白ずきん
テンションについていけない方や、途中で合わないと感じた方は、それ以上読まないことをおすすめします。
あるところに、とても可愛らしい女の子がいました。女の子は、いつもおばあさんがくれた白いずきんをかぶっていたので、「白ずきん」と呼ばれていました。
ある日、お母さんは、白ずきんに言いました。
「森に住んでいるおばあさんが、風邪をひいて寝込んでいるの。お見舞いに、このパンとワイン(ぶどう酒)を届けてちょうだい。危ないから、絶対に寄り道してはだめよ。それから、おばあさんにずきんのお礼も言いなさいね」
お母さんは、そう言って白ずきんにバスケットを渡しました。
「はーい、いってきまーす!」
白ずきんは元気に返事をすると、出かけていきました。
◇ ◇ ◇
「全く、人使いが荒いわ、母親。それに、好きでずきんかぶってるんじゃないわよ」
森の中に入って、人気がなくなったことを十分に確認すると、白ずきんは本音を漏らし始めました。普段は取り繕っていますが、素はこうなのです。
「――耳障りよっ!!」
今日は一段と不機嫌だったのか、白ずきんは、道に転がっていた小石を拾うと、少女らしからぬ勢いで、木にとまっていた青い鳥目がけて投げ付けました。
間一髪でそれを避けた青い鳥は、空へと飛び立ち、見えなくなりました。
白ずきんは、道端の花を一瞥して言いました。
「花でも摘んでいくのが普通なんでしょうけど、あの人ウザくて嫌いだし、時間の無駄以外の何物でもないから止めましょう」
何であんなヤツに、とかぶつぶつ言いながら、白ずきんは森の奥へと歩いて行きました。
しばらくして、白ずきんは、前方の木の陰に隠れてこちらをうかがっている、あからさまに怪しいオオカミを見付けました。
――何アレ、あれで隠れてるつもりなの? アホと言うか、救いようのない大バカね。無視するに限るわ。
シカトを決め込んだ白ずきんが木の前を通り過ぎると、後ろでオオカミが動く気配がしました。
――背後から襲おうって言うのね。……いいわ。
白ずきんは、さっと振り向きました。そして、きょとん、とオオカミを見上げます。
「へっ!? あ……いやぁ……そのぅ……」
オオカミは、両手を挙げた格好のまま、言い訳に困っていました。そして、
「え……っと、……い、いいお天気だなぁ、ところで、お嬢ちゃんはこんな森の中に何をしに来たんだい?」
と、相当無理のある話題転換をしました。
――うわっ、何コイツ。もっとましな事言えないの?
残念な中身は全く感じさせず、白ずきんは言いました。
「『お嬢ちゃん』じゃなくて、白ずきんよ。風邪をひいちゃったおばあさんの家に、パンとぶどう酒を届けに行くの。オオカミさんは、何でそんな格好してるの?」
オオカミは、気まずそうな顔をして数秒考えた後に、急にラジオ体操を始めました。
「た、体操をしてたんだよ。か、体が……な、鈍っちゃうからね」
――引くわ……さっさとどっかに行かないかしら。
「ふーん?」
白ずきんが納得したと思ったオオカミは、ほっとした様子を全て顔に出しながら、白ずきんに言いました。
「そう言えばさっき、おばあさんが風邪をひいたと言ってたよね? それなら、そこに生えている花を摘んでいってあげたらどうだい? きっとすぐに風邪も治っちゃうよ」
――面倒なこと提案して……私を待ち伏せして食べようってのね。……見てなさい。
「そうね、きっと喜ぶわ! ありがとう、オオカミさん! 頭いいのね」
――どこがよ! バカ以外の何者でもないでしょう!? バカにだけは「ありがとう」なんて言いたくなかったわ……殺ってやる
にっこりと笑い、花を摘み始めた白ずきんを確かめると、オオカミは、森の奥に足早で駆けて行きました。
―――ひゅんっ
その横を、何かが物凄い勢いで通過しました。
「……ん?」
オオカミは振り向きましたが、白ずきんがせっせと花を摘んでいるだけでした。
「……気のせいか」
そう言って再び走り出したオオカミが、白ずきんの持っている銃に気付くことはありませんでした。
◇ ◇ ◇
森の奥の小さな家を見つけたオオカミは、窓から、中で寝ているのがおばあさんであることを確かめました。そして、ドアの前に立つと、ノックをして、白ずきんとは似ても似つかない裏声で言いました。
「おばあさん、こんにちは。白ずきんよ。パンとぶどう酒を持ってきたの」
しかし、耳の遠いおばあさんは、その声を白ずきんだと思いました。そして、
「ありがとう、白ずきん。よく来たねぇ。開いているから入っておいで」
と言いました。
オオカミは、すごい勢いでドアを開けると、寝込んでいたおばあさんをペロリと食べてしまいました。
そして、おばあさんの服を着ると、ベッドに潜り込みました。
◇ ◇ ◇
少しして、白ずきんがおばあさんの家に着きました。
白ずきんは、窓の一つが鼻の形に湿り、ドアの蝶番が壊れているのを見付けました。
――窓であの人がいるのを確かめて、入る時に勢い余ってドアを壊した……ってところかしら。
「……どこまで面倒に巻き込んでくれたら気が済むのよ」
不機嫌極まりない顔で、中に居るのがオオカミなのを確かめ、白ずきんは外れかかったドアをノックしました。
「おばあさん、こんにちは。白ずきんよ。パンとぶどう酒を持ってきたの」
オオカミは、小さくガッツポーズをして、おばあさんが言ったようにいいました。
「ありがとう、白ずきん。よく来たねぇ。開いているから入っておいで」
中に入った白ずきんは、オオカミを見ました。
――気色悪っ! 似合わないったらないわ。
そして、営業スマイルで言いました。
「おばあさん、大丈夫? 熱はある? 痛くない?」
オオカミは答えました。
「ええ、大丈夫だよ。それより、もっとよく顔を見せておくれ」
――近寄れって言うの!? 冗談じゃない! こっちはそのキモさに吐き気がしてるって言うのに!
