第3章 第22話 最高峰の戦い
「流火さん、この試合どちらが勝つと思いますか?」
ビーチバレー決勝戦。風美さん、深沢さんペア対天音さん、音羽さんペアの試合の準備をしている間、どこかから持ってきたトロピカルジュースを飲んでいる流火さんに訊ねます。
「普通に考えたら風美たちかな」
自分の疑問に一つも悩むことなく答え、ちゅー、と音を立てて喉を潤す流火さん。
「まぁ『金断の伍』が二人もいますからね」
県内最強の高一を『金断の伍』、高二を『銀遊の参』、中三を『殿銅の漆』と呼ぶのですが、その実力は金銀銅の順が基本らしいです。単純に『金』ペアと、『銀』の天音さんと『銅』の音羽さんのペアなら風美さんたちが勝つでしょう。
「その基準も全然信用できないけどね」
小内さんに講評を受けていた環奈さんが一年生の集まりに戻ってきました。
「元々『色持ち』って志穂ちゃんが勝手に学年で付けただけだから。あたし的には天音さんは確実に『金』クラスはあるし、音羽ちゃんも学年の分劣るけどわたしたちが全中制覇した時の『銀』クラスにはいると思う。逆に雷菜は上手いけど身長の分一段下がると思っていいんじゃないかな。あくまで一対一ならって指標だけど」
なるほど……必ずしも色が実力というわけではないんですね。
「じゃあなんで風美さんたちが勝つと思ったんですか?」
「まぁ普通に……ちゅー。風美のスパイクをたった二人で捕まえられるわけないからね」
普通の人のスパイクを銃弾とするなら、風美さんのそれは大砲、いえ、ロケットと言った方が近いのかもしれません。確かにそう言われたら納得するしかありません。
「でも相手はあの天音ちゃんだよー?」
「まぁね」
流火さんと同じジュースを二つ持っている木葉さんが意味深なことを口にします。
「それってどういう意味ですか?」
「天音ちゃんってねー、なんでもできちゃうんだよ」
「きららが知っている人で言うと、スパイクは朝陽さん以上。トスは珠緒以上。レシーブは昴ちゃん以上。ブロックは知朱ちゃん以上。サーブはあんまり言いたくないけど……梨々花先輩以上。全部のプレーが高水準で完璧。それが天音ちゃんなんだよ」
木葉さんからトロピカルジュースを受け取り、環奈さんがそう答えました。それに同調し、珠緒さんも同じドリンクを持ちながら言います。
「認めたくないですがその通りですわ。ツーや他の技術も含めたセッターとしての実力なら負けるつもりはありませんが、」
「どうかなー」
「うるさいですわよ織華さんっ。……とにかく、わたくしのようないまだ凡庸な人間からしてみれば、現高校バレー界で一番の化物は天音さんですわ」
あの珠緒さんにここまで言わせるなんて。すごいとは思っていましたが、どうやら予想を遥かに超えているようです。
「まぁどれだけ総合力があったって最初のレシーブが決まらなかったら意味はない。どれだけ風美にボールを集めさせないかが課題になると思うよ」
そうこう言っている間に準備が終わり、四人がコートに入っていきます。その様子を見て流火さんが一言漏らします。
「あ、あれやるの忘れた」
あれとはおそらく、試合前に行われる流火さんから風美さんへのカチューシャの移譲。そういえば一回戦目で流火さんがぶん投げてからそのままでした。風美さんの視界を長く垂れた前髪が覆っています。
「別に付けたからって前が見えやすくなるだけで何かが変わるわけじゃないけど一応ルーティーンだからなー」
「前が見えるかどうかはかなり大きいと思いますが……でも周りの視線が気にならなくなるからいいんじゃないですか?」
風美さんはサイズの合っていない水着を事あるごとに恥ずかしそうに直していましたし、試合中に余計なことを考えなくていい分気が楽なはずです。ですが流火さんはわかってないなー、とでも言いたげなドヤっとした笑みを浮かべています。
「目隠しって何のためにあると思う?」
「もうしゃべんないでください変態」
「ちなみにビーチバレーって水着が脱げたら失格になるんだって」
「なんのフリですか」
うわ、流火さんの瞳が『熱中症』の時と同じになってますっ! ドン引きですっ!
「あ」
お馬鹿な話をしていると、試合の開始を告げる笛が鳴りました。まずは……げ、風美さんのサーブからですか。これはいきなり山場です。
「ふっ……!」
ドガン、という優雅な浜辺に似つかわしくない爆裂音と共に風美さんのジャンプサーブが天音さんたちを襲います。
「っ」
強烈な一陣を辛うじて拾い上げる天音さんですが、ボールは高く舞い上がりネットを超えそうになります。
「ちゃーんと上げてよー!」
ですが既に音羽さんは跳び上がっており、超えそうになるボールを直接ダイレクトで叩こうとしました。
「はっやいじゃん……!」
ボールを追っていた音羽さんの視線が相手コートに向いた時、サーブを打ったばかりの風美さんがブロックに跳んでいました。
「でもっ」
音羽さんのクロス側を塞ぐブロックを見て、音羽さんの真骨頂が出ます。振りかぶっていた右手とは逆の左手でボールをブロックがいない方向に叩いたのです。さすがは両利き。常識が通じません。
「私を忘れてもらったら困るわ」
「っ」
しかしブロックがいなかったのはさっきまでの話。変な言い方になりますが、ブロックが突然生えてきました。背の低い雷菜さんのわざとタイミングを遅らせたブロックがボールの行方を遮りました。
「あーもう……!」
空中にいる最中、返ってくるボールを今度は右手でわずかに上げる音羽さん。コートに大勢いるインドアならナイスカバーですが、二人しかいないビーチバレーでそれだけでは天音さんのレシーブはむず……
「もう、いる……!」
音羽さんがボールに触れたのは天音さんのレシーブ地点に入るための時間稼ぎではなく、高いところから高いところへのトスのためでした。
「あぁっ!」
ブロックもレシーバーもいない砂浜めがけて既に跳び上がっていた天音さんは力強いスパイクを叩きこみます。その強力な一打は空を覆うかのように大きく砂を巻き上げました。
「――すごい……!」
最初から最後まで、目で追うのでやっと。それぞれが自身のできることを最大限に活かしたプレーに思わず見惚れてしまいます。
「これが……最高峰同士の戦い……!」
白熱の決勝戦は、天音さん、音羽さんペアの得点から始まりました。