さんのサーブが再び飛んでくる。でもわずかにボールに回転がかかっている。たぶんこの球はそこまで変化することはない。


 そして落下地点はあたしの少し後方、エンドラインを超えるか超えないかの辺りだ。


 インかアウトかどっちだ。このままならたぶんラインを超える。でももしさっきみたいにボールが落ちたら……。くそ、全然わからない……!



「――アウトッ!」


 そう強く宣言し、ボールの行方を見守る。大丈夫。あたしは今までジャッジミスなんてしたことがない。


 大丈夫、大丈夫なんだ……。


 ボールはあたしの予測通り、変化することなく床に落ちる。だが落ちた地点はわずかにエンドラインにかかっていて。



「……イン……?」

 ボールはラインに少しでもかかっていたらインと見なされる。つまりこのボールは相手側の得点。あたしの人生初のジャッジミス。



「はぁ……はぁ……なんで……?」

 全然疲れていないはずなのになぜか息が上がる。それなのに体温はどんどん下がっていて、冷や汗がたらりとあたしの首筋を撫でた。



「おかしい……おかしいよこんなの……!」

 だってこれで三連続ミスをしたことになる。いや、ミスの数だけで言えばこの試合の三分の一近くはあたしの失点。リベロじゃやらないボールを打つ機会のある二対二とはいえ、この量は多すぎる。



 それどころじゃない。この一週間、リベロに選ばれてからの一週間であたしは初心者のきららちゃん並にミスをしている。と言ってもいつもの最高峰から上の中程度のプレーになっただけの小さな下落だし、こういった試合形式でなければ誰もなにも言ってこないから周りには気づかれていないと思う。でも自分のことは自分が一番よくわかる。これはちょっとやそっとの不調ではない。



 不調の原因はわかっている。


 小野塚さんだ。



 昼休みの体育倉庫での小野塚さんのあの姿が、練習中はもちろん授業中、家でも、ひょっとしたら寝てる間も脳裏にこびりついて剥がれてくれない。



 自分のやりたいことよりも、部長さんのことを想って泣き崩れる姿。



 小野塚さんだけじゃない。扇さんも小野塚さんのために嫌いなあたしに土下座までしてきた。



 あたしにはそれが理解できない。



 だってそうでしょ? なんで他人のために自分を犠牲にできるの?



 おかしい。おかしいよ。そんなの絶対におかしい。



 あたしはずっと、あたしが楽しいからバレーをやっていた。バレー以外のことも全部あたしが生きやすいように振る舞ってきた。それが間違いだなんて思わない。



 間違っているのは小野塚さんたちの方だ。苦しんで泣いて喧嘩して。その結果一週間経った今でもぎくしゃくしているように見える。



 そう。正しいのはあたし。あたしのはずなのに。どうしてこんなにも苦しいんだ。



 胸がざわついてドキドキする。


 頭の中がずっとクラクラしていて気分が悪い。


 視界に雲がかかったようにモヤモヤする。



 こんな気持ち、生まれて初めてだ。



 生まれて初めて、あたしはスランプに陥っていた。

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