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第003話 ×日目 雨の廃墟、迷宮都市の成れの果て③

 それは油の切れた巨大な機械を強大な動力で無理やり動かすような軋んだ濁音。

 時と雨で湧いた錆、稼動部を固めたそれを(こそ)ぎ落とすような剥落音も混ざっている。


 (Ex-)迷宮(ダンジョン)都市中央部の広大な円形広場、その東西南北に正確に備え付けられた巨大な銛の打ち出し装置――捕鯨砲(ハープーン・キャノン)としか見えないそれらすべてが分厚い暗雲に向かって射角を調整しているのだ。


 続いてドンという、下腹に響くような低くくぐもった爆発音。

 それが大気中に満ちる無数の水滴を震わせ、本来見えないはずの音の爆発を幾重もの広がる白き波紋として可視化させた。


 それと同時に高速な飛翔物が空気を引き裂く音と、打ち出された巨大な(ハープーン)に繋がれたこれもまた巨大な鎖が発するジャラジャラというには大きすぎ、また不快に過ぎる金属が擦れ軋む音が連続する。


 巨大な(ハープーン)が四本同時に、暗雲へ向かって撃ちだされたのだ。


 四本ともがあっさりと雲を貫き、その向こう側へと巨大な鎖を引き連れて上昇を続ける。


 射出器の土台部分から排出される鎖の供給がいつまで続くのかと危惧するくらいの間、爆音を響かせ続ける。

 それは永遠に続くかと思われた直後、天空から今までの爆音さえも消し飛ばすような破砕音が我関せずと降り続く無数の雨粒たちを激震させ、その落下軌道を歪ませる。

 雲を抜けて雨粒による白い波紋が四重に地に向かって広がった。


 それは本来その雨粒が降り行くはずであった場所を狂わせる。

 あたかも本来の運命の行き着く先を、力で強引に捻じ曲げるかのように。


 同時に四つ連なった破砕音。

 つまりは四本の巨大な(ハープーン)が、雲の向こうにあるナニカに(あた)った――捉えたのだ。


 勢いよく排出されていた鎖は止まったが、勢いが余っていた分が空中でだらりとたわんでいる。


 その鎖が地下から響く下腹を震わせるような振動と、ぎゃりぎゃりという音と共に巻き取られはじめる。


 雲の向こう、天空へと伸びた巨大な鎖四本すべてがぴんと張る。

 それでも地響きと巨大な鎖を巻き取る際に発する金属が擦れる耳障りな音は止まらない。


 もはや地震と変わらない。


 それだけの力を発動させ、相当な長さにわたって撃ち出された鎖を確実に巻き取ってゆく。




 雲の向こうで捉えたナニカを、この地上へ引き摺り降ろさんとしているのだ。




 ◆◇◆




「なんだこの音? 地震!?」


 轟音の源。


 この廃墟都市の中心部、巨大な捕鯨砲(ハープーン・キャノン)らしきものが備え付けられた中央広場に程近い南区域(エリア)に存在するある建物――冒険者ギルドであった廃墟。

 いや今はもうその機能を取り戻し、本来の冒険者ギルドとして稼動しているプレイヤーの拠点か。


 そこの二階の窓が開き、少年が上半身を乗り出している。


 その眼に映った暗雲を貫いて天空へと伸びる四本の鎖に対して、驚愕した表情を浮かべている。


「アレの音か! ってかなんだアレ?」


 空気と降り止まぬ雨だけではなく、地面をも震わす轟音に少年がその整った顔を(しか)める。

 この(Ex-)迷宮(ダンジョン)都市で暮らしているであろうこの少年にとっても、とても日常とは言い難い光景が今展開されているのだということはその反応からも明らかだ。

 

 この(Ex-)迷宮(ダンジョン)都市は確かに廃墟である。

 だが雨音と植物と朽ちた建造物以外にも彼が存在したのだ。


 尤も彼がこの地に現れてから、まだほんの数日しか経過してはいないのだが。

 いやなにもそれは彼だけに限らないのかもしれない。


 あるいはこの廃墟、(Ex-)迷宮(ダンジョン)都市もまた――彼と同時に生まれた可能性もある。


 もしも「ゲームを現実化できる力」などというものがあるとするならば、その舞台が生まれる――創られるのもまたゲームが起動(ブート)されたその瞬間であるのだろうから。


 そしてそれらの舞台はすべてプレイヤーのためだけに生まれ、創られるものだ。

 世界も、そこに満ちる力も、不思議も、そこに暮らす人々も――敵対する存在たちでさえ、ありとあらゆるが(プレイヤー)を愉しませるためにこそ存在する。


 彼――この廃墟において今のところただ一人きりの人のカタチをした生き物。


 少し長めの、癖のある髪は漆黒。

 右眼は同じ黒でありながら、雨に塗れた黒曜石のような光を湛えている。


 だが左目は月のような銀眼――義眼だ。


 暗雲を突き抜けて伸びた四本の鎖に向けるその銀の瞳には、ただの眼には映るはずもない多くの情報が次々と表示されている。

 鎖までの距離、伸張速度、現時点での全長等。

 この銀眼こそが、ゲームにおけるステータス画面等の要素を現実において成立させるために不可欠の仕掛け(ギミック)


 肌は黒くも白くもなく、まさに肌色。


 澄ましていればその整った顔もあいまって美男子(ハンサム)で通るだろうに、未知のものを捉えたその瞳に浮かぶ苛烈な光が実年齢よりも幼く、まるでやんちゃ小僧のように見せている。


 発している言葉の内容は動揺しているそれであるにもかかわらず、その声は弾み、その表情は間違いなく笑っている。


 だがみる者が見れば、その無邪気にしか見えない満面の笑顔にはどこか空恐ろしい獰猛さも感じるだろう。

 力持つ者が浮かべる笑みは、本人にその意志がなくともある種の威を孕むのだ。


 少年の名はアルジェ・クラウィス。

 年齢(とし)は16。



次話 2/5 18:00前後に投稿します。

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