第3章 第23話 あなたとの勝負
風美さん、深沢さんペア対天音さん、音羽さんペアの決勝戦は十八対十八とまったくの互角となっていました。
風美さんが打ち、天音さんが凌げれば天音さんたちの得点。凌げなければ風美さんたちの得点。というのがこの試合の大まかな流れです。深沢さんも音羽さんも上手は上手なのですが、どちらも攻撃力も守備力もこの二人の間に入っていけるほどではありません。
「よこしなさいっ!」
乱れたボールを拾いに音羽さんが駆ける中、天音さんが叫びます。普段の礼儀正しい凛とした天音さんからは考えられない口調と気迫。
「しゃーないなーっ」
それを一番近くで感じているはずなのに逆にいつもより楽しそうな音羽さんはアンダーでボールを上げます。それを見てからゆっくり助走を開始する天音さん。強力なオープン攻撃をしかけるつもりです。
「止めますよ」
「う……うんっ」
音羽さんはコートの奥にいるためブロックフォローに参加することはできない。それを見た風美さんたちはレシーブを捨て二人でブロックに跳びます。
ナチュラルに高い壁と、小さいのに高い壁二枚。それに対し天音さんは砂を巻き上げ勢いよく跳び上がると、
「ぅぇっ!?」
ボールをゆっくりと指で押し込みました。ですがビーチでフェイントは反則。風美さんが驚きの声を上げると同時にボールもぽさっ、と小さく音を立てて砂へと落ちました。
「天音さんビーチのルール知らないんですかね……」
もう試合も後半。ここでのミスは命取りですが……。
「あれ?」
反則をしたはずなのに点数は天音さんたちの方に入っていました。
「今のはコブラショットだね」
不思議に思っていると、スマホでビーチのルール確認をしていた流火さんがそう言いました。
「指先を揃えて蛇みたいな手にしてボールを押し出す打ち方。フェイントは禁止だけどこういうのはありみたい」
はぇー。ビーチにはそんなルールが……。というか練習する時間なんてほとんどなかったのにこの場面でインドアにはない技を使うなんてすごい度胸です……。
「このまま一気に採るよっ!」
得点した天音さんはジャンプフローターサーブを打つためにボールを空に放ります。ですが、
「っ」
ボールは風の影響で少し流れてしまいます。それでもなんとか手に当てますが、回転が大きくかかっているせいで変化は起きません。
「ふっ」
変化のないジャンプフローターはただの速くないサーブに過ぎません。楽々深沢さんがレシーブし、風美さんが完璧なトスを上げます。
「くらいなさいっ」
深沢さんのスパイクに対し、音羽さんはブロック、天音さんはレシーブの構え。深沢さんのスパイクは身体のこともあってそんなに強くありません。まずブロックは破れませんし、天音さんなら真正面にくれば確実にレシーブできるはず。
それをわかっている深沢さんは人差し指と中指を曲げ、平らになった部分でボールを押しました。これは……、
「ポーキー!?」
流火さんがそう声を上げます。スマホを覗き込んでみると、これもコブラショットと同様フェイントのような効果を持ちつつビーチで認められる打ち方の一つのようです。
でもポーキーだってここまで見たことはありません。やるのは初めてのはず。天音さんに対抗してここでそんな技を使うなんて……意外と負けず嫌いのようです。
「くっ……!」
強打を待っていた天音さんは深沢さんの指先を見た瞬間前に落としてくることを察してネット際に飛び込みます。ですが、
「……あれ?」
ボールは指の飛び出た部分に当たり、深沢さんの頭頂部を経由して自陣のコートへと落ちました。
「……ごめんなさい」
「ど、どんまいだよ雷菜ちゃん……っ」
自分のミスに顔を覆って恥ずかしがる深沢さんを風美さんがなんとか励まそうとします。
「雷菜ちゃん不器用なんだからあんなのできるわけないのにバカだなー」
深沢さんのミスにチームメイトである木葉さんが笑います。なにはともあれこれで二十対十八。天音さんたちのマッチポイントです。
「ラストはぼくに決めさせてよー、おねえちゃん」
砂に落ちたボールを天音さんへと投げ、音羽さんは細かくジャンプします。この大会の最後を飾る一点を自分のプレーで取りたいようです。
「…………」
それに何も答えず、プレー開始の笛の音を聞いてすぐ天音さんはボールを両手で軽く宙に放ります。今度は風が吹いておらず、完璧なサーブトス。強力なジャンプフローターが来ると直感します。
「――馬鹿」
しかし流火さんがそうつぶやいた瞬間。
「あぁぁっ!」
ボールは風を斬り裂きました。
「っ!?」
風美さんのそれに匹敵する速度で放たれたサーブは瞬く間に深沢さんの身へと近づき、
「くぁっ」
深沢さんの腕に弾かれボールは一瞬の内に砂へと落ちます。つまり天音さん、音羽さんチームの優勝が決まったわけですがそれよりも……。
「今のは梨々花さんと同じ……!」
天音さんの今のサーブ。あれはジャンプフローターではなく、スパイクサーブとも呼ばれるジャンプサーブ。筋力の弱い女子では中々打てる人のいない強力なサーブです。
ですが途中までは完全にジャンプフローターの動きでした。それを途中でジャンプサーブへと変えた……。これはインハイ予選で梨々花さんが見せた技です。
ですが身体の小さく弱い梨々花さんと違い、天音さんは身長百七十五センチ。その威力、キレは梨々花さんと同じと呼ぶには失礼なほどに完成されていました。
そもそも天音さんはジャンプフローターしか打てなかったはず。いえ、ジャンプフローターしか見せていませんでした。
流火さんの反応から想像するに、おそらくこの技は切札だったのでしょう。来たる春高予選で初披露するはずだった大技。
それを公式戦どころか練習試合でもないお遊びのビーチバレー大会で、優勝候補である藍根の方々が見ている前で晒すなんて……。
確かに馬鹿です。馬鹿なことをしたと思いますし、天音さん自身もそう思っているでしょう。
でもそれ以上に勝ちたかった。
いえ、たぶん。
自分のプレーで勝ちたかった。
というより。
「残念だったね、音羽」
勝利をもぎ取った天音さんは真っ先に前で残念そうにしている音羽さんに近づきます。
「あなたの思い通りにはさせないから」
音羽さんに勝ちたかったのだと、わけのわからないことを思ってしまいました。