第3章 第24話 六人制と二人制
〇日向
「うぁー、つかれたー……」
暑い日差しに負けないくらいの熱戦に次ぐ熱戦が終わり、陽が沈むにつれてひーの気持ちも盛り下がっていた。
「結局海入れなかったー……」
ビーチバレー大会の罰ゲーム。一回戦負けのペアは大会の後片付けを手伝うというもの。そのせいで一回戦負けだったひー、あっさんペア。リリー、徳永先生ペア。くるみんさん、小内さんペア。マオちゃん、飛龍さんペアの計八人はマイクロバスにネットやボールを積み少し離れた場所にある倉庫にしまいに行っていた。今はその帰りで、練習や試合、片付けの疲れでひーたちはみんな溶けるように座席に沈んでいた。
「せっかくおニューの水着だったのに……」
窓から見える水面は夕日に照らされオレンジ色に輝いている。これじゃ何しに合宿に来たのかわかんないよ……いや練習のためなんだけど。
「それにしても情けないわ。年上が揃いも揃ってこの有様なんて」
ひーと同じように海を眺めてくるみんさんがつぶやく。まぁ確かに大人と三年生が全滅ってのはちょっと後輩に示しがつかないかな。でも本当の問題はそこじゃない。ひーと同じことを考えていたあっさんが責めるような口調で言う。
「胡桃はいいよ、相手が藍根だったんだから。問題はウチらだ」
そう。くるみんさん、小内さんペアの相手は身長百八十越えのきららん、木葉さんペア。勝てなくても仕方ないといえば仕方ない相手だ。リリーのところは初心者の徳永先生がいたし、マオちゃんのところは飛龍さんという致命的な弱点があった。
でもひーとあっさんは二人ともスパイクは打てるし、レシーブやトスだってそこそこできる。それに相手はママさんバレーをやってるようなことを言っていたおばさんペアだった。勝てる相手、いや勝たなきゃいけない相手だった。なのに結果は十六対二十一。惜しいとも言えない完璧な敗北だった。
「まぁあんまり気にしすぎないでよ。しょせんビーチ、本番は六人なんだから」
巧みにマイクロバスを操る徳永先生の後ろの席から小内さんが振り返ってそう言った。
「あの飛龍さんでも二対二なら普通の人相手に一回戦負け。六人制と二人制では求められるものが違うのよ。実力がそのまま結果に現れるわけじゃないわ」
まぁ確かに。あの子トスは異常なほどに上手いけど、それ以外はひーやみきみき以下。それでも試合に勝てるのが六人制バレーのずるいところだ。苦手なことは誰かに補ってもらえばいい。
「あれ? そういえば飛龍さんは?」
セッターのくせにここにいる誰より高いあの化物の姿が見えない。思い返してみれば片付けの時いなかった気が……さてはサボったな。
「流火さんは環奈さんと一緒に宿で寝ていますわ。『熱中症』は相当体力を使うんですのよ。本物の熱中症かと思いましたわ」
ああ、なんかずっと瞳孔開いてたもんね。それにかんちゃんもいつもよりキレがよかったけどその代わりすごい体力消耗してたし。天才たちのことはよくわかんないや。
「でもよかったよね、紗茎よりは藍根の方が弱そうだったし」
他校の人がいないならこれくらい言ってもいいか。ひーが感じた事実を。
「深沢さんは身長が低いからびっくりするだけでそこまで圧倒的な力はないし、木葉さんもあくまで高いだけ。馬鹿みたいなパワーの蝶野さんを相手にする絶望感に比べたらたいしたことないよ」
これはバス内の暗い雰囲気を消すためにあえて大げさに言ったけど、事実ではある。『金』が二人ずついる紗茎と藍根を比べた時、どうしても藍根の二人の方が見劣りするものがある。それは共通認識だと思ってたんだけど、
「本気でそう思っているのならもう少しバレーの勉強をした方がいいですわ」
一年のマオちゃんがやけに辛辣な言葉を返してきた。
「コーチが言っていたでしょう? 六人制と二人制では求められるものが違う。少なくともわたくしからしてみれば藍根のお二人の方が流火さんたちよりずっとやりたくない相手ですわ」
「そうね」
ちょっと怒ったようなマオちゃんに小内さんが同調する。
「六人いるからこそ真価が発揮される。そういう二人なのよ、あの子たちは」
「それってどういう……」
訊ねようとすると、ちょうどバスが宿に到着した。
「この後はとりあえず自由時間だけども、この辺で大き目のお祭りがやってるみたいだから遊びに行っていいぞ」
「お祭り!?」
徳永先生の言葉に疑問がどこかに吹き飛んだ。バレーなんかよりお祭りの方がずっと大事。今日はずっと練習漬けだったからいっぱい遊ぶぞーっ!
「……あれ?」
バスが止まったので降りようとすると、外に天音さんが立っているのが見えた。なんか雰囲気的にひーたちを待ってたって感じだけどどうしたんだろ?
「今夜お祭りがあることはご存知ですか?」
バスから降りたひーたちにさっそく話しかけてくる天音さん。遊びに行ってもいいかの確認だろうか。
「ちょうどバスでもその話してた。みんなで遊びに行こうよ」
「そうですか。それはよかった」
ひーの言葉にほっと胸をなで下ろすと、天音さんはにっこりと微笑んだ。営業の人のようなわざとらしい作り物の笑顔。
「よろしければ浴衣を着てみませんか?」
いつもと同じといえば同じだけど、その顔からはなんだかちょっと嫌な感じがした。