第3章 第41話 殺し合い
「まぁ、想像していた通りね」
矢坂さんにフェイントを決められ、点差は一対六。そこで取ったタイムアウトで、小内さんは開口一番そう言った。
「相手は強豪校で、こっちは弱小校。しかも藍根はレシーブ殺しで有名なチーム。死ぬほど相性が悪いわ」
確かに鰻さんのフェイクでブロックを分断し、読ませないフェイント使いの矢坂さんと、ブロックに当てるブロックアウトが得意な深沢さんで攻める。この攻撃で花美は対紗茎以上に苦しめられていた。
「よしよーし、このまんまでいーよっ!」
わかっていたことを改めて突きつけられ暗い雰囲気になっていると、藍根側から明るい声が聞こえた。
「相手は全然こっちに対応できてない。レフト二人を中心に攻めてって!」
こっちにまで聞こえる大声でそう指示を出したのは、藍根のコーチ……いや、監督か? でも藍根の監督ってあの大海っておばさんだったはずだけど……今笑顔を振りまいている人はずいぶん若い。徳永先生と同じくらいなんじゃないだろうか。
「大海椎菜。前監督の娘で、あーしが高一の時に高三で、藍根が全国制覇した時のエースだった人よ」
ひーが思ったことに答えるかのように小内さんがそう解説した。
「前監督は堅実な戦術を好む監督だったからどうなるかと思ったけど、今の監督も同じみたい。自分の得意分野を徹底的に押しつける、って感じね」
「それとあの大声はわざとこっちに聞こえるよう言ってるからアウトサイドヒッターばっかり気にしちゃだめよ」、と付け足し、小内さんは腕を組んだ。
「現状こっちが押されてるけど、それは向こうが飛び道具を使ってるからよ。得意技が決まるのは当たり前。つまり地力の差が出てるわけじゃない。だからへこむところじゃないから声出していきなさい」
『はいっ!』
タイムアウトの時間は三十秒だけ。小内さんは審判の様子をチラ見すると、これからの作戦を指示する。
「向こうが飛び道具を使ってくるならこっちも飛び道具で対抗よ。一昨日話した通りの戦法でいくわよっ」
『はいっ!』
一昨日ね……ひーそん時いなかったんだよなー。だからなにを言ってるのか全然わからない。いなかったひーが悪いんだけど、教えてくれてもいいじゃん。いや、自分から訊きにいけってことか……? めんどくさ……いや本当にひーが悪いんだけど。
試合が再開し、深沢さんのサーブが飛んでくる。でも今度もかんちゃんが拾い、Aパスになった。マオちゃんは誰に上げるか……注目していると、なぜかマオちゃんは落下地点から離れ、助走を始めた。
「!」
代わりにセットアップに入ったのはマオちゃんの対角、リリー。これが飛び道具……紗茎との練習試合の最後かんちゃんとマオちゃんがスイッチし、かんちゃんがトスを上げマオちゃんがスパイクを打ったのと同種の攻撃だ。
これで前衛の攻撃三枚。リリーがトスを上げたのはさっきまでトス専用係だったマオちゃんだ。それに藍根は対応できず、ブロックに跳べたのは一人だけ。でもその一人は……、
「ごめんねー、珠緒ちゃん」
ミドルブロッカー、木葉さん。マオちゃんとの身長差は約二十センチだ。
「謝罪には及ばなくてよ」
いくら一対一ではスパイカーが有利だと言っても、相手は『金』で、マオちゃんは本来スパイカーではない。ブロックフォローにリリーとかんちゃんが入るが、その必要はなかった。
「ちっ」
マオちゃんはスパイクを木葉さんの腕の側面に当てると、コートの外にボールを飛ばす。完全に深沢さんのブロックアウトと同じ技だった。
「わたくしの憧れは当然流火さんですが……わたくしより小さいのにもかかわらずスパイカーの最高峰にいる雷菜さんにも同等の敬意を払っていますわ。技を盗むのは当然でしょう?」
「……そのドヤ顔ができるのも今の内だよー」
この得点で花美のローテが一つ回り、きららんのフローターサーブが放たれる。だが向こうのリベロが簡単に拾い、鰻さんへと届けられる。
「いくわよ織華っ」
そう掛け声を出したのにもかかわらず、視線は矢坂さん。また嫌なフェイクだ。さっきと同じ感じだとこの二人以外の誰かだと思うけど……トスは視線の通り矢坂さんへと上がった。
「!」
でもそのフェイクに引っかからずきららんが矢坂さんのクロスを塞いだ。読んだのか……それにしては反応が早すぎる。たぶん矢坂さんにコミットしてたんだ。誰がなにをしようが絶対に矢坂さんへ跳ぶと決めていた。だから振られることがなかったんだ。
でも矢坂さん相手にブロックは意味がない。なぜならブロックの上を行くフェイントがあるからだ。
「っ」
空中にいる矢坂さんの顔が歪む。そうか、逆に言えばこの状況、フェイントを打つしかないんだ。だからコートの前の方にかんちゃんがいる今の状況は仕留められたようなものになる。
「あぁっ!」
でもさすがは『銀遊の参』の一人と言うべきか。クロスのフォームだったのにもかかわらず、ストレートに打ち込んだ。
「くっ……!」
でも花美のレシーブ力はその上を行った。ストレートにはリリーがいて完璧に拾い上げたのだ。
これが飛び道具その二。クロスを確実に拾い、フェイントとスパイクどちらを打たれてもいいようにレシーバーが二人別々の場所に構える。これなら矢坂さんといえど確実に拾える。
「でも同時には使えないよねー?」
リリーがレシーブを上げたということはトスを上げれないということ。これでさっきの攻撃は使えない。
「あたしを忘れないでねっ」
「環奈ちゃん……!」
今度トスを上げたのは、さっきまでフェイント対策をしていたかんちゃん。これで再び前衛三枚だ。
かんちゃんが上げた先のみきみきのスパイクは鰻さんのブロックの横を通り抜け、藍根のコートに叩きつけられる。
「……めんどくさ……!」
連続得点を決められ、ブロッカーの木葉さんのとろんとした瞳がキッと吊り上がる。
藍根がレシーブ殺しだとしたら、花美は最強レシーバー二人、セッター実質三人のスパイク&ブロック殺し。
まさしく殺し合い状態へと試合は移っていった。