第3章 第33話 絆
梨々花さんのサーブによるノータッチエース四本、サービスエース八本、珠緒さんのツーアタック四本、ブロック四本、胡桃さんのスパイク二本、朝陽さんのスパイク三本。それが第一セットの全てでした。
まず相手は梨々花さんのサーブをまともに拾えない。拾えたとしても胡桃さんを中心としたブロックに阻まれ、抜けたとしても環奈さんと梨々花さんのレシーブを崩せるほどの力はない。試合は驚くほどスムーズに進んでいました。
「小野塚さん、まだいける?」
「……いんや。ちょっときつい」
第一セットが終わり、コートチェンジの後のミーティングで小内さんが梨々花さんに訊ねます。なんせ試合とテレビというプレッシャーの中でひたすらサーブを打ち続けたんです。梨々花さんは息を激しく吐き、右腕をだらりと垂らしています。
「じゃあローテを一つ回して一ノ瀬さんサーブから始めるわよ」
カメラを真横に構えられ、小内さんはめんどくさそうな表情をしながらもそう指示を出します。
「第一セットはなんとか勝てたけど、第二セットもそうとは限らない。最後まで油断せず全力で挑みなさいっ!」
『はいっ!』
と、小内さんは言っていたのですが……。
「環奈さん、あれってどういう意味ですか?」
ミーティングが終わったのでカメラから離れ、環奈さんと珠緒さんに訊ねます。
「下手なこと言って放送でもされたら炎上しちゃうからね。サインで指示を出してたんだよ」
そう。小内さんは口では気を抜くなと言っていたのですが、その時動かしていた手にはツーアタックと、オープンスパイクの意味が込められていたのです。
「でもあれって、自分に対してですよね?」
大きくトスを上げ、ゆっくり助走を始めてから打つ、もっとも基本のオープン攻撃。そのサインを出していた時、視線の先にいたのは自分でした。
「自分オープンなんて全然練習してないんですけど。そもそも胡桃さんは自分に攻撃を教えてくれませんし……」
「それでもいけると思ったんでしょ。きららは背も高いしセンスもある。あのレベルのブロックなら確実に上から打てるし問題ないんじゃないかな」
おそらく自分へのオープンと珠緒さんへのツーアタックの指示は、あまり手の内を晒すなということ。元から梨々花さんのトスから珠緒さんのスパイクなんかの変則的な攻撃は見せないようにする予定でしたが、さらに攻撃の手段を絞っています。
「二十五対ゼロなんかにしたせいで会場中の視線が集まってますわ。この試合は勝ったも同然でしょうし、適度に手を抜きましょう」
「……そんなこと言って足元すくわれても知りませんよ」
「あら、思ってもいないことを言うのはやめた方がよくてよ」
……まぁ、さすがにこの結果で負けるとは微塵も思ってませんが……。
「でも大きく点差を離しても逆転されることがあるのがバレーですよね?」
「確かに十点近くを一気に返されることもありますわ。事実インハイ予選の紗茎戦がそうでしたし」
あの時は梨々花さんピンチサーバーから七点連続で取ったんでしたっけ。なら十分負ける可能性もあるんじゃないでしょうか。
「ですが、環奈さんがいる限り連続での大量失点はありえませんわ」
「? どういうことですか?」
「バレーってね、ボールを落とさなきゃ負けないんだよ。つまりあたしと梨々花先輩がいればそうそう失点はない。粘ってれば地力で圧倒的に劣ってる日回に勝ち目はないってこと」
お二人ともすごい自信です。忘れがちですが、環奈さんはあの流火さんたちと同格で、珠緒さんも強豪紗茎のセッターナンバー二だったんですよね……。これが強豪校の考え方というものなのでしょうか。
「さぁ、そろそろいきま……」
「諦めちゃだめっ!」
コートへと向かおうと珠緒さんが飲み物を置くと、日回高校のキャプテンさんが叫びました。見てみると、暗く俯いているチームメイトたちを激しく励ますキャプテンさんと、それを超至近距離で撮るカメラマンさんがいました。
「確かに相手は強いよっ! たぶん私たちよりも練習してるし、天才もたくさん揃ってるっ! でも私たちには誰にも負けない絆があるっ! 信じていれば必ず勝てるよっ!」
「うへー……」
なんだか安っぽい青春ドラマを観ているようです。別にそういうのが嫌いというわけではないですが、目の前でやられるとちょっとおなかがいっぱいになります。
「うんっ! そうだねっ!」
「弱小校でも天才に勝てるってことを証明しようっ!」
「バレーは足し算じゃない、掛け算なんだっ!」
「一人一人の力で負けてても、私たちの絆を掛け合わせれば必ず勝てるっ!」
辟易する自分たちをよそに、まるで自分たちが世界の主人公であるかのように日回の選手たちが盛り上がります。顧問の先生なんて涙を浮かべながら拍手しています。なーんも関係ない無機質なカメラが肉薄しているというのに。
「努力は絶対裏切らないっ! 日回ゴー!」
『オー!』
……第一セットは圧勝できましたが、それはイコール勝ちではありません。元々花美は弱小校ですし、勝つことに慣れていない。第一セットの結果に浮かれて調子に乗ってしまったら逆転の可能性は大いにありえます。
「珠緒さん、気を抜かずに……」
「――前言撤回、ですわ」
空気が緩んでいる珠緒さんに忠告しようと思いましたが、その必要はありませんでした。
「ああいう連中は徹底的に叩くに限る。バレーボールを舐めんじゃねぇですわ」
勢いに乗っている日回よりも、試合中に見せる梨々花さんの集中状態よりも。今の珠緒さんのぶちぎれた表情の方がよっぽど怖かったからです。