16:女王陛下の発言が、思いも寄らぬ方を向く噺
女王との謁見も終え食堂へ。
ウイック達は客人として、丁重にもてなしを受けた。
ティーファ陛下は特にウイックとミルの冒険譚に興味を惹かれ、中でもウイックの使う秘術の数々に関心を注いだ。
「性転換をする術もあるのか? 今はもちろん精器転性の法で女体化しておろうが、その術を使えば、この場限りで男の姿になれるのか?」
食事を終え、デザートを前にこの場には今、謁見の間同様にウイック達三人と、ティーファ陛下に側近であるエレノアの五人だけになったところで、絶対に外には漏れてはならない話題を、女王が自ら持ち出した。
獣王の試練を勝ち抜いた男は、必ず女体化を受け入れさせられる。
そうでなければ、この世界にはやって来れない。故にごく一部の高官職以上の者しか、訪問者の中に男がいるかもしれない事を知らない。
そもそも試練を越えた訪問者がいたのは、遠い記憶の彼方なので、誰も知らないというのが正解なのだが。
「駄目です陛下!? そんなことをしたら、ウイックさんは男性としての機能を失ってしまいます」
男の姿が見たいという女王ティーファ。そんなことになって困るのは、ウイックの遺伝子を望んでいるイシュリー。
「そうか、残念だな。私としては、獣王以外の初めての外界人で、初めての男に対面できたのにな」
そう無茶も言えないと、消沈した面持ちながら、断念せざるを得ない事を了解する。
「そんな気にする事もないんじゃないか」
「ウイックさん!?」
ウイックの声が低くなっている。これにいち早く反応したのはイシュリーだった。
「そんな、なんで男性に戻っているんですか? あんなに約束したのに」
「悪いな。こんなハーレムみたいな世界に来たのに、いつまでも窮屈な呪術に締め付けられるのも嫌気がさしてきたからよ」
取り乱すイシュリーの後ろに回り込み、ウイックは彼女の胸を両手で鷲掴みする。
「ど、どどど、どういう事ですかウイックさん!」
今のウイックに男性の持つ性の欲求はないはず。
「精器転性だっけ? あの呪法を掻き消したからよ。俺は元の俺に戻ったってところだな」
「掻き消す? 一体どうやって……」
そんな前例を聞いたことはない。いや、そんな事実はあってはならない。それをそうさも当たり前のように言われても、簡単には受け入れられない。
「こういう術式は書き込む時に、使われている精霊の系統を読み取って、描かれた文様の形を覚えおくのさ」
ウイックの説明に興味津々で、この場の全員が前のめりになる。
「覚えた術式の形に、集中させた理力を文様通りに上書きすれば、理力が相殺してくれて消えてくれるのさ」
「精霊の系統を読むというのは、分からなくはないですけど、形はいつ覚えたんです? 私、お二人に見本図なんて、一度もお見せしてませんよね」
「描かれた時の背中の感覚を、そのまま覚えた」
人が背中に書いた文字を当てるなんて遊びを、子供の頃にした記憶があるが、簡単な文字であってもなかなか当てられない。
それを術式の文様なんて複雑な物を、事細かく読み取るだなんて、そんなこと本当にできるのだろうか?
「ウイックさん、そんなことまで知ってるんですね。でもやり方を知っていても、出来ませんよそんな事。規格外にもほどがあります」
規格外の男を伴侶にと考えるなら、これくらいは慣れないといけないのだろうけど、自然と溢れる溜め息は、今の気持ちを正直に表している。
「ほぉ、これが男の体という物か。確かに我々とは違うな」
頭の整理のつかないイシュリーは捨て置き、男の体のあちこちを触りまくる女王ティーファ。
その手が股間に差し掛かりそうになり、ウイックもそれは拒否した。
「なによ。あんただっていつも、遠慮なしに触ってくるんだから、少しくらい触らせてあげたら?」
「ミルてめぇ、ここぞとばかりだな」
言われていることに反論は出ないが、これ以上好きにさせてなるものかと、ウイックは“性換の秘術”を発動して女体に戻る。
「こほん、少し取り乱してしまったな。申し訳ない。それでちょうどいいのでついでになのだが、滞在中はその格好で居てもらえるか? 男の姿では混乱を招いてしまうのでな」
騒ぎを避けるための女体化を自ら解いてしまったウイック、精神力を費やすかもしれないが、独自に術をキープして、騒動を避けて貰わなくてはならない。
「とにかく今日はもうゆっくりさせて貰えないか? 割と朝からずっと全開状態で疲れも一入なんでな」
「分かった。皆には貴賓室を一部屋ずつ用意させているのでな。ゆっくりとしてくれ」
長い一日目を終え、それぞれに用意された客室に、クエスト攻略は後日改めて話し合うこととなった。