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つなガール!  作者: 松竹梅竹松
第3章 春待つ夏
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第3章 第31話 負けられない理由

〇日向


 八月十五日。天気は青天。気温は三十度。ついに全日本バレーボール高等学校選手権大会、通称春高バレーの県予選が始まった。


「っしゃぁ、いくぞぉっ!」


 部長であるあっさんの呼びかけに全員無言で応え、ひーたちは会場の体育館へと入る。つい三か月前にも訪れた場所。その時はたった一日、たった数時間で強制的に追い出されることになった。一次予選は今日一回戦を行い、勝てば明日二回戦という日程になっている。今回は一体いつまで生き残れるのか。


「じゃあ一年は上で場所取り頼む。終わったら更衣室な」

「はい」


 全員分の大きな荷物を持ち、一年生の三人が待機場にもなる観客席に向かっていく。その間先生たちは受付を済ませ、上級生は着替えを済ませて軽くウォーミングアップを行う。花美の試合は三試合目。本格的に身体を動かすにはまだ早く、かといって談笑できる余裕もない微妙なタイミングだ。


 今日負ければ三年生は引退。今まで当たり前のように一緒に過ごしていた人が明日からいなくなるんだ。三年生は当然として、二年生も自然と顔が険しくなる。


 まぁひーは控えだし、そもそも練習に全然参加してなかったからみんなと比べて気が楽だ。結局合宿後も一、二回しか出てないし、作戦も全然聞いていない。たぶん多少ピンチになっても出番は訪れないだろう。


「悪い、ウチらちょっと先生たちとミーティングがあるから先行っててくれ」

 着替えを終えるとそう言って三年の二人がどこかに早歩きで行ってしまった。


「どうする? 梨々花ちゃん」

「まぁ外でちょっとパス練かな。あと邪魔になんないところで軽くサーブの調子上げときたい」

「わかった」


 リリーとみきみきの馬鹿二人組がすごい真面目に話してる。なんだ、やればできるじゃん。これならひーが部長やらなくても……、


「みてみて梨々花ちゃんっ! テレビっ、テレビだっ!」

「うわっ、すげーっ、ピースしにいこっ!」


 と思ったら大きなカメラを見つけて走っていってしまった。やっぱだめだこの二人。ひーがなんとかしなきゃいけないのかなー……。


「……っていうか、なんでテレビ?」


 これが決勝リーグならわかるけど、今日はただの一回戦だよ? それなのに三人もテレビ関係者がいるなんておかしい。


「まってよ二人ともー」

 疑問を覚えつつも追いかけると、突然二人が動きを止めた。その理由はカメラが映している先を見ればすぐにわかった。


「今回が最後の大会になります。今のお気持ちは?」

「はい。緊張していますが、今までの練習の成果を百二十パーセント発揮したいと思います」


 レポーターっぽい人にマイクを向けられ、堂々と語っている選手。彼女のユニフォームには「日回高校」という文字がでかでかと書かれている。つまり、初戦の対戦校だ。


「日回高校って普通の学校だよね。なんでインタビューなんて受けてるんだろ?」

 リリーが口に出した疑問はインタビューを受けているキャプテン自ら答えてくれた。


「これが私たちにとっても、高校にとっても最後の試合になります。来年は学校がなくなるけど、日回高校という名前が高校バレー界に残るようがんばります」

 学校がなくなる……つまり廃校になるってこと?


