第3章 第38話 春高予選2回戦 花美高校VS藍根女学院
〇きらら
「っしゃあいくぞぉっ!」
花美高校数年ぶりの初勝利から一夜明け、春高一次予選二日目。自分たちの対戦相手は、インハイ予選優勝校であり、本選でも全国ベスト八まで勝ち上がったという超強豪藍根女学院です。
バレーボールでは試合が始まるまでにも練習時間が設けられており、両校が一つのコートで同時に練習する合同練習、そしてキャプテン同士のコイントスによるサーブ権の選択が挟まり、各校三分ずつの公式練習となります。
現在は合同練習の最中。二人ずつのペアを組み、ボールをパスし合うパス練習をしています。
「あっ」
胡桃さんからの軽いスパイクをレシーブできず、ボールが藍根の方へと転がってしまいます。ですがすぐに藍根の方が拾ってくれました。
「すいません、ありが……げ」
「げ、ってひどいなーきららちゃーん」
ボールを拾ってくれたのは、百八十五センチの自分に近い身長を持ちながら確かな実力を持つ『金断の伍』の一人、木葉織華さんでした。
「他校に迷惑かけたんだからもっと謝って感謝した方がいいんじゃない?」
「ありがとうございますって言ったじゃないですか」
「ありがげ、だったよありがげ。これがきららちゃんの感謝の仕方なのかなー?」
ちっ。一泊二日の合宿を共に過ごしても相変わらずこの人は苦手です。へらへらしているのにすごい嫌味ったらしい。ほんとむかつきます。
「織華さん、妨害はそこまでにしてはいかが?」
自分が織華さんを睨みつけていると、環奈さんと珠緒さんが近寄ってきて助け船を出してくれました。
「先に妨害をしてきたのはきららちゃんなんだけどなー」
「木葉さん、そろそろ戻らないと怒られるわよ」
あ、ついに雷菜さんまで来ました。これでこの場にいる合宿に来た一年生メンバー全員集合です。
「大丈夫だよー。織華は雷菜ちゃんと違って特別扱いだからー」
「っ、だからって……!」
「キャプテンは集まってください」
雷菜さんと木葉さんがよくわからない言い争いを繰り広げていると、主審の方が両校のキャプテンを集めました。
「よろしゃす」
「あら、どうも」
花美のキャプテンの朝陽さんの前に現れたのは、とてもありふれていてチープなワードである妖艶の美女、という言葉がこれ以上ないくらい似合う身長百七十前後の女性。この方が藍根女学院のキャプテン、鰻伝姫さん……。
「あの方って確か環奈さんたちが言っていた方ですよね」
インハイ予選の前日、県内一の強豪中学出身である環奈さんと珠緒さんから強豪藍根女学院の中でも特にやばいという四人の特徴を教えてもらいました。その内の一人が、県内最強の高三三人を称するクイーントリニティの一角、セッターの鰻さんです。
「うん。県内ナンバー二セッターって呼んでもいいんじゃないかな。あ、一位は流火ね」
「やっぱすごいんですね流火さん……知ってましたが」
普段なら「わたくしだって負けていませんわ!」とか言って突っかかってきそうな珠緒さんがなにも言わないところを見ると環奈さんの言う通りその実力は本物のようです。
「でも性格はちょっとあれだよー?」
「なんですか? バレーの上手い方は性格悪くなきゃいけないんですか?」
「あ、でも織華とか珠緒ちゃんみたいな性格の悪さじゃないよー?」
「性格悪いって知ってるなら直してくださいっ」
他の方々が一旦ベンチに戻る中一年生だけで話していると、キャプテンの二人が握手を交わしました。
「それにしてもいいわねぇ。うちの子はみんな背の高い子が多くて……花美がうらやましいわぁ」
「あ? 馬鹿にしてんスか?」
なんだか雰囲気が険悪です。手を出さなければいいのですが……あ、朝陽さんの握手してる方の腕に血管が浮かんでいます。これ思いっきり握りしめてますね。
「そうじゃなくて……」
なのに平然と妖艶な笑みを浮かべている鰻さんは、舌を出して花美のベンチを品定めするように見渡しました。
「ちっちゃくてかわいい子が三人も。ほんと――食べちゃいたい」
「「「ひっ」」」
そう鰻さんが発した瞬間、隣にいる環奈さんとベンチにいる梨々花さん、美樹さんが同時に悲鳴を上げました。
「あの人ねー、ロリコンなんだよー。毎晩雷菜ちゃんの部屋に忍び込んでは色々やってるよねー?」
「何もやっていないわよっ。それにロリコンは年齢を表す言葉でしょう? 同じ高校生なんだしその使い方は間違っているわ」
なんだか藍根も大変そうですね……。自分も合宿で流火さんに布団に忍び込まれたから気持ちはよくわかります。
「ねぇ、ちょっと懸けをしない? 私たちが勝ったらあの三人を一晩貸してほしいの。逆にもし私たちが負けたらそうねぇ……雷菜ちゃんを貸してあげるから」
「「「「ひっ」」」」
今度は雷菜さんを含めた四人が同時に悲鳴を上げました。まぁさすがに冗談だと思いますが……あれ? 雷菜さんビビりすぎじゃないですか? え?
