第3章 第15話 闇は眩しくて見えない
嘔吐描写注意です!
〇日向
「じゃあそろそろビーチバレーの練習を始めようかしら」
午前中のほとんどを使った筋力トレーニングを終え、海の家でお昼ご飯を食べていると小内さんがスマホを片手にそう言った。
「試合まであと二時間くらいあるわけだけど、とりあえずチーム分けから。で、そのチーム分けはくじで行うわ」
スマホの画面には二つの矢印と円形の表に花美の選手の名前が書かれている。これが回って、止まった時に矢印が示している人同士がチームになるのだろう。
「おもしろそー。ぼくたちもくじにしない?」
「そう? じゃあ紗茎と藍根の人たちも追加して……あ、ちなみにあーしと徳永先生も参加するから」
小内さんが凄まじい速度でスマホをスワイプし、一気に一人一人の欄が小さくなる。今ここにいるのは花美の生徒が八、紗茎が四、藍根が二、大人が二。つまり十六人が八チームにランダムで振り分けられることになる。
「それと罰ゲームとしてトーナメントの一回戦で負けたチームは片付けを手伝ってもらうわ。じゃあ、ルーレットスタート!」
小内さんが画面をタッチすると、ドゥルドゥルドゥルという間の抜けた音と共に回転が始まる。
「まずは徳永先生、小野塚梨々花ペア」
「ごめん小野塚さん! おらバレーやったことないから……」
「いえいえ。気楽にがんばりましょー」
身長百四十六のリリーと、百五十五前後の徳永先生。二人とも身長が低いし、スパイクが打てないからこのチームはきついな。
「扇美樹、水空環奈ペア」
「げっ」
「なんだべその反応っ。後頭部に気ぃつけろっ!」
この二人もかなり身長が低いし、そもそも仲がよくないからきつそうだ。
「翠川きらら、木葉織華ペア」
「足ひっぱらないでよー」
「こっちの台詞ですっ」
おお、身長百八十越えの長身チーム。でもなんか知らないけどここも仲あんまよくないっぽいからチームワークに不安あり。
「一ノ瀬朝陽、外川日向ペア」
「よろしくな日向っ」
「うーす」
ここでひーが呼ばれたか。前のことがあったからちょっと一緒にはなりなくないけど、割と勝てそうなチームではある。
「新世珠緒、飛龍流火ペア」
「がんばろうね、珠緒」
「……上等ですわ」
ここはセッターコンビ。でもマオちゃんは攻撃も守備もできる人だし、割といけるはずだ。
「蝶野風美、深沢雷菜ペア」
「よろしく、蝶野さん」
「はひっ、ぅぇ、ぅ、うんっ」
『金断の伍』チームか……。深沢さんは身長が低いけどそこに加えられてるからには上手いはずだし、優勝候補筆頭だろう。
「双蜂天音、音羽ペア」
「なーんだ、せっかくおねえちゃんをぶっ倒せると思ったのにー……」
「…………」
このチームは姉妹コンビ。この前の練習試合を見るに二人ともかなり優秀だからここも優勝候補か。
「で、最後にあーしと真中胡桃ペア。よろしくね、真中さん」
「はい」
これで十六人八チーム出揃った。やっぱり『金』チームと姉妹チームのどちらかが優勝候補かな。あとは他の参加者がどうなるか……。でも田舎の野良の大会だし、現役のひーたちには敵わないだろう。
「じゃあ試合まで各自練習ー」
「日向、いくぞ」
「うぃっす」
小内さんの号令に従いみんながお昼ご飯を片し砂浜に出て行く。
そして約一時間アップも兼ねた練習を終え、試合直前。
「ちょっとわたしお手洗い行ってくる」
「あ、みきも行く」
「ひーも行こっかな」
二年生三人でちょっと抜け出しお手洗いに向かう。
「調子どう? ひーのとこはまぁまぁだけど」
「わたしはちょっときついかなー。先生も初心者だし、わたし攻撃できないし」
「みきのところはみきがすごいから平気っ。水空ちゃんはだめだけどみきがすごいからっ」
海の家の中にあるお手洗いは少し汚れが目立ち、数も少ない。ちょっと不快感を感じながら埋まっている個室を待っていると、
「ぅ、えぇ……」
個室から、聞きたくない声が聞こえてきた。
「大丈夫かな……?」
「食中毒、ってことはないよね……」
中の人に聞こえないようリリーとみきみきがヒソヒソと話す。でも濁っててわかりづらいけどこの声って……。
「やばっ」
水を流す音が聞こえ、リリーが小さく漏らす。そして何も見てませんよーという雰囲気を出してそっぽを向いていると、中から予想通りの人が出てきた。
「……ぁ、ごめんなさい……」
「……天音ちゃんっ!?」
青ざめた表情で口の端からわずかによだれを残した天音さんがふらふらとした足取りで現れた。
「だ、だいじょぶっ!?」
「調子悪いのっ!? 休んでたらっ!?」
さっきまでちょっと引いていた二人が、吐いていたのが知り合いだと判明したことで駆け寄る。しかし天音さんは何も言わず二人を腕で払うと、まっすぐに洗面台に向かい顔を沈める。
「……みなさんは、弱小校ですよね?」
そしてめちゃくちゃ失礼なことを言い出した。しかもいつもと違い、意図的に。
「全国に行けるはずはないし、藍根に勝てるわけもないし、そもそも一回戦突破だって厳しい」
「それは……まぁ」
リリーが何か言い返そうとしたが、すぐに押し黙る。たぶん事実を言われたからじゃなく、天音さんの言葉を最後まで聞かなきゃいけないと思ったから。
「なのにみなさんは毎日毎日練習漬けで、楽しい海に来てまで練習をしている。それは別に特別なことじゃなくて、どんな学校でもやってる普通で当たり前のことなんですよね」
まず綺麗だとは言えない洗面台の水で顔を満たし、そして正面を見つめる。
鏡越しに見えるのは、全てを斬り裂かんばかりの鋭い日本刀のような目をした天音さんの顔。普段の礼儀正しくて少しドジな天音さんからは考えられないくらいに怖くて仕方ない。
「どんなにがんばったって勝てない人は絶対にいて、それに挑むことは時間の無駄なのかもしれない」
キュッという音がするまでハンドルを締め、天音さんはお手洗いから出て行く。
「でもそれが無駄だったなんて、絶対に認めたくない。だから私は逃げるわけにはいかないんです」
そしてそれだけ言い残し、ついに姿が消した。
「……なんの話?」
「さぁ……」
リリーとみきみきは特殊な人間だ。バレーで勝つためじゃなく、バレーを誰かとやることに意義を見出している人。だから意味なんて絶対にわからないだろう。
でもひーはなんとなくわかるような気がする。
いや、たぶんわかってるようでわかっていないんだ。
だって天音さんは全国でもトップクラスの選手のはずで、ひーなんかとは見ている世界が違う。
でもたぶん大本は変わっていないと思うから。
きっとひーたちが抱えている悩みは、とても普通で当たり前のことなのだろう。
だって結局ひーたちは、勝敗に意義を求めているのだから。