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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第3章 春待つ夏
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第3章 第44話 ブロックってなに?

〇きらら


「藍根に勝つために最も重要なこと。それは、織華さんに本気を出させないことですわ」


 一昨日行われた対藍根講座。まず初めに珠緒さんはそう言いました。


「珠緒、言い方」

「あー、そうですわね。失礼、さすがの織華さんでも公式戦なら最初から最後まで本気のはずですわ。でもさらにもう一段奥がありますわ」


 環奈さんの様子はいつも通りですが、珠緒さんの顔がとても暗いです。まるで地球に隕石が落ちてくるのが事前にわかってしまったかのような絶望感。それほどまでに藍根、いえ織華さんが恐ろしい存在だということでしょう。


「もう一段奥と言っても流火さんの『熱中症』のような能力の向上ではありませんわ。理解する。読む。知る。試合中誰でも次第に相手のことが何となくわかってくるものですが、織華さんはそのスピード、完成度が桁違いなんですのよ。わかりやすく言うなら、次相手チームがどんな攻撃をするかが織華さんにはわかってしまうんですわ」


 ……は?


「無敵じゃないですかっ!」

「まぁさすがに百パー完璧ってわけじゃないですわ。あくまで攻撃に対するブロック限定ですし、それにわかってても完璧に止められるってわけでもありませんわ……でも精度は七、八割はありますわね」

 八割わかるって……んなのほとんど十割に近いですよ。十分やべーです。


「それに超能力で予知してるってわけじゃないからタネはある。胡桃さん、お願いします」

 そう言うと環奈さんは胡桃さんに新品のマジックを渡し、部室のホワイトボードに三つのブロックの名前を書きました。というかあのお馬鹿に先生役なんて務まるのでしょうか。


「ブロックの反応の仕方は基本的に三種類あるわ。一つはコミットブロック。相手がなにをしようが、必ずその人に跳ぶというとても単純なブロックよ。当然基本は外れるわけだけど、考える時間を与えない速攻なんかにはこのブロックが有効ね」

「えっ、でも胡桃さんはそんなの教えてくれなかったじゃないですかっ。必ずセッターが誰に上げるのか見てから跳べって……!」


「当然よ。今のバレー界のブロックの基本はこのリードブロックなのだから」

 胡桃さんが指したのは二つ目のブロック。


「何も考えないでただ跳ぶだけのコミットに対し、リードブロックはセッターのトスを見てから跳ぶ。だから当然出遅れるし、ドシャットだってあんまりできないわ」

 ドシャットとは相手のスパイクを完璧に叩き落とす、初心者がブロックと聞いて真っ先に想像するものです。やりたいなーとは自分も思うのですが、一度も綺麗に決まったことはないです。


「でも遅れる分確実についていけるというのがこのリードブロックの最大のメリットよ。ただその分難易度は高いわ。焦って予想だけで跳んでしまうこともある。そうなってしまったブロックをこう言うわ」

 コミット、リードに次ぐ三つめのブロック。その名も、ゲスブロック。


「って……下種?」

「ゲス。推測するっていう意味よ。何も考えないのがコミットブロック。考え続けるのがリードブロック。だとしたらゲスブロックは……考え続けられなかったブロックね。リードブロックの失敗形。我慢できずに勝手に跳んでしまったブロックがゲスブロックよ。きららさんもよくこうなるわね。で、木葉さんはこのゲスブロックを使うわ」

 はぁ……やっぱり胡桃さんはお馬鹿です。


「ゲスブロックは失敗なんでしょう? なら木葉さんがそんなのやるわけないじゃないですか」

「あなたに小馬鹿にされるのはいつまで経ってもむかつくわね。ここからは二人の方が詳しいかしら」

 ホワイトボードの前から胡桃さんが離れ、代わりに環奈さんと珠緒さんが前に立ちます。


「織華も最初はリードブロックだよ。相手の攻撃を見て、観て、視る。そして全てを見た時、もう見る必要はなくなる」

 だって相手が勝手に全部教えてくれたんだから。


「『寄生(パラサイト)』。この状態になった織華のゲスブロックは速度はコミット、精度はリードと同等になる」


 ……なるほど、そういうことですか。でも重要なのはそこじゃありません。


「木葉さんのブロックの種類はわかりました。じゃあどうすれば木葉さんに勝てるんですか?」

 自分がそう訊ねると、環奈さんと珠緒さんは困った表情で顔を見合わせました。そして、


「ないよ? 織華に『寄生(パラサイト)』になられたらおわり」

「まぁしょせんは一枚ブロックですし、勝手に動くからレシーブはやりづらくなりますわ。それ以上に叩き落とされるんですが」


「ちょっ……ちょっと待ってくださいっ」

 勝つ方法がないって……そんなのあんまりです……!


