第3章 第14話 私の本性
〇きらら
「一番ですっ!」
「二番ですわっ!」
「うあー! 負けたーっ!」
一年生でのマラソン大会、ではなくて走り込みを終えた自分たちはなだれ込むように砂浜に倒れ込む。
「はぁ……それにしても二人とも速いですね」
「嫌味ですの?」
「いえ、本当にそう思っています」
正直な話、自分はかなり足が速いです。体力も然り。でも、この二人はついてきた。一年生内レースが始まってからは全力で走ったのにです。
「――ごめんなさい、少し舐めてた」
「三人ともおつかれー」
そろそろ起き上がろうと思っていると、流火さんがかき氷を持ってきてくれました。
「小内さんのおごりだって」
「ありがとうございます。でも被っちゃいましたね」
「わたくしは二杯でもよくってよ」
「はいはい。買ってきますよ」
ビリ、と言っても三位なのですが、一年生内レースで負けた環奈さんが海の家に入っていきます。
「他の方は何をやっていますの?」
レモン味のかき氷を口に入れ、珠緒さんが流火さんに訊ねます。
「徳永さんと小内さんの大人組はバイト。あと天音ちゃんと私、風美もだね。織華は砂浜で寝てて雷菜と音羽ちゃんは泳いでる」
「申し訳ありませんわね、手伝わせてしまって」
「ううん。タダで海来させてもらってるんだしこれくらいやらないとね」
そういえば無料で泊まらせてくれる条件がビーチバレー大会への参加と海の家のお手伝いって言ってましたっけ。自分たちも手伝いたいのですが、練習があるので難しいです。
「買ってきたよー。あ、梨々花先輩おかえりなさいっ!」
「はぁ……はぁ……みんな速いね……」
環奈さんがかき氷を二つ買ってきたのと同時に梨々花さんが四位で到着しました。
「はぁ……五位だなんて情けないわ」
そして少し遅れて胡桃さんがゴール。それ以下の方たちは結構離れていたのでまだのようです。
「環奈さん、わたくしの分を梨々花さんに」
自分が環奈さんから二杯目のかき氷を受け取ると、珠緒さんがそうお願いしました。やっぱり珠緒さん、とってもいい子です……。
「では自分の分は胡桃さんにあげます」
「ありがとう。今度何か奢るわね」
「そうですね。勉強の分もありますし」
「ぐぅ……あ、これがぐうの音も出ないというやつね」
「出てるじゃないですか」
自分からブルーハワイ味のかき氷を受け取り胡桃さんが小粋なジョークを返します。……ジョーク……ですよね……? いえ、この人の学力的にそうも言いきれません……!
合宿に行けるかどうかが懸かった期末試験。とんでもないおバカだと発覚した胡桃さんを自分が基礎から教えていたのですが、結果としては、なんとかなりました。
……はい。なんとかなっただけです。初めは基礎を教えていたのですが、途中で無理です間に合いませんと悟った自分はわざわざ三年生の試験範囲を学んでヤマを張ったのです。それが見事ドンピシャし、赤点を免れることとなったのです。ドンピシャしたのに赤点ギリギリだったんですよねほんとこの人は……。
おかげで自分の成績は一位から三位までに落ちてしまいましたが、他の方の下落っぷりに比べればマシといったところです。梨々花さんに教えることに全力を注ぎすぎた環奈さんは九位から二十四位。なのにもかかわらず梨々花さんと美樹さんの成績にあまり変化がなかったのが悲しいところです。
ちなみに褒めて伸ばすを徹底された珠緒さんは五十八位から二十三位に大幅アップ。本当に泣いて喜んでいました。
「そんなに速いってことは中学時代陸上でもやっていたのかしら」
「いえ、中学はテニス。小学校は水泳です」
ちなみに中学生の頃は『最北の猛吹雪』、小学生の頃は『リアスの人魚姫』と呼ばれるほどにどちらもかなり優秀な成績を収めました。まぁ昔の話です。
「へぇ……やっぱりそうなのね」
てっきり「陸上もやっていないのにそんなに速いだなんてすごいわ。さすがはきららさんだわ。やばいわ」的なことを言われるかと思ったのですが、胡桃さんはなぜか得心した様子でうなずきました。
「きららさんってまだ下手じゃない?」
「否定できませんが、なんでいきなり悪口言うんですか」
突然の罵声に思わず声を上げてしまいましたが、胡桃さんはそういうことを言いたいわけではないようです。
「いえね、きららさんのポテンシャル的にもう少し上手くなってもいいと思っていたのよ。あ、これはあなたの能力が思ったより低いってことではなくて、なんというか、スタイルが合っていない」
「スタイル……ですか」
「そう。あなたのブロックはあくまで個人技なのよ。隣に誰がいようが、後ろに誰がいようが全部自分一人で止める気でいる。今はボクや珠緒さんの矯正の甲斐もあって直ってはきているけれど、いざという場面では一人でどうにかしようとしているのよ」
そう言われて思い浮かぶのは先日の練習試合。風美さんの猛攻を環奈さんではさばききれなかったので、自分で何とかしようとしていました。
「初心者なのにずいぶんアグレッシブねと思っていたけれど、ずっと個人競技をやっていたのなら納得だわ。あなた、個人プレーしかできないのね」
――痛いところを突いてくる。馬鹿のくせに。
「おまけに結構人を見下す癖もあるわよね。経歴と身長に基づく自信かしら。それが一概に悪いとは言わないけれど、団体競技にはあまり向かな……」
「自分は――」
自分は。……自分は。
「――だからバレーを始めたんです」
こんな自分が嫌だったから。
私は、自分になったんだ。
「まぁあなたがどうしてバレーを始めたかは聞かないけれど、」
手の中のかき氷のカップが緩く変形する。熱で氷が溶けたんだ。
「バレーボールにおいて、個人技には限界がある――」
それが空気の熱か。自分の熱かはわからないが、とても不快なことに変わりはない。
「――と、ボクは信じているわ」
嫌で嫌で、仕方がなかった。