4:孤軍奮闘、快進撃を続ける噺
その夜ミルは昔の夢を見た。
両親と年の離れた兄、幼い妹と共に、穏やかな日々を過ごした、遠い昔の幸せな夢。
目が覚めたのは明け方、まだ空は薄暗いが、焚き火が消えても、辺りを見渡せるくらいには、陽が差し込んできている。
「何を感傷的になっているんだか……」
自嘲的に一笑しながら目尻を拭い、顔を上げて陽が昇る方向を睨みつける。
ゴブリンが巣くう遺跡は、もう目と鼻の先だ。
周辺で被害を受けた村落に行き、詳しく聞いて回った情報に寄れば、ここのゴブリンは、主に夕暮れが過ぎてから行動を開始するらしい。
もちろん決めつける事はできないが、これからの時間、ターゲット達の大多数は休眠に入ると想定できる。
確認されているゴブリンの数は40~50匹程度、遺跡の大きさが情報通りだとすれば、相当数は大体合ってるはず。
気になるのは一点、群れの中に大型の個体が存在し、それが群れを統率して人里を襲っている事。
「取り敢えずはその大物を討伐する。それで群れが散り散りになれば上々、いずれにしても統制は崩れるはず。きっと大丈夫。勝ち目はこちらにある」
少し値は張ったが、ミルは眠りを誘う護符を用意してある。
限定された空間を対象にするので、睡眠効果が出れば、第一目標の大型個体までは、労なくして辿り着けるだろうと期待している。
果たして効力は覿面。
休眠時間であることもあるのだろうけど、ただの一匹も動き回ることはない。
護符の影響も十分に、ゴブリンたちは深い眠りについている。
この状況からミルが勝利を確信した事を、愚かだと非難する者がいるとすれば、それはよっぽどの熟練者か、ただのお調子者と言えるだろう。
ベテランからすれば、なぜゴブリンの一匹一匹を仕留めて回らなかったのか。と言われたかもしれない。
それはミルも奥へ入っていくうちに、不安と共に浮かんできていたが、護符の効果が続いている間に終わらせるしかないと、警戒しつつ遺跡の最深部へと進んでいく。
「……こいつがボスに違いないわね」
小さな遺跡には稀に、罠の情報付きで、ほぼ完璧な地図が手に入るケースがある。
ここまでは手に入れた地図通り進めた。
「大体見て回ったけど、この先が最後みたいだし」
地図を信じるならそこに期待の品があるはず。
「嘘、封印されてる。ここにお宝があるってことね。ここの奴らをやっつけておけば、少しくらい大きな音を立てても大丈夫よね」
宝物庫手前の部屋にいるのは、ボスと思しき大きな個体の他に4匹。
先ずは小さい方の首筋を静かにナイフで斬りつけ、息をしなくなったことを確認し、最後に大型の個体の前に立つ。
「案外簡単な依頼だったわね」
ターゲットの喉にナイフを突き刺し、慎重に絶命を確認してから、ミルは宝物庫の前に立つ。
封印の種類も解除方法も、手に入れた情報の中にちゃんと書かれていた。
持ってきていた聖水を、5枚の封印札に掛ける。
しばらくすると、札は自然に扉から剥がれ落ちて、封印は解除された。
「よくこれで誰も、今まで荒らしに来なかったものよね」
中は思っていたより遙かに大きな空間だった。
火の光が届かないような場所は、もっとちゃんと調べなくてはならない。いつものミルなら、そんな初歩的なミスを犯したりはしない。
夕べは変な少年に絡まれたり、懐かしさに感傷的になった夢を見たことで、気持ちが揺らいでいたのかもしれない。
情報は十分に揃っていた。
ここまでが順調だったから、過信してしまった。言い訳としては十分に通るのだろうけど。
「こいつ……、他の奴らと、比べものにならないくらいにデカイ」
この部屋の扉は、ちゃんと封印されていた。
冒険者として、秘宝ハンターとして、暗いことを理由にはできない。でもやってしまったことは仕方がない。
「まずいわね」
言い訳はいくらでも浮かんでくるが、後悔は先に立たないものだ。
まさかこの群れのボスが進化したホブゴブリンであり、ここにはまだ20匹以上のゴブリンが残っていること、この場所に眠りの護符の効力が届いていないこと、その全てが誤算だった。
唯一の救いだった、休眠時間で寝ているゴブリンが大半という状況も、ホブゴブリンの一鳴きで覚醒してしまうという大ピンチ状態。
ミルは両手に短刀を抜き構える。
慌てる必要はない。
手下に隠れるように下がるホブゴブリンは、ミルの事を警戒している。
この隙に小物を減らせば、ここまで温存してきた短刀も、この数ならどうにか切れ味を落とす前に、片づけることができるはず。
一匹のホブゴブリンに少し驚いたが、今のミルの実力でも、これくらいなら一汗かく程度で、無事に終わらせられるはずだ。
襲い掛かってくるゴブリン達、思っていた通り、ホブゴブリンは動かない。
大立ち回りをするのが人間の女なら、そんなに体力がもつはずがないとでも、考えているのだろうか?
更に勝機が増したと感じるミルだったが、思わぬ展開に流石に青ざめてしまう。
「……噓でしょ」
死神の鎌が翳されたような恐怖がミルを襲った。