「あ、特集組まれてる。小内さんが言ってた事情ってこれのことか」

 みきみきがスマホの画面に表示させたのは、ローカルテレビの番組情報。見てみると、「廃校となるバレー部の最後の軌跡」という番組名が載っていた。


「つまり廃校になるから密着取材を受けてるってこと?」

 うわ、それって最悪じゃん。時々似たような番組を目にすることがあるけど、そういうのっていつも対戦校がまるで悪役みたいに扱われるんだよね。ああいうのほんと嫌い。


「一回戦の相手は花美高校です。過去の記録はほとんど一回戦負けのようですが、勝てそうですか?」

 うわ、嫌な質問。いいじゃんそんなの一々聞かなくても。


「そうですね……」

 そのインタビュアーの質問にキャプテンは少し悩むように視線をそらし、ひーたちの方を見る。そして、くすりと笑った。


「相手がどこだろうと関係ありません。全身全霊で臨むだけです」


 馬鹿にされた。


 決して態度には出さないけど、表情がどこか緩んでいる。たぶんひーたち三人の身長を見てのことだろう。ひーこそ百六十五センチだけど、リリーとみきみきは背が低い。そんな二人がリベロでもないのにユニフォームを着てるんだ。確実に勝てる相手、と認識してもなんら不自然じゃない。けど、


「なんかやな感じ……」

 身長で判断するのはバレーにおいて間違いではない。それでも舐められるのはやっぱり腹立つ。この二人は確かに小さいかもしれないけどあんたらには絶対に負けない、と言ってしまいたい。でも下手にそう宣言して、もし放送でもされて試合に負けてしまったら恥ずかしくて生きていけない。だからぐっとこらえると、スタッフの一人がひーたちに気づいて近づこうとしてきた。大方対戦相手のインタビューでもしたいのだろう。


「いやいいよ。どうせ一回戦はほとんど使わないし」

 しかし一番偉そうな人がそう言ってインタビュアーを引き止めた。なにそれ、もう花美が負けるのは確定ってこと……?


「あの……!」


「おうおう、うちの後輩に何か用ですかぁゴラァ」

 さすがに我慢できず一言言ってやろうと思っていると、いつの間にか合流していたあっさんがカメラに近づいていった。


「やめなさい、朝陽」

 そんなあっさんを止めるようにくるみんさんが前に出るが、


「試合で後悔させればいいだけよ。ボクたちにインタビューしとけばよかった、って」

 その目的はあっさんの制止ではなく、煽ることだった。


「一人や二人でかい人がいるようですが、バレーは身長じゃありません。私たちの絆で必ず打ち勝ってみせます」


 全員百六十センチ前後の日回高校のキャプテンが二人を見て一瞬たじろいだが、すぐにそんなもっともらしいことを言ってカメラの前で拳を強く握った。さっき明らかに身長でひーたちを馬鹿にしたくせにずいぶんな変わりようだ。でもこの子を見ておんなじことが言えるかな?


「どうされました?」

「っ!?」


 遥か頭上から声が聞こえ、すごい速度で上を見るキャプテン。ユニフォームに着替え終えた身長百八十五センチのきららんが騒ぎを聞きつけ覗き込んでいたのだ。


「こ、こんなの聞いてな……!」

「あら? バレーは身長じゃないのではなくて?」

「なんであんたが偉そうにしてんの?」


 全国でもトップレベルの高さのきららんに怯えた表情を見せるキャプテンにマオちゃんがニヤニヤと煽りを入れる。それにかんちゃんがツッコミを入れるけど、してやったりな笑みを浮かべている。どこから聞いていたのかはわからないけど、たぶんリリーが馬鹿にされていたのを見ていたのだろう。


「ごめんなさいっ、遅くなりましたっ」

 余裕そうに見えた日回高校の面々の顔に陰りが見えると、それをかき消すかのような大声でスーツ姿の若い女性が飛び込んできた。


「月刊排球の(きし)ですっ。取材を受けていただく約束になっていたのですが……って水空選手っ!?」

「あ、おひさしぶりです」

 おそらくこのテレビと同じようなことを書くために来た雑誌の記者が日回高校の選手を無視してかんちゃんに話しかけた。


「それに新世選手も……真中選手までっ!?」

「どうもですわ」

「…………」

「きゃーっ、すごーいっ! これ大スクープ確実だわっ! すぐ編集長に教えないと……!」


 なんか突然現れて一人で騒ぎまわっている記者さん。かんちゃんたちと知り合いっぽいけどなんなんだ?


