第002話 ×日目 雨の廃墟、迷宮都市の成れの果て②
この元迷宮都市は巨大である。
ほぼ円形の広大な市街区は、上空から見れば正確にX字のカタチに交差する大通りで東西南北四つの区域に分けられている。
中央は広大な円形の広場のようになっており、この街が迷宮都市と呼称される理由のひとつである地下迷宮への入り口がそこに存在している。
広場の東西南北に捕鯨砲のようなもの――それにしては巨大すぎる――が据えられているが、これらも時に朽ち雨に錆びて二度と動くことはなさそうに見える。
広場の中心には祭壇にも見える魔導器らしきモノが鎮座しているが、これも蔦と錆に覆われて稼動してはいない。
四方の区域によってそこに存在する建物の趣はかなり違うが、もっとも奇異なのはほぼ北区域全域を占めて雲の彼方まで聳え立つ巨大な白亜の塔だろう。
上空の雲を突き抜けているその先端がどこまで伸びているのか、地上から窺い知ることはできない。
その塔にも蔦は生い茂り、かなり高い位置に生じている崩落穴から樹木を生やしたりはしている。
だがその壁面は時の侵食による老朽を感じさせず、どの時代のものなのかが判然としない。
他の区域のあらゆる建造物たちとは違い、朽ちている感じ――廃墟感がまるでしないのだ。
その威容は東区域にあるおそらくは高層ビル群らしき廃墟よりも遥か未来、あるいは過去のモノにも見える。
よく似ているのはこの巨大な廃墟を取り囲む外壁だ。
おそらく、いや間違いなく北区域の白亜の塔と外壁は同じものだ。
同じ時代、同じ技術、同じ理論に基づいて創りだされたモノ。
東区域はまた違う。
東区域は滅んだ現代社会のような、高層ビルや近代建築物の廃墟群。
中には近未来を感じさせるようなものもあるが、すべてきちんと――というのもおかしな表現だが――朽ちている。朽ちはてている。
北区域の白亜の塔や外壁の様に、植物による侵食や上部の一部崩壊を赦しておきながらも今なお機能しているような雰囲気は皆無。
これは北区域と外壁を除いた、すべての区域がそうである。
きちんと廃墟なのだ。
地上の線路跡や高架線も見かけられ、崩れた高速道路が地区全体に広がってもいる。
それらはみなひび割れ、その隙間に植物たちが根を張っている。
錆び倒れた案内板らしきものが、いかにも廃墟といった趣を醸し出している。
東区域で最も巨大な廃墟は、外壁近くに建っている一際大きな螺旋状のビルだ。
もともとから人工物と自然の共存を目指したような、螺旋状の天上部分に緑を配されていたであろう巨大な建造物。
それは今添え物であったはずの植物たちに支配され、建造物そのものは添え木のようにしか見えない。
西区域は古代遺跡めいた巨大建造物が混在しており、四区域の中で最も植物が生い茂っている。
こちらは建造物が大きすぎることもあって贅沢な土地の使い方をしているため遺跡間の距離が大きく、すべてが雨の向こうに朧に烟っている。
その滲んだ輪郭は、モノによっては巨人が雨の中に佇んでいるようにも見える。
北区域の白亜の塔ほどではないが、雲にもとどかんとする巨大樹が西区の中心に存在する。
まるで伝説にいう、世界樹のように。
最後の南区域は東区域、西区域と比較して廃墟感がまだ薄い。
そこに暮らした者たちがいなくなってから、まだ百年単位の時が経過していないように見えるのだ。
それでも植物の侵食を許し、ところどころ崩れたりはしているのだが。
南区域は石畳による舗装を基準とし、いわゆる中世風の佇まいだ。
風――つまりゲームなどに見られるような、多くの者がなんとなく中世の街だと認識するものの、正確な時代考証からすれば各時代が入り混じっていてとても生活に根付いた正しい街ではないという類。
にもかかわらずあまり疑問をもたれることもなく「なんとなく昔の欧州っぽい街」と見做されるのは面白いところだろう。
だが中心から離れた外壁近くにはいくつか城らしき巨大な廃墟もあり、拠点兼攻略区域というのが最もしっくりくるかもしれない。
いわゆるはじまりの区域というやつだ。
南区域で最も巨大な廃墟は北の白亜の塔とはまた趣の違った、一部が大きく崩れた円筒形の塔だろう。
崩れきってはいない、だが朽ち果てた混沌の塔といったところか。
この元迷宮都市は海にほど近く小高い丘陵状の土地にあるが、外壁の内側からはそれを知ることは不可能だ。
なぜならば、かなりの高さの北区域の白亜の塔に似た外壁が、外周に沿ってぐるりと街を取り囲んでいるからだ。
その最上部は雲に届くほどではないが、そこから先は明滅する不思議な蒼い光の壁が雲を突き抜けて立ち上がっている。
外部からの進入も、内部からの脱出も決して許さぬかのように。
どこか呪印のように強く明滅する部分は北区域の白亜の塔にも複数存在し、そのタイミングは完全に同期している。
だが不思議なことに、明滅する光の壁は雲の通過を阻害することはないようだ。
区域を正確に東西南北に分ける交差した大通りが外壁に到達した場所には、閉ざされた巨大な門が四つ存在している。
それら四方の門にも古代文字のような呪印が明滅しており、外からの進入も内からの脱出も許していない。
門の上部には細いが北区域の白亜の塔の従塔とでもいうべきものがそれぞれ伸びており、この廃墟から雲を貫いて天へ伸びている建造物は五つあることになる。
細いとはいえそれは北区域の白亜の塔が巨大すぎるからであり、門の威容から考えれば四本の従塔とて十分規格外の建造物である。
これだけの規模を誇る巨大な都市が、降り止まぬ雨の中廃墟――残骸として朽ち果て逝きつつある。
静かな雨音だけをその供として。
今はまだ生きている北区域の白亜の塔も、それと連動しているような壮大な外壁も、今なお街を水没させない排水機構もやがては朽ち果て、何千年、何万年先にはわずかに痕跡だけを残した元の丘陵へと回帰するのだろうと思わせる静かな風景。
――だが。
突然、この街が己はまだ廃都などではないと主張するかのような巨大な音が、雨音を消し飛ばし静寂を突き破って轟き渡る。
次話 2/4 18:00前後に投稿します。