第3章 第30話 夏にだけ咲く花
〇きらら
お手玉ストラックアウト結果。
「負けましたー!」
自分が最下位で、一個差で木葉さん。その後は風美さん、珠緒さんと並び、環奈さん、流火さん、深沢さんの三人がパーフェクトで優勝です。
「すっからかんです……自分ちょっと夜風に当たってきます……」
「お、おつかれ……」
うぅ……なんだかギャンブルで負けたかのようです……お財布もですけど心もさびしい……。
「一人で何をしているの?」
「……ああ、胡桃さん」
ゴミ箱の近くでうずくまる自分にかき氷を手に持った胡桃さんが歩いてきました。
「ちょっと有り金全部スっちゃいました……」
「ほんと何をしているのっ!?」
「いえ自分が悪いのでいいのですが……それより胡桃さんも一人じゃないですか。朝陽さんはどうしたんですか?」
「ああ、ちょっと走り込みに行ったのよ。先生たちに言ってないから内緒ね」
「走り込みっ!?」
嘘でしょうっ!? お祭で、浴衣ですよっ!?
「ちゃんと着替えてるわ。それより行くわよ、ボクが奢ってあげるから」
「っ! 胡桃さんっ!」
「ひさしぶりにボクのことを先輩扱いしたわね」
小さくため息をつき、胡桃さんが歩き出したので自分もそれについていきます。
「ところでなんで朝陽さんは走り込みなんてやってるんですか? お祭なのに」
買ってもらったソフトクリームに口をつけ、先導する胡桃さんに訊ねます。今日は砂浜での練習に加え試合もしたというのにすごい元気です。
「お祭だからでしょう。周りが遊んでいる間に練習する。普通のことよ」
究極的に言えば全てにおいてそれは当てはまります。時間は全ての人に平等。その時間をどうやりくりするのかが成功するかどうかの分かれ目と言えるでしょう。
「でもだからと言ってこんな楽しい日に……」
口に出しましたがその理由はなんとなくわかります。おそらく砂のランニングでのドベ三という順位とビーチでの一回戦負けという結果が響いているのでしょう。
「なんでそんながんばれるんですかね」
「勝ちたいからでしょう」
「そんな身も蓋もない……」
「でも真理よ。誰だって負けるより勝つ方がいいでしょう? バレーがやれるならそれでいいっていう環奈さんだって結局勝てたらうれしいわけだし、たいして練習をしてなくても負けたら悔しいわ。そんなもんでしょう?」
「まぁ、そうですね……」
胡桃さんが言っていることは極めて正論です。正論すぎてなにも言えないほどに。
「じゃあ胡桃さんも勝ちたいからバレーをやってるんですか?」
「そうね。好きだというのはもちろんあるけれど、やっぱり勝つためっていうのが一番大きいんじゃないかいかしら」
胡桃さんは振り返ることも立ち止まることもないままひたすらに歩いていきます。なにか目的地があるのかは知りませんが、ただひたすらに。胡桃さんは背が高いので見失うことはないのですが、他の人が間に入って追いつけなくなりそうです。
「きららさんは何のためにバレーをやっているの?」
少し遠くから微かに声がします。普通の声量では届きそうにない。
「自分は――」
それ以降の声は、空高くから鳴る爆裂音にかき消されました。
「花火……」
歩いている人が全員立ち止まり、空を見上げます。天に輝く星をさらに大きな光がかき消し、大きな花が咲いています。
「綺麗ですね……」
その隙に人の合間を縫い、胡桃さんに追いつきます。
「そうね」
その花は美しく、でも一瞬で消えていく。まるで――いえ、今言うことではないでしょう。
「ああいう風になりたいわ」
自分と同じことを想像していた胡桃さんがぽつりとそう漏らします。
「見えなくても最期の刻まで構える根より、一瞬でも何より輝く花になりたい。ボクが間違っているのかしらね」
その問いにきっと答えはないのでしょう。それでも自分は。
「間違っていると、思います」
そう答えました。そう答えるのも間違っているのでしょうが、それでも自分はそう答えるしかなかった。
「……そうね、ボクもそう思うわ」
自分の答えに胡桃さんはなんの表情も見せません。それっきり自分たちはなにも言葉を交わすことはありませんでした。