第3章 第19話 無意識の同調
自分、木葉さんペア対胡桃さん、小内さんペアの試合が始まります。身長的にはこちらは二人とも百八十越えで、胡桃さんは百七十センチそこそこ、小内さんは百六十前後と十センチ以上の差がある分こちらが有利。ですが向こうは三年生と大人。経験的には向こうの方が上でしょう。
「気をつけてください、胡桃さんは強いですよ」
「んー、大丈夫だよ。中学時代やったことある気がするしー」
プレーが始まる前に軽く打ち合わせしますが、木葉さんは余裕そうにヘラヘラ笑っています。ていうか胡桃さんと木葉さんが被るのは一年間だけ。この人中一の頃から強豪校のレギュラーだったんですか。すごいです。
「当時は全然敵わなかったけど……あーしだってずっと遊んでたわけじゃない。ここで一矢報わせてもらうわよ」
サーブは相手の小内さんから。そういえば小内さんのプレーを見るのは初めてです。でもずっと二軍だったと言ってたし、二年近くのブランクもある。おそらくそんなに強くはないはずですが……腐っても強豪校の二軍。油断はできません。
「いくわよ」
笛の音と同時に小内さんは両手でボールを放ります。この動きは……。
「ジャンプフローター……!」
無回転のサーブが風に流されこちらのコートへやってきます。近いのは……、
「木葉さんっ」
「オーケー」
ボールの近くにいた木葉さんが少し前に出てアンダーでボールを待ちます。しかし、
「あっ」
ボールは木葉さんの腕にゆるく当たると、コートの外へと飛び出していってしまいました。
「……今そんなに変化してませんでしたよね……」
「……しょうがないじゃん。普段サーブレシーブなんかしないんだから……」
自分たちミドルブロッカーはサーブレシーブの時リベロの方と交代しています。だから仕方ないと言えば仕方ないのですが……。
「どうっ!? あんたたちが散々馬鹿にしてきた二軍に噛まれた気分はっ!」
「別にバカにしてないんですけどー……」
うわー……小内さんうれしそうです。境遇的にはそうなる気持ちも理解できますが、二十歳と十五歳ですよ……?
「さぁっ、どんどんいくわよっ」
再びの小内さんのジャンプフローターサーブ。今度の狙いは……。
「きららちゃんっ」
「はいっ」
ボールの着地点に移動し、自分は腕を組みます。ですが木葉さんが取れなかったサーブを自分が取れるわけがない。なら、
「ふっ」
自分は身体でぶつかり、無理矢理ボールを上げました。
「ナーイス、きららちゃん」
ボールは当然Aパスとはいきませんが、そもそもオーバートスができない以上そこまで問題はありません。だって上がるトスは自分が苦手なものだってわかりきってるからです。
木葉さんはコートの端のあたりでボールをアンダーで拾うと、高く高く打ち上げます。
自分たちミドルブロッカーの攻撃の基本は、短いトスから素早くスパイクを打つ速攻というものです。ですがアンダーではオーバーほどの精密なトスは不可能。環奈さんでもなければ速攻のトスなんて上げられません。
ということは自然高いトスから十分な助走を持ってスパイクを打ち込むオープン攻撃しか打つことはできない。ですがバレーを始めてまだ四カ月ほどの自分ではオープンで勝負できるほどの技量はない。ただでさえ胡桃さんはブロックしかやらせてくれませんし。
ですが相手は胡桃さんのブロック一枚。一対一ならスパイカーが有利!
「勝たせて、もらいますっ!」
自分はボールに合わせて高く跳び上がり、それに少し遅れて胡桃さんも跳び上がります。
ですが単純な高さなら自分の方が上。ブロックなんてお構いなしに打ち込みました!
「ワンチ!」
「くっ」
自分のスパイクは胡桃さんのブロックに当たり、ボールが後方に飛んでいきます。それを小内さんが拾い、ボールがネット際に上がります。ビーチではインドアと違ってブロックもワンタッチに含まれます。だからここで胡桃さんがスパイクを打ち込むしかない。それに胡桃さんも自分たちと同じミドルブロッカー。オープン攻撃は苦手なはずです。
「今度こそ……!」
自分は胡桃さんが跳び上がるのと同時にブロックに跳びます。胡桃さんのフォーム的にコースはクロス。ですがそこは自分の高い壁が立ちふさがっています。完全に打ち取りましたっ!
「締めが甘いのよ」
しかし胡桃さんのスパイクは自分のブロックの中央をそのままぶち破り、そのまま砂へと落ちていきました。
「なんで……!」
「少しばんざいになっていたわよ。もっと腕を締めないと」
着地してボール型にへこんだ砂の跡を悔し気に眺めると、胡桃さんが淡々とそう教えてくれないと。
「それにブロックのタイミングが早すぎる。スパイカーによって個人差はあるけれど、基本的に相手より遅れて跳んだ方がいいわ。そうしないと向こうの最高到達点に自分の最高到達点を当てられなくなるから」
「……試合中にアドバイスだなんて、余裕ですね」
「余裕なんてないわよ。馬鹿みたいに高い壁二枚が相手だもの。いっぱいいっぱいでめちゃくちゃ辛いわ」
木葉さんから送られたボールを拾い、胡桃さんは小内さんにボールを投げます。そして定位置に戻りながら、小さく笑いました。
「でもこうした方があなたは強くなるでしょう?」
強く……なる……。今以上に……もっと……。
「ごめーんきららちゃん。位置取りが悪かった。レシーブって難しいねぇ……」
普段後衛にあまりいない自分たちにはそこまでレシーブの技術は求められません。それでも木葉さんは意識してはいないでしょうがさらに上を求めている。今よりもっと強くなるために。ですがその表情は、あまり楽しくなさそう。苦手なことなんてなるべくやりたくないですもんね。
自分はまだ全然強くありませんし、今すぐに何でもできるようになれるとも思いません。
そんな自分が今すぐ強くなれるとしたら、高さだけ。ブロックで強くなるしかない。だったらもう、これしかない。
「木葉さん、提案があります」
「奇遇だねー。織華もおんなじこと思ってた」
「苦手なことを伸ばすより、得意なことでふみつぶした方がいいもんねー」と言い、木葉さんは自分の隣に並びました。
「レシーブを捨てて、常に二枚ブロックでいきましょう」