「きららこそちょっと待ってよ。『寄生(パラサイト)』になられたら対策はないけど、『寄生(パラサイト)』にさせない方法はいくらでもあるって」

「一つはセッターを複数入れ替えること。戦略の指揮官であるセッターを代えることで単純に戦法を複数用意することができますわ。もっとも控えの少ない花美では取れない戦法ですが。でもわたくしと梨々花さん、環奈さんの三人でセットアップすることで疑似的に前者の戦略を執ることができますわ」

 「とは言っても」、と珠緒さんは続けます。


「わたくしと環奈さんは元チームメイトなだけあって癖はバレバレですわ。わたくしもツーを我慢しますが、持って二セット目中盤まで。おそらくそれ以降は藍根のペースになるでしょう。だから一セット目は必勝。それが勝利への前提条件ですわ」


 そう、言っていたのに。


「――全部、ふみつぶしちゃおー」


 花美高校の奥の手中の奥の手。飛び道具にもほどがある飛び道具。そして必ず二点取れる技のはずだった『一手飛ばしの(ファスト)同時多発位置差攻撃(シンクロ)』は、木葉さんにドシャットされてしまいました。


「――っ!」

 第一セットは藍根が先取。それが確定した瞬間、会場から歓声が沸き上がりました。異常な攻撃を異常なブロックで仕留めたということは、それだけの価値がある一手だったということです。


「確かにびっくりしたけどさー」

 確実に取らなければいけないセットだった。それなのに完璧に読まれてしまった。その事実に打ちひしがれていると、木葉さんが顔をネットに近づけて自分の顔を覗き込みました。


「直線状に上がるトスってことはさー、後衛から前衛にはつなげないもんねー。あー、そもそも扇さんしか打てないんじゃないかなー」

「…………」


 木葉さんの言っていることは百パーセント真実です。『一手飛ばし』は、後衛に梨々花さんと美樹さんがいる時にしか使えない技です。環奈さんと自分、環奈さんと美樹さんでも成功したことはありますが、練習では一度も成功していませんでした。だから他の方は全てフェイク。その核心がばれてしまった今、『一手飛ばし』は藍根相手にもう二度と使えない技となってしまいました。


「それにしてもがんばったよねー、特に珠緒ちゃん。不器用なくせに必死に癖を隠して……でも焦った時はやっぱりツーだねー。ほんとちょろいっていうかー……」

 ……普段よりもずいぶん饒舌です。それに普段たるんでいる瞳が大きく開き、頬も紅潮して、口元は緩みまくっています。これが『寄生(パラサイト)』状態ということなのでしょう。

 こうなった木葉さんは、環奈さんが豪語するほどなす術がない。相手の攻撃が八割はわかるのだから全知全能と言っても差し支えありません。


「きららちゃんもがんばってるけどさー、スタイル合ってないんじゃないのかなー? きららちゃんも今のでわかったでしょー? バレーで一番盛り上がるのはスパイクをドシャットした時。こっち側はみんな元気になるし、負けた方は今のきららちゃんみたいに絶望でいっぱいになっちゃう。今はリードブロックがもてはやされてるけど、やっぱりブロックは叩き落としてなんぼじゃーん? まぁふつーの人はできないかもしんないけどー、きららちゃんなら織華とおんなじとこまでいけると思うんだよねー。きららちゃんもゲス……」

「リードブロックこそが最高のブロックよ」


 木葉さんの言説にそう返したのは、自分の隣に並んで十センチ以上高い顔を見上げる胡桃さんでした。


「確かにリードブロックは最高かもしんないけどー、最強はゲスブロックですよー?」

「コートチェンジよ。早く行きましょう」

 そして胡桃さんはそれ以上なにも返さず、自分の腕を引いてコートを出ます。


「だいたいリードブロックって止めるってより触るって感じじゃないですかー、威力を弱めてレシーバーに託す。そんなのってブロックって言いますー?」

「…………」


 へらへらと笑いながら自分たちと一緒にコートを出る木葉さん。胡桃さんがなにも言い返さないということもわかっているのか、延々とブロックについて語ってきます。


「まぁ才能のない人にはわかりませんよねー? だって真中さんって身長低いからドシャットできないですもんねー」

「――バレーは……!」


「高さが全てじゃない、でしたっけー? そんなのってけっきょくー、低い人の強がりじゃないですかー?」

 胡桃さんが返事をしたことに満足したのか、木葉さんはさっきまでのしつこさが嘘のようにベンチに戻りました。ほんと、嫌な人です。


「……確かに、そうかもしれないわね」

 踊るように歩く木葉さんの後ろ姿を見送りながら胡桃さんは絞り出すように言います。


「でもブロックは。ブロックは、叩き落とすだけじゃない。これだけは確かよ」


 その一言は。圧倒的な才能に踏み潰された胡桃さんがすがっているように感じられて。


 自分は素直にうなずくことはできませんでした。

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