第3章 第35話 ひーと矢坂さんの物語
〇日向
友だちとは何なのだろうか。
普段話す人? 休日に遊ぶ人? それともなにも包み隠さず悩みを打ち明けられる人のことを言うのだろうか。
いずれにせよひーたちは。
外川日向と矢坂丹乃の二人は友だちではなかった。
「それ、たのしい?」
「たのしくは……ないかな」
それが矢坂さんと初めて交わした会話だった。
中学三年生の春。宿題を忘れたことで職員室で怒られ、昼休みをほとんど無駄にしたなーと思っていると、たった一人校舎裏でひたすらにボールを壁に打ちつけている同級生を見かけた。確か……矢坂丹乃さんだったっけ。同じ学年だってことはわかるけど、中学の三年間一度も同じクラスにならなかったからあんまりわからない。いや、もしかしたら一年生の時被ってたかも? まぁ覚えてないんだからどっちでもいいか。
「ふーん」
自販機で買ったイチゴ牛乳のパックにストローを差しながら適当に相槌を打つ。別に興味はなかった。壁にボールを打ち、跳ね返ったボールをまた打ちの作業を見て器用だなーとは思ったけど、訊いておきながらたのしくはないなということはわかっていた。
「あぁごめん、続けてていいよ」
ひーが話しかけちゃったせいで作業が止まってしまったのでそう促して壁に寄りかかる。矢坂さんは見られていることに少し嫌な顔をしながらもボールを再び打ち始めた。
「そのボール、バレーのだよね? バレー部なの?」
「……うん、そうだよ」
なんだろう、会話のテンポが悪い。ザ・田舎の中学生って見た目だしおとなしめな子なんだろうな。だとしたら悪いことしちゃったな。最近髪染めたしもしかしたら怖がってるのかもしれない。
「なーんで昼休みにわざわざ一人で練習してるの? バレーって四人……五人だっけ? でやるものでしょ?」
「六人だよ……リベロもいれたら七人だけど」
「リベロ? なんそれ」
「守備専門……上手い人は守備以外もやるんだけどね……」
「んー、よくわかんない。それでなんで一人でやってんの?」
訊いておいて悪いけど矢坂さんにも興味がないのにバレーに興味があるわけがない。このイチゴ牛乳あまいなーという感想しかない。
でも次に矢坂さんが口にした言葉には、少しだけ興味が湧いた。
「私はエースだから」
エース。
ひーの知識では一番上手い人というくらいしかわかんない。野球なら四番でエースとかたまに聞くけど……バレーだったら、一番点を取れる人のことなのかな?
「じゃあ一番上手いんだ」
「……どうなんだろう。身長が高いだけなのかもしれないけど」
あーバレーって高いネットを基準で戦うから身長が必要だよね。矢坂さんはたぶん百七十センチくらいあるからもしかして相当上手いのかもしれない。
「じゃあさ……あ」
予鈴が鳴った。次の授業は体育。急いで着替えないといけない。
「じゃあまたね、矢坂さん」
「うん、また……」
ボールを拾わず、小さく手を振る矢坂さん。そうは言ったものの、別にまた会うつもりはない。これだけの会話で仲良くなったということでもないし、話つまらなかったし。
だからひーと矢坂さんの関係はこれまで。と、この時はそう思っていた。