「えーと、この方は月刊排球(げっかんはいきゅう)というバレー誌の記者をやっている岸弥子(きしやこ)さんです。中学でお世話になってて……ちょっとハイテンションでうざいんですけど、『神の目』の持ち主って呼ばれてるくらいすごい記者さんなんです」

「うざいだなんてひどい水空選手! ていうか進学先教えてくださいよ! インハイの時は見つけられなくて編集長から怒られたんですよっ!?」


 うわー、取材相手の日回高校をほったらかしにしてすごい盛り上がってる。記者としてはすごいのかもしれないけど大人としてはだめなんじゃないの? キャプテンさんすごい顔してるけど。


「……この人たちはそんなすごい人なんですか?」

「おいっ!」


 おそらく全くバレーのことを知らないであろうカメラマンが不意に岸さんに訊ねる。偉そうな人が怒るが、テンション爆上がり中の岸さんは止まらない。


「知らないんですかっ!? 中学ナンバー二リベロと呼ばれていましたが、私の見立てではナンバー一と言っても差し支えのない、間違いなくこれから先の日本を背負っていくであろうスーパーリベロ! 中学最後の大会では突然姿を消し、消えた天才と言われている『激流水刃(げきりゅうすいじん)』、水空環奈選手っ!」

「……あの、その呼び名恥ずかしいからやめてくれませんか?」


「中学時代は中学ナンバー一セッター、飛龍流火選手に隠れて控えに甘んじていましたが、突然の正セッターの負傷により初スタメンとなった三年の全中では、強豪高枝女学校中等部相手に変幻自在なプレーで勝利を呼び寄せた確かな実力者、『ネット際の魔術師』、新世珠緒選手っ!」

「その異名全然広まってないのでもっと……いえ今は別の異名があるのでいいのですが……」


「そして……えっ!? なんでバレーをっ!? 小学生では水泳で『リアスの人魚姫』、中学生ではテニスで『最北の猛吹雪(ノースブリザード)』と呼ばれた超長身の気まぐれ天才プレイヤー、翠川きらら選手っ!?」

「なんでそんなことまで知ってるんですかっ!?」


「とにかくすごい面々で私もうっ! 鼻血出そうっ!」

 超絶早口でまくしたてた岸さんはハンカチで鼻を抑えぴょんぴょんと飛び跳ねる。ていうかうちの一年、今の話だと相当すごくない……?


「あのー、そろそろ取材に移った方が……ほら、日回高校の人たちかわいそうですし……」

 もう付き合いきれないのか、かんちゃんが顔を真っ青にしている日回の人たちに手を向ける。


「あっ、そうですねっ! 確か国体って岩手は選抜式でしたよねっ!? その時はたくさんインタビューをさせていただくのでっ! あ、そうそう翠川選手には名刺を……!」

「あ、どうもです……」

「それじゃあ御贔屓にっ!」


 きららんに名刺をぱぱっと手渡し、すっかり絶望顔になってしまった日回のキャプテンに話にいく岸さん。この流れだとさすがにかわいそうだな……。


「その前に、いいッスか?」

 誰もがこれで解散だろうと思ったが、あっさんが低く鋭い声を出す。その雰囲気にカメラもマイクもあっさんに自然と向けられる。


「そっちも廃校で最後かもしれないけど、ウチら三年だってこれが最後の大会だ。何も変わらない」


 そしてあっさんは人差し指をカメラへと突きつける。


「だからウチら花美は死んでも負けない。覚悟しとけよっ!」


 その宣言は、ひーが思ってても言えなかったことだった。テレビに流れることを恐れ、笑われるのを恐れ、黙って受け入れようとしていたこと。


 それを平然と言ってのけたあっさんを見て、やっぱりひーは部長になんてなれないと改めて思った。

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