第006話 ×日目 雨の廃墟、迷宮都市の成れの果て⑥
雲が割れる。
雲を突き抜けて伸びていた四本の鎖、その先につながれている巨大な銛が捉えたナニカが雲下にその姿を見せたからだ。
それは斜めになって光り輝く、巨大な朽ちた建造物。
四ヶ所に突き刺さった巨大な銛を介して発動したものか、アルジェが魔法を発動させたときと似通った魔力で描かれた古代文字のような円環が幾重にも巻きついている。
引き寄せられる力に負けて崩落する建造物の各所が鎖に引き寄せられつつある本体よりもはやく地に落ち、轟音と砂煙を巻き上げる。
建造物が巨大な姿を現したときに渦を巻くようにして割れた雲はいまだ元には戻らず、その合間からわずかな晴れ間をのぞかせ、本来は射さないはずの陽光を溢している。
それはまるで巨大な建造物を取り囲むように天子の梯子――レンブラント光線とも呼ばれる光の柱を幾本も発生させている。
わずかに射しこんだ陽光が常に雨にうたれ続けている廃墟のそこかしこを反射させ、墨絵の世界に突如現れたフレスコ画のような荘厳さを醸しだす。
あたかも神性の存在が顕現しているかのように。
頭上の暗雲をすべて吹き飛ばして陽光に覆われる世界になれば、この廃墟もずっと美しくどこか希望を感じさせる場所に変じることだろう。
朽ちてはいてもこの世界は今なお美しい。
より強い光に照らし出されることさえできるのであれば。
まあアルジェは暗く雨に烟る廃墟も嫌いではない――というよりも大好物ではあるのだが。
なんとなればそっちが基本のほうが好ましくすらある。
だがそれはやはり対比があるからこそで、時にさっきのような陽光に満ちて輝く同じ場所があるからこそだとも思うのだ。
――この場所における最初の目標を、「暗雲を払い光を取り戻すこと」にするのもいいかもしれないな。ただの雨ではないのは確実だから、安易に降り止ますのは不味いかもしれないけど。
濡れただけで、ステータス上のHPやMPが回復する雨が普通なわけが無い。
実験的に飲んで見たら下位ポーションくらいの効果を即時発動する。
まだアイテム店などが無い現状は、迷宮へ臨む際にも有効な回復手段なのだ。
というかこの雨が降り続いているからこそ、地上に敵性存在が湧出していないのかもしれない。
完全に建造物が雲下へと移動し、それに伴って割れた暗雲が再び空を覆い隠すのを見ながらアルジェはそんなことを頭の片隅で考えていた。
だが今はそれよりも、目の前に降りてきつつある巨大な建造物が先だ。
それはあまりにも巨大である。
距離があったために判然としていなかったが、頭上すぐ上あたりまでひきつけられればいやでもその巨大さが伝わってくる。
アルジェが思っていたよりも、ずっと暗雲が覆っている高度は高かったのだろう。
パン屑のように崩れ落ちてきていた残骸とて地上に落着する際には轟音を発し、地面に突き刺さっている。
何の防御手段も持たずに直撃など食らえば、一発で圧し潰されて終わるだろう。
「すっげぇ……」
「ナ!」(・□・;)
アルジェもラトも、高度100mあたりで口をあけてその巨大建造物の落下――からの落着を呆然と見守っている。
自由落下ほどではなくとも相当の速度で引きずり降ろされているのだろうが、そのあまりの巨大さからゆっくりと地に降りたかのように錯覚する。
轟音。
朽ち果て、この元迷宮都市では見かけない植物に覆われた巨大建造物が地に墜ちる。
広大な円形広場の中心、そこへ斜めに突き刺さるようにしてそれ以上倒れてはこない。
まるでそこへ固定するかのように、巨大な銛から魔方陣が四重に発動する。
残響と落着の際の地響きが消えきらぬまま、巨大建造物がほぼ固定された。
それと同時にアルジェの視界に赤い表示枠が示され、カウントダウンが始まる。
その数字は239:59:48……47……46……45。
「240時間……10日以内に攻略しろってことか」
「ナ?」(´・ω・`)?
そう、この巨大建造物は廃墟でもあり天上からの新たな迷宮でもあるのだ。
どういう手段によってかは不明だが、異世界(雲上)から引き寄せられた攻略対象。
東区域に林立するビル群にも似ているが、少し違う。
だからといって北区域の白亜の塔や外壁とも趣を異にしている。
もちろん西区域の遺跡や、南区域の中世風建築物や城などとは明確に違う。
つまりはこれまでにこの混沌の迷宮都市に現れたことの無い、まったく新たな廃墟迷宮であろうことがうかがえる。
古代遺跡のようにも近未来の最新ビルにも見える、だが間違いなく廃墟。
アルジェにとってこの世界に来てから初めてのイベント迷宮の攻略が、たった今一方的に開始されたのだ。
今はまだ何階層あるのかもわからない廃墟迷宮を、今ある力とこれから得る力、成長すらぶん回して踏破する。
おまけに時間制限まであるときた。
もしも今回を逃がせば、二度とお目にかかれない攻略対象かもしれないのだ。
これで燃えないゲーマーなどいはしない。
「こりゃやるしかないよな?」
「ナ!」(`•ω•´๑)
攻略難度は不明とはいえ、現時点のアルジェが手も足も出ないイベントをここまで大掛かりに発生させたりはしないだろう。
いやまああくまでもゲームだとしたらという思考パターンではあるが、アルジェはそこに疑問を持たない。
わりとマジでやばい。
とはいえ思い悩もうが警戒しようが「ゲームではなくこれは現実です! 現実は厳しい(シビア)!」だというのであれば、もとより対処のしようがないのも一方の事実。
どちらにせよ一アタリして攻略開始するしか手は無いのだ。
放置しておいても、雨をものともしない敵性存在が巨大建造物から溢れ出してこられたらそれまでだ。
よってアルジェは高度を下げ、入り口らしき場所へと飛翔する。
「あ、しまった」
だが急ブレーキ。
肩の上で前のめりになっていたラトが想定外の急停止に身構えられず、ずり落ちそうになって慌てる。
こういう特殊イベントが発生したということは、さっきまで寝ていた部屋の階下――冒険者ギルドの依頼板に、新たな依頼ないしは任務が発生しているだろうコトに思い当たったのだ。
「ナ~」|ω・`)
「ごめんてラト。しかししまらないなー」
とりあえず依頼板を確認するために、拠点でもある冒険者ギルドへと引き返すアルジェである。
これよりアルジェとラトによる、廃墟迷宮ハック&スラッシュの日々が本格的に始動する。
雨の廃墟、迷宮都市の成れの果て。
終末の向こう側、創世の彼方であろうこの場所で。
次話「キャラクタークリエイト①」 22:00前後に投稿します。