第3章 第40話 ふたりめの銀遊の参
〇日向
バレー、いや全てのスポーツにおいて、立ち上がりこそが試合の流れを決めると言っても過言ではない。最初にリードを許せばそれがプレッシャーとなり、その焦りは実力以上にチームを苦しめる。それを解決する方法は一つ、連続得点しかない。でもそんなの机上の空論だ。だってそれができないからリードを許しているのだから。まぁつまりは。
「こんなに差があるか……」
花美は大きく点差を離されていた。
一対五。それが現在の得点である。深沢さんと木葉さんが前衛にいる時こっちが辛いのはわかっていた。格から言ってしまえば蝶野さんが二人いるようなものだ。そりゃしんどい。
「ほっ」
木葉さんの速攻が決まり、藍根のローテが一つ回る。でも『金』の深沢さんがこれで後衛に下がった。花美の武器であるレシーブ殺しのブロックアウトが得意な深沢さんがいなくなったことでこっちも有利に……いや、違う。
「矢坂さん……」
深沢さんの対角、藍根のエース。矢坂さんが前衛に出てきた。
「雷菜ナイッサー!」
「はぁっ」
深沢さんのサーブは紗茎との練習試合でリリーが見せたサーブと同じ、ランニングジャンプフローターサーブ。不規則に揺れるジャンプフローターに走りを加えて勢いを増すサーブだ。でもどんなサーブが来ようと基本的に花美に問題はない。
「ふっ」
うちにはスーパーレシーバー、リリーとかんちゃんがいるからだ。かんちゃんが完璧にボールを上げると、綺麗にマオちゃんの元へと飛んでいく。
「朝陽さんっ」
「っしゃゴラッ!」
朝陽さんの藍根と比べてもまったく劣らない威力のスパイクは深沢さんに拾われAパスになってしまった。さすが『金』。スパイクだけでなくレシーブも上手だ。
「どうぞ、織華」
鰻さんはそう言いながらトスをするため跳ね上がる。でもその視線は花美側のブロックを確認していて……、
「ツーっ!」
その視線にきららんも気づき、隣のブロッカーに鰻さんを止めるよう指示を出す。ブロッカーはきららんと、慌てて飛びついたみきみきの二枚。
「腐っても、紗茎ね」
「なっ!?」
しかしボールは花美コートへと向かうことはなかった。言葉、視線、その全てがフェイク。まったく回転することのないボールはエースの矢坂さんへと託された。
「腐ってねぇですわっ!」
そのフェイクに引っかからず反応できたのは三人目のブロッカー、マオちゃんだけ。鰻さんの称賛に大声で返しながら一人で矢坂さんに立ちふさがった。
一対一ならスパイカーの方が有利。でもクロスにはリリーがいるし、ストレートにはかんちゃんがいる。この布陣ならブロックを抜けてもなんとかな。さぁ、これに対して矢坂さんは……、
「はあぁぁぁぁっ!」
聞いたこともない声だった。でもその気合いの入った大声は確かに矢坂さんのもので、そんな声を出せるのかと驚きを隠せられない。気弱そうな顔からは考えられない迫力のある声に初対面のリリーやかんちゃんの身体が強張ったのが後ろからでもわかった。でもそれが大きな罠だった。
「ふっ」
大きな声。大きなスイング。完全に強力なスパイクを打つモーション。
でもボールは弧を描いてゆっくりブロックの上を通過していった。
「フェイントっ!」
打たれた瞬間マオちゃんがそう叫び、後ろにいたかんちゃんがボールに飛びつく。でも一歩届かず、ボールは音も立てずに床へと落ちてしまった。
「変幻自在のマジシャン、『テクニッククイーン』、鰻伝姫。以後よろしく」
ゆったりと落下するボールを視界で捉えるしかできなかった花美の面々の醜態を気持ちよさそうに眺め、そう自己紹介する鰻さん。おそらくこの人が県内最強三年生、クイーントリニティの称号を持つ一人。あのフェイク、とんでもなく厄介だ。
「ほら、丹乃もやんなよ!」
「え? 私はいいよ……」
『色持ち』とは別物の自己紹介をした鰻さんを見た田子、と呼ばれていた子がアップゾーンからよくわからないことを矢坂さんに指示する。クイーントリニティは三年生だけでしょ? なら二年生の矢坂さんがそれに該当するはずがない。だが、
「雷菜もやったんだから同じ『色持ちの超人』の丹乃もやんなきゃダメでしょっ!?」
矢坂さんが……『色持ち』……?
県内最強選手を表す『色持ちの超人』には四種類ある。五人の高校一年生、『金断の伍』。七人の中学三年生、『殿銅の漆』。きららんが勝手に作った花美の中でも上手い選手を指す『幻影の虹』。
「わ、わかったよ……」
そして、三人の高校二年生、『銀遊の参』。その内にはあの天音ちゃんも属している。
その中の一人に、矢坂さんが……。泣きそうな顔で試合するしかなかった、あの矢坂さんが……?
「天岩戸に隠れていたら、それはどれほど楽なのでしょう。どれだけ硬い岩盤も、打ち続ければ壊れるはず。『岩砕勾玉』、矢坂丹乃」
矢坂さんは言う。その視線を確かにひーに向けて。
「あの頃とは、もう違う」