3:二人の出会いについて記憶を振り返る噺
二人が初めて出会ったのは約半年前。
ミルは最初から秘宝ハンターを目指していた訳ではない。
冒険者として中央大陸の南部にあり、海を挟んで帝国と向かい合う大国、クラクシュナ王国の冒険者ギルドに籍を預けていた。
故郷を旅だった頃はまだ駆け出しで、剣術も初心者に毛が生えた程度、クエストを手掛けた件数も数えるほど。
いくつかのパーティーに所属したこともあるが、どうにも団体行動が苦手で、必死に修行をし、一人でも依頼をある程度選べる自信も持てるようになった頃のことだ。
受けたのはゴブリンの討伐。しかも人里近くに巣を見付けたとかで、緊急に飛び込んできたクエストだ。
ゴブリンは単体ならば大したモンスターではないが、奴らは群れで行動をする。
数も多く、統制も取れているので、巣を潰すとなれば、一人で受けるのは非常に危険なのだが、ミルはそれを単独で請け負った。
理由は二つ。
一つは前述の通り、団体行動を好まないため。
もう一つは、このクエストの依頼書と同時に、遺跡の情報を手に入れたためだ。
ゴブリンが巣としているのは、新たに発見報告のあった遺跡だった。
しかしあまりに規模が小さかったので、誰もそこに目を見張るほどのお宝が眠っているとは思っておらず、ゴブリンが居着いた事もあって、放置されようとしていた情報だった。
ここのところ、ゴブリンに寄る被害が大きくなり、討伐依頼が出されたのを、ミルは情報と一緒に拾い上げたのだ。
遺跡は小さく、山分けできるほどのお宝は、ミル自身も期待していなかったので、援軍は頼まず一人で森に入った。
狭い場所での戦闘になると思い、最近になって持ち替え、馴染んできたグレートソードはギルドに預けて、予備として腰に差していた短刀と、同等の物をもう一本追加した。
更には防具を新調し、一日をかけて短刀を、両手で使いこなせるように獣を狩った。
翌朝、目的地のある森へ入り、日も暮れた遺跡近くで、焚き火を起こして食事の準備をしていた。
「いい匂いだな」
ミルは急に掛けられた声にも驚くことはなかった。
ちょっと前から感じていた気配は暗闇から、火の光が届く辺りまで近付いてきて声を発し、不用心にも丸腰のまま更に寄ってきた。
「子供? どうしたの、迷子にでもなった?」
毛皮をはぎ、肉を部位毎に解体し、火で焼いている手を止めることも、その焼き加減を見る目も向けず、ミルは一人の少年に声を掛けた。
「迷子、じゃあないとは思うんだが、まだ目的地を確認できてないからな。後、腹も減ってるのに、食いもんも持っちゃいない」
「あんた態度大きいわね。なに? 私の獲物を恵んで欲しいの?」
好みの焼き加減を見極めて、火から肉を遠ざけるとミルは顔を上げて、不遜な態度の人影に目を向ける。
「女の子? 声からして男の子かしら?」
目の前の小柄な少年を前に、ミルは警戒を緩める。
「こっち来なさいな。いいわよ。食べさせてあげる。今日の獲物はそこそこ大きかったからね」
丸腰に見えるが、万が一を警戒して調理用ナイフを手から離すことはしないが、悪意を全く感じない少年に、大きめに切った焼き肉を渡した。
「すまねぇな。さっさと用事済ませて、さっさと町に帰るつもりだったから、干し肉の一欠片も持ってこなかったからさ」
礼を言うが早いか? 少年は肉の塊にかぶりつき、一心不乱に頬張って食らい尽くす。
何かのお使いで森に入りこんな時間、野営の準備もなく、こんな所に一人でいるなんて、やっぱり迷子なのだろう。
ミルは大きめの溜め息を一つこぼして、どうしたものかと頭を悩ませた。
「あなたいくつ?」
こんな所に子供を一人、置いてけぼりにはしたくない。
けどクエストも早く終わらせたい。この状況はあまりに良くない展開だ。
「俺か? 先々月に15になったばかりだ」
自分から聞いておいて、その返事にミルは驚いた。
どう見てもまだ12歳か13歳といったところだが、まさか成人していたとは……。
「あんたはいくつだ。まぁ、もちろん成人はしてるんだろうが、そんな年寄りってこともないだろ?」
「女に年を聞くなんて失礼な坊やね。あんただって成人したばかりなんでしょ?」
「なんだ? 年も言えん位に上なのか? 意外だな」
「誰がよ! 私はまだ17歳よ。あんたの2コ上」
誕生日は半年後。本当はまだ16歳なのだが、それはさておき、この失礼な少年は、一体ミルのことを何歳だと思っていたのか?
「マジか!? こんなデカイのに、まだ発展途上とか」
「なっ!?」
確かに警戒はちょっと前から完全に解いていたが、あまりに一瞬の出来事で、ミルは自分の身に何が起こったのか、一瞬本当に分からなかった。
ミルは立ち上がり、いつの間に背中を取られたのかと、改めて少年に目掛けてナイフをかざした。左手は自分の胸元を押さえている。
「いきなりなんて事するのよ!? エロガキ!」
生まれて初めて人に揉まれた胸は、動悸を抑えられない。
「いい乳してるな。そのデカさで17歳かよ。一体どこまで大きくなるか楽しみだな」
両手を前に出し、少年はまだ残る感触を思い返すような仕草、その動く指を見て、背筋に悪寒が走るミルは深呼吸をした。
「あんた名前は?」
いくら気を抜いていたとは言え、こうも簡単に背中を取られるなんて、まだ納得がいかない。
「ウイック。ウイック=ラックワンドだ。なに? 俺に興味でも沸いたか?」
「興味は沸いたわよ。自分を過信する気はないけど、あんたの動きが只者ではないって、理解できるくらいには、自分を信じているもの」
「ただの小僧だよ。少しばかり人より多くの秘術が使えるだけの」
冒険者なら誰もが知っている。
秘術とは、術者の思念で大きな結果をもたらす、奇跡の力だと。
一つの術を覚えるだけでも、膨大な勉学と長い修練を必要とする力であると。
「いくつもとは大きく出たわね。でも成人したばかりの若さで秘術士を名乗れるなんて、すごいじゃない」
秘術を使えるという点は疑わない。でなければ、今の身のこなしを説明付けることができないからだ。
「おいおい、俺は名乗ったぜ。そっちはなんて言うんだよ?」
「そうね。名前くらいは教えてあげるわ。私はミレファール=フラレシュカよ」
「ミレファー……、ミルでいいか。よろしくなミル」
初めてあった瞬間から失礼だったが、ここに至ってはもう呆れる他ない。
別に名前を略されることに腹を立てたりはしないが、もうこれ以上関わりたくはない。それくらいには気を悪くしている。
「さぁ、もう食べ終わったんなら、どっか行きなさい。迷子じゃあないならもうここには用もないでしょ」
左手に魔物退治用の短剣を抜き、ミルは殺気を込めた目でウイックを威嚇した。
「ああ、ありがとさん。美味しかったよ。そんじゃあ、またなミル」
夜の森の暗闇に姿を消す少年。
まるで夢を見ていたかのような静けさが、森の中に取って返してきた。