9:最後の試練に立ち向かう噺
一つ目の物よりも更に長い通路を抜け、さっきの部屋よりも広い空間に二人は出た。
これまでよりも高度な結界が、幾重にも張られている。
「なるほどな、空間拡張の術式が施されてるんだな、この部屋には?」
「空間拡張? そんな術があるの?」
「術じゃあねぇよ。この部屋はあちらこちらに術式を仕込んであるのさ。柱の模様だったり、天井に方陣を描いたりな」
「へぇ、そんな事ができるのね。あんたもできる?」
「俺は建築家じゃあねぇんだよ。作れそうな知り合いならいるけどよ」
「なぁんだ。宿屋の部屋が狭い時に、拡げてもらおうかって思ったのに」
「お前なぁ……」
『こほん!』
神殿の声は、二人がつまらない話をやめようとしない、間を割って入ってきた。
『よくも我がゴーレムを葬ってくれた。その報いは我が手で晴らそう』
部屋の中央に突然現れたのは、黄金の全身鎧を着た大柄な人型。
見た目通りなら、筋骨隆々の大男が入っているという感じだが、或いはまたゴーレムということもあり得る。
「ハッタリはいいから、早く出てこい」
ウイックの声に応えて、黄金鎧の後ろから出てきたのは、小柄な人影。
「女、の子?」
ノースリーブにホットパンツ、黄色を基調に赤の差し色が入ったシンプルなデザインだが、動きやすさで言えば、剣士のミルよりも快適だろう。
脛当てと手甲をしているが、どちらにもあのゴーレムと同じ、精霊石が埋め込まれている。
黒い髪の毛は肩胛骨の辺りまであり、項の辺りで一本に絞り、毛先を赤いリボンで蝶々結びにしている。
「まるで獣の尾だな」
そしてウイックの目が注がれたのは。
「小振りだがいい形だ。その感触、今すぐにでも確かめたい」
おわん型の二つのマシュマロを想像するウイックは、頸動脈に熱い痛みを覚える前に発動した、風の護符のお陰で怪我はない。
振り返りもせずに、投げられたナイフをミルに戻し、ウイックは最も特徴的な顔に目を向ける。
「獣をイメージしているのか、その仮面は?」
露出している二の腕や太股の肌の艶や質感から言って、かなり若いように思える。
「なるほど、ここは獣王の神殿だったんだな」
相手が付けている仮面には見覚えがあった。
「そう、そして私が現獣王だ」
変換されていた声が、可愛らしいものになった。
「獣王と言うことは、ビーストマスターの名を受け継ぐ者なんだな」
「ちょっとちょっと、ウイック」
「なんだよ?」
最後の審判者を前に、相手の正体に気付くウイックに、ミルが横槍を入れる。
「ごめん、ちょっと話が見えてこなくて」
「見えるも何もお前の情報だろう」
「そうだけどぉ~」
「ったく、言っておくが俺だって、お前が商人からもらった情報が、とんでもなく難易度の高い物だったって事が、分かっただけだからな」
戦いとなる流れのビーストマスターとは、世界最強の格闘術を極める者の一人だと言われている。
大刀を振り回すミルには、相性の悪い敵だと言えるだろう。
「大丈夫だ安心しろ。私が相手をするのは、そちらの秘術士の男だ」
「むっ、なんかまだよく分かってないけど、別に私がやってもいいわよ」
「張り合わなくたっていいって、今は。ここは向こうのテリトリーなんだから、指名権は向こうに預けるべきだろ」
それはもちろんウイックの言う通りなのだが、なんか面白くない。
しかしここまで来て、失格にでもされたら、堪ったもんじゃあない。
「むむむっ、……勝てるんでしょうね?」
「任せとけ!」
「じゃあ、譲ってあげる。負けたら今後あんたは私の下僕だからね」
ミルは口をへの字に曲げながらも、ここは大人しく引き下がることにした。
「だがよビーストマスター。なんで俺を指名する。大技を封じられた秘術士と格闘家じゃあ、あまりにもこちらに分が悪すぎるじゃあねぇか?」
「お前は強い。ハンデを背負って尚も強いだろう。だからそれを見極める。それが私の使命だから」
対ゴーレム戦を観た上での評価だろうが、その口振りからして、勝つ自信も得たようだ。
ビーストマスターが構える。
「いつでもいいぞ秘術士、先手を譲ってやろう」
「なんだかんだでハンデをくれるか。有難く俺から攻めさせてもらおう」
ミルが後ろに下がり、ウイックは軽く頭を掻きむしり、間を置かず攻撃方法を決める。
「“風刃の秘術”」
ウイックは風の刃を生み出し飛ばした。
そして対戦は呆気なく終わる。
「はうぅぅぅ、あんまりです」
風を躱し、一気に距離を詰めようとしたビーストマスターだったが、その勢いを利用され、ウイックが張った罠にまんまと飛び込んでしまう。
眼前に突如現れた赤く大きな火球。
獣王は難なく避けることができた。はずだった。
まさかあの一瞬で、あの大きさの火球が右にも左にも、上にも下にも更には後ろにも出現するとは。
勢いを殺さず曲がることは出来た。けれど止まることは出来ず、自ら右手の火球の中に飛び込むこととなった。
ビーストマスターを飲み込んだ炎は、色濃い深紅へと変色し、堅い外郭を持った牢獄となって敵を閉じ込めた。
少女は“炎獄の秘術”によって、程よく焼かれてしまう。
「熱い、ダメ、許して、焼け死んじゃう、参りました。参りましたからぁ!?」
ビーストマスターは、あっさりと降参を認めた。
「大秘術を封じたつもりだったのかもしれんが、小さな術でもやりようなんていくらでもあるからな。お前さんは俺を嘗めすぎたんだよ」
いや、ビーストマスターには、男を嘗めてかかる暇もなかった。
焦がされた体を、敵である秘術士に癒してもらいながら、獣王は改めて負けを認めた。




