第3章 第27話 痛々しいお祭
〇日向
天音さんたちのお店で着付けを終え、学年ごとや全員での写真を撮り終えた後、ひーたちは近くでやっているお祭にやってきた。
「すげーっ、でけぇーっ」
目の前に広がる人や屋台の群れにリリーやみきみきがハイテンションで飛び跳ねる。花美でやっているお祭りといえば山の中の小さな神社で開かれているご近所さんしか寄り付かないようなやつだもんね。ひーは花美に比べればそこそこ大きな街に住んでるからそこまでの驚きはないけど、商店街を中心にして交通規制まで敷かれた大規模のお祭にはさすがにテンションが上がる。
「美樹わたあめっ、わたあめ買おっ」
「梨々花ちゃん、みきやきそばたべたいっ」
リリーとみきみきが子どものように駆けて雑踏の中に消えていく。とりあえずは学年ごとに行動するっぽいからひーも追いかけないと。くそー、天音さんがいてくれたら楽だったのになー。
リリーが褒めたミニスカの浴衣に着替えるかんちゃんと後片付けをしなくちゃいけない天音さんはまだお店に残っている。まぁあの空気のまま普通に天音さんとお話なんてひーにはできないしよかったといえばよかったか。
「ねぇみて日向っ、わたあめっ、みっつ頼んだらひとつでみっつ分の大きさにしてもらったっ ちょっとあげるねっ」
「わーありがとー」
「日向ちゃんみてっ、かわいいからってめだまやきおまけしてもらったっ」
「うんうんよかったねー」
それにしてもなんだろう。同期と一緒にいるとすごいおかあさん感が出てくる。普段はそうでもないんだけど、こういうテンションが高くなるイベントがあるとこの見た目子ども二人組は中身まで幼児化してしまうのだ。ひーだって結構自由に動きたいタイプなのにこうなったら保護者になるしかない。これもあっさんが言うひーが部長にふさわしい理由なのかな……っていけないいけない。なんで部長になんてならなきゃいけないんだ。ひーだって思いっきり遊んでやるっ。
とは言ってもいざ遊ぶとなるとなにをすればいいのか……。子どものころはなにやっても楽しかったけど、今は金魚すくいなんてやっても飼えないなーとか、やけに割高だなーとか思ってしまって没頭できない。昔よりも使えるお金は増えているのにだ。
「カメすくいっ、カメすくいだってっ! わたしやってくるっ」
「ちょっ……バカなのっ!?」
うざったるい甘さのわたあめに苦しんでいると、リリーが勝手に雑踏に紛れてどこかに行ってしまった。亀なんて持って帰れるわけないじゃん! 明日ずっと亀と一緒に過ごす気なのっ!?
「リリー、待ってって……あれ?」
人をかきわけてリリーを止めようと亀すくいの屋台に着いたんだけど……いない?
「リリーっ! どこいるのーっ!?」
大声で呼んでも返事がない。これもしかして……迷子っ!?
「すいません、ここに百四十五センチくらいの女の子来ませんでしたっ!? 黒髪ロングで訛ってて結構バカっぽい子なんですけど……」
「ああ、お金払おうとして買えないことに気づいたのかとぼとぼ帰ってたよ。すげぇ辛そうだった」
くそ、屋台の人の言い方的にすぐひーがいた場所に戻ったっぽい。だとしたら入れ違いになっちゃったか。
「日向ちゃん、梨々花ちゃんは?」
突然ひーたちが消えたことに気づいたのかみきみきが焼きそばを食べながら近づいてくる。そこで待っててくれたらよかったのに……!
