第3章 第39話 ライトニングシャーク
〇きらら
花美高校のローテは後衛ライトに梨々花さん、後衛センターに胡桃さん、後衛レフトに美樹さん、前衛レフトに珠緒さん、前衛センターに自分翠川きらら、前衛ライトに朝陽さん。胡桃さんはリベロの環奈さんに代わります。
藍根のローテは自分がわかる限りでは、後衛レフトに鰻さん、前衛レフトに木葉さん、前衛センターに雷菜さん。そして後衛センターに要注意人物、矢坂さんがいます。
まずは梨々花さんのサーブから試合が始まります。手元でシュルシュルとボールを回転させていた梨々花さんは試合開始の笛が鳴ると同時にボールを放り、不規則に動くサーブ、ジャンプフローターを放ちました。
「わ、私がっ」
ボールが向かった先にいた矢坂さんがオーバーで完璧にボールを上げます。紗茎があんなに苦労したサーブを一回で拾うだなんてさすが要注意人物……ですが牽制にはなりました。おそらく攻撃は前衛の誰かになるでしょう。
後衛にいたセッターの鰻さんがボールの落下地点に立ち、ミドルブロッカーの木葉さんが速攻を打つために助走を始めます。次に鰻さんがボールに触れるとオポジットの方が助走を始め、残りの雷菜さんは――
「いない……!」
前衛にいたはずの雷菜さんの姿が見当たりません。まるで雲隠れしたかのようです。それに驚く間もなく木葉さんが跳び上がりました。ですが鰻さんがボールを上げた先には、誰もいない。
「はぁっ」
そう思ったのも束の間、突然空中に雷菜さんの姿が現れました。そしてブロックがいない場所に的確にボールを叩きつけました。
「くっ……!」
まったく動けませんでした。このトリックを事前に聞いていたのにもかかわらずです。
「おそらくお相手は最初雷菜さんを使ってくるはずですわ」
一昨日開かれた環奈さんと珠緒さんによる藍根対策講座。まず珠緒さんはそう言っていました。
「なんでわかるんですか?」
「雷菜さんの役割はポイントゲッターというより囮。派手に動くのが役目なんですのよ。だから最初に警戒させるために動いてくるに違いありませんわ」
「レフトなのにちょこまかと動き回って、速い攻撃をばんばん使ってくる。しかも雷菜は小さいから注視してると他の人の動きを見逃すことになる。ずば抜けて身長の高いきららにとって、たぶん一番やりづらい相手だと思うよ」
逆に意識しなければ雷菜さんに自由に動かれる。確かに面倒です。
「それだけじゃありませんわ。前衛で織華さんといる時にのみ使える技、『黒雲降雷』。これがとっても厄介ですわ」
試合はゼロ対一でまず藍根側の得点。ここを返せなければいきなり向こうに流れが行ってしまいます。だから自分は環奈さんたちの言葉をよく思い返します。
「雷菜さんと織華さんの身長差は約三十センチ。つまり後ろに隠れられたらほとんど見えなくなる。しかも雷菜さんは長い練習を経て正面からだけじゃなくサイドからも見えない位置取りを身に着けましたわ」
「そして大きな雲のような織華に隠れた雷菜が、雷のような速さで速攻を決める。ブロックで止めるにしても、レシーブで拾うにしても相当しんどいよ。なんせどこからどのタイミングで打ってくるのかわからないんだから」
なるほど、確かにしんどいです。少なくとも見て止めるのは不可能。ですが、
「誰が何をしようが、ボールは常に一つ。人を追うのではなくて、ボールを追えばいいのよ」
胡桃さんからのアドバイス。それを徹底してれば問題ありませんっ。
「ふっ」
再び雷菜さんの『黒雲降雷』。ですが今度は完璧に捉えました! なのに……!
「くっ、そっ……!」
自分の方が身長が高いはずなのに。最高到達点だって高いはずなのに。どうしても、自分の方が早く落ちてしまう……!
単純な話です。単純な高さなら自分が勝っていますが、跳んでいる距離は雷菜さんの方が上。つまり、雷菜さんの方が空中にいる時間が長い。だから自分の方が早く落ちてしまうんです。
「ずいぶん低いわ……ねっ」
これがビーチバレーで自分が雷菜さんに負けた理由。わかっていたのにまたやってしまいました。ですがこれは二人制じゃなく六人制。
「バレーは空中戦だけじゃないんだよっ!」
「!」
自分の背後には最強リベロ、環奈さんがいてくれていました。
「ナイスレシーブ! ですわっ!」
空中にいる時間が長い。逆に言えば直後のブロックはどうしても出遅れるっ!
「たぁっ」
環奈さんはボールを低く上げ、珠緒さんが自分に速攻を上げます。それを完璧に打ったのですが……、
「わーんち」
「このっ……!」
木葉さんのブロックが自分の速攻に当たり、ボールはゆるく藍根コートに。
「さぁ、いくわよぉ」
ボールはレシーブの後鰻さんの元へ。しかもまた雷菜さんがいない。『黒雲降雷』のモーションです。
「だったら!」
自分は雷菜さんのクロス方面を塞ぐように跳びました。ストレートには環奈さんがいます。雷菜さんは確かに速いですが、しょせん力は並以下。環奈さんのレシーブを崩せるわけがありません。
「甘いですね」
雷菜さんはスパイクをクロスに打ちました。自分のブロックにわざと当てたのです。
「なっ……!」
しかしボールは自分の腕の中央ではなく側面に当たり、コートの外へと弾かれます。
「くっそ……!」
環奈さんが追いますが遠く届かず、ぽん、と小さく音を立てて床を転がりました。
「電光石火の霹靂で、電光雷轟紫電清霜」
自分の方が高い。二人がかり。それでもなお上をいくテクニック。
「滅亡せよ常識。迅雷の一閃で」
身長百五十一センチとリベロでもほとんどいない身長でありながら、県内最強一年生の一角に確かに選ばれた存在。
「『霹靂雷剛』、 深沢雷菜」
立ち尽くす自分の顔を見据え高く見上げながら、滅多に見せない笑みを浮かべ、こう言いました。
「――全部、遅すぎる」