「あ? 別に構わねぇよ」
「構って、朝陽さんっ」
その提案をあっさりと受け入れた朝陽さんに美樹さんが死にそうな顔で抗議します。ですが朝陽さんはそれにも構わず力強くこう返しました。
「雷菜を縛るものだけ用意しとけよ」
「ふぅん。上等」
そしてコイントスで花美が先にサーブと決まり、二人は戻っていきます。
「……悪いけど、本気で負けられなくなったわ。覚悟しておいて」
「じゃ、おたがいがんばろうねー」
そして自分たちもお互いのベンチへと戻ります。いま楽しくお話していたとしても、コートで向かい合ったら敵同士。そして、負けたら三年生は引退です。
こっちだって負けられないのは同じです。そう、強く心に刻みつけようとしました。
〇日向
うぁー、暇だ。一緒にパス練してたあっさんはコイントスに行っちゃったしやることがない。
「ご、ごめんなさいっ。拾ってもらえますか」
ぼーっと観客席を見ていると、ひーの足にボールが当たった。うちでは使ってないタイプだしたぶん藍根のだ。
「はい、どう……矢坂さん」
「あ、外川さん……」
ひーの方へと走ってきたのは、矢坂丹乃。顔がこわばっている。矢坂さんも、ひーも。
「えと……外川さんも……バレー、始めたんだね……」
「始めるって、言ったじゃん。……覚えてないの?」
「いやっ、おぼえっ、おぼえてるけど、さ……」
矢坂さんの顔が見られない。出会った頃よりうまく話ができない。……くそ、なんでこんな……!
話したいこと。いや、話さなくちゃいけないことはたくさんあるんだ。同じポジションだということ。でもレギュラーじゃないということ。それに矢坂さんの話も聞きたい。いや、違うだろ。ひーと矢坂さんはもう……!
「うちの丹乃に何か用ですか?」
なにか言おうと口だけ動かしていると、だいぶ身長の高い藍根の選手がひーを強く睨みながら近寄ってきた。
「田子ちゃん……。えっと、この人は……」
「もう、丹乃はエースなんだからもっとちゃんとしないとっ」
お互い名前呼びなんだ。エースになれたんだ。今の言葉だけで色々感想が頭の中に浮かんでくる。でも一番は。
「なんもわかってない……」
矢坂さんはちゃんとしなくてもいいんだ。周りが支えてあげればそれだけでもっと矢坂さんは……!
「は? 何か言った?」
でもそうはっきり言うことはできなくて。どうしても目を伏せてしまう。
「行くよ、丹乃。ミーティングあるから」
「あ、うん。また……じゃあ……ぁ……」
そしてまだ丹乃はしゃべっていたのに無理矢理知らない子に引っ張られてしまった。
「――なんなんだよ、くそ……!」
なんでひーが。なんでこんな辛い思いをしなくちゃいけないんだ。
ひーはただ……! 楽しく生きたいだけなのに……!
「日向、小内さんが集合って」
「……うん」
リリーに呼ばれてひーも背を向ける。
もう試合なんてどうでもよくて、ただ一秒でも早く矢坂さんがいるこの場から逃げ出したいとしか思えなかった。
でもそんな想いとは関係なく、試合が始まった。
春高予選 二回戦 花美高校VS藍根女学院
花美高校スターティングプレイヤー
2 一ノ瀬朝陽 OH 3年 167.0cm キャプテン
3 真中胡桃 MB 3年 170.9cm
4 小野塚梨々花 S 2年 146.8cm
5 扇美樹 OH 2年 154.9cm
8 翠川きらら MB 1年 185.9cm
9 新世珠緒 S 1年 162.9cm
7 水空環奈 L 1年 147.2cm
藍根女学院 スターティングプレイヤー
1 鰻伝姫 S 3年 170.5cm キャプテン
2 大上噛 OP 3年 166.5cm
12 奥戸田子 MB 2年 171.1cm
13 矢坂丹乃 OH 2年 173.2cm
17 深沢雷菜 OH 1年 150.1cm
18 木葉織華 MB 1年 183.9cm
3 西内 L 3年 162.3cm