「リリーがいなくなっちゃった! あの身長じゃ見つけるのも一苦労だしここ人多すぎてスマホ使えないしどうしよう……!」
人に押し流されながら大声で泣いているリリーの顔が目に浮かぶ。さすがに高校生だし一人でもどうにかできるとは思うけどいかんせん田舎者。ひーの常識じゃどうなるかわからない。
「んー、たぶん大丈夫だよ。梨々花ちゃんだってバカじゃないもん」
「いやリリーはバカだよ。みきみきもね」
てっきりひー以上に慌てるかと思ったみきみきがやけに落ち着いてるからちょっとムッとしてつい悪口を言ってしまう。それも気にしていないのかみきみきは焼きそばをもそもそと咀嚼し続けている。
「ごくん。そんな心配しなくていいよ。梨々花ちゃんのやりそうなことくらいみきならわかるし。たぶんはぐれたべー、って気づいたら梨々花ちゃんは少し悩みながらも運営本部に行くと思うんだよね。そうしたら迷子放送が流れると思うよ」
「迷子放送って……」
高校生だよ? 普通どんだけ焦ってても迷子になりましたなんて恥ずかしくて言えないよ。
「あーでも射的とかそういうかっこよさそうなやつがあったらそっちに流れちゃうかも。そうしたら合流は難しくなるか……日向ちゃん、ついてきて」
なんか突然頼りになる感じで先導すると、みきみきはメインストリートから外れて小さな神社の中に入っていった。
「なんでこんなとこ……?」
「ここそんな人いないし見つけやすいかなーって。それに梨々花ちゃんはこういうの好きだから」
寂れた境内ではピンボールなんかの古くさいゲームが並んでいた。もちろんこんなのにお金を使う人なんていないのでさっきまでの場所に比べたらかなり人が少ない。
「あ、ほらいた」
そしてみきみきが指差した方向にボロくさい木製の椅子に座ってテーブルに何かを書いているリリーの姿があった。さすがは幼馴染、リリーの習性をよくわかっている。
「おーい、リリー。心配したんだから」
「…………」
近づいて声をかけたけど、どういうわけか返事がない。ただひたすらにテーブルの上の何かに向き合っている。
「これ……型抜きだっけ?」
リリーの目の前にあったのは紙ではなくピンク色の固形。そして手に持っているのは画鋲だ。この画鋲で型抜きに薄く彫られている図形を切り出すとなんらかのご褒美がもらえるっていうシステム。すごいひさしぶりに見たなー。
「嬢ちゃんたちもやってく?」
そう店主の人に言われたけど、すごい悩む。一枚百円って書かれてるけどこれ原価相当安いでしょ。しかも景品って見たこともないお菓子みたいだし……。
「はい、お願いします」
「みきみきっ!?」
ひーがどう断ろうか悩んでいると、みきみきが勝手に百円払っていた。まぁリリーが周りの声も聞こえないくらい集中してやってるから待たなきゃいけないんだけど……。
「お待たせしました」
あ、天音さんがようやく来たっ。でも……暗いからわかりづらいけど少し浴衣が安っぽい? いやもちろんひーたちよりのは綺麗だけど、音羽さんの鮮やかな純白に比べたらいくぶんかくすんでいるように見える。でも胸元に入った小さな烏のワンポイントが、どうしても音羽さんの大鷲に比べてイメージが悪い。まぁたぶん、家庭の事情なんだろうな。ひーの家は普通の家だからよくわかんないけど。
「型抜きですか? 古風ですね。おやりになるんですか?」
「いやひーはちょっと見てようかなーって」
よかった、天音さんが来てくれたから話し相手ができた。これで外で待ってられる。
「ならやるのはそっちの子だけか。いくつか難易度があるけどどうする?」
「梨々花ちゃんと同じやつで」
「梨々花ちゃん……ってのはそっちの子かな? でもやめといた方がいい。難しすぎて今日は一人しかクリアできてないからな」
はー、だからリリー試合中レベルの集中してるんだ。リリーのやってるやつを覗いてみると、複雑な蜂が描かれていて確かに難しそうだ。
「でも梨々花ちゃんとおんなじやつがやりたいっ」
「おーそうか。できたら写真撮ってやるからな、がんばれ」
え、それって罰ゲームじゃん。なんで暇人だってばらされちゃうの。でもそんな暇人が一人いるんだよな……。
「――すいません、わたしもやっていいですか」
天幕に貼られた写真を見た天音さんが不意に椅子に座る。その表情はさっきまでの作り物の笑顔とは違い、ビーチバレーの時の恐怖を感じさせるもの。なんで突然と思ったけど、写真を見てすぐに合点いった
そこに映ったていたのは、両手でピースを作って満面の笑みを浮かべている音羽さん。
それに対抗して天音さんはこんなくだらないものに必死な顔で挑もうとしてるんだ。
さっきまでかわいそうだと思ってたけど、ここまできたらこう思わざるをえない。
なんて痛々しいんだろう、と。