近付いた白ずきんは、オオカミに言いました。
「おばあさんのお耳は、何でそんなに長いの?」
オオカミは答えます。
「それは、白ずきんの声がよく聞こえるように、通販で、二十三万九千八百円の長耳型補聴器を買ったからだよ」
――何よ、その言い訳。宴会芸にでも使う道具みたいじゃない。と言うか、法外な値段は絶対詐欺だわ。
白ずきんは、また言いました。
「ねぇ、おばあさん。おばあさんのお鼻は、何でそんなに大きいの?」
オオカミは答えます。
「これはね、白ずきんに風邪をうつさないための、特別仕様のマスクなんだよ」
――漫才やってるような気になるのは、私の思い違いかしら……?
また、白ずきんは言いました。
「おばあさんのおく――」
オオカミは、身構えました。「それはね……お前を食べるためさっ!」と言い、飛びかかろうと思ったのです。
――そうはさせないわ。
「――お薬は、どこのお医者さんにもらったの? ヤブ医者じゃなかったの? ジェ○リックなの!?」
「それはお前を食――へ?」
勢いよく飛びかかろうとしたオオカミは、何とも間の抜けた声を出しました。
――ざまぁみろだわ。
「……? どうしたの、おばあさん」
内心勝ち誇り、白ずきんは言いました。
「え、……あ、ええ、何でもないのよ」
と、オオカミは言いました。
「そう? きっとまだ風邪がよくなっていないのね。もう帰ります。早くよくなってね、おばあさん」
そう捲くし立てると、白ずきんは帰ろうとしました。
――ザマないわ、一生そこで寝てればいいのよ。
それを見たオオカミは、急に腹が立ってきました。白ずきんにやり込められたことには気付いていないものの、自分の考えていた通りにいかず、気に入らなかったのです。
「――ガウッ!!」
オオカミは勢いよく跳ね上がり、白ずきんに飛びかかりました。
「えっ、何――」
少し油断していた白ずきんは、オオカミに一口で食べられてしまいました。それに満足したオオカミは、ベッドに横になり、すぐにいびきをかき始めました。
しばらくして、オオカミのお腹の中から、カチリ、という音がしました。
―――パンッ!!
◇ ◇ ◇
―――パァンッ!
狩人は、獲物の青い鳥が逃げていった方へと、ライフルを撃ちました。
「……逃がしたか」
確認に行きましたが、残念ながら、仕留めることは出来ませんでした。
青い鳥を追って、その方向に進んで行くと、小さな家がありました。そこは、狩人の知り合いであるおばあさんの家でした。
「ぐがぁ〜、ぐうぉ〜」
「――何だ?」
その家から大きないびきが聞こえてきて、狩人は首を捻りました。おばあさんが、間違ってもそんないびきをかくはずがありません。
狩人は、おばあさんの家のドアを静かに開けました。
「こ、こいつは!」
そこで寝ていたのは、おばあさんではなくて、オオカミでした。この辺りでは有名な人食いオオカミです。
撃ち殺そうとライフルを構えた狩人は、既にオオカミのお腹に、撃たれた痕があることに気が付きました。
――ま、まさか、俺の撃った弾が……
辺りを見回した狩人の目に、割れた窓ガラスが見えました。寝相の悪いオオカミが、つい先程壊したものです。
そして狩人は、中に誰かが入っているのではと、オオカミのお腹を鋏で切り開きました。すると、どうでしょう。中から白ずきんと、おばあさんが出てきたのです。
三人は相談して、オオカミのお腹に石を詰めて縫い合わせよう、と言う狩人の案を実行することにしました。
さっそく、石集めです。
――オオカミ……見てなさい!
白ずきんは、大急ぎで出て行くと、生石灰を大量に運んで来ました。
「狩人さん、砂も入れていい? 石は重くて持ってこられなかったの」
狩人にはそう言い訳をしておきました。
オオカミのお腹に、石と生石灰を詰めて縫い合わせると、三人は外に出て様子を伺いました。
◇ ◇ ◇
「ふわぁぁ〜」
しばらくして、オオカミは目を覚ましました。何だかとても喉が渇いていて、オオカミは川で水を飲もうと、半分寝ぼけながら外に出ました。
川に落ちることなく水を飲んだオオカミは、もうひと寝入りしようと、川に背を向けて、帰ろうとしました。
……と。
「熱っ!」
オオカミは、自分のお腹が熱くなっていることに気が付きました。お腹の熱は、次第に上がっていきます。
「熱っ! な、何だこの熱さはっ! あ、熱い! うわぁー……」
遠くから見ていた三人の前で、オオカミは川に飛び込んで、見えなくなりました。
「……失敗したかと思ったが、どうにか成功したみたいだな」
――いい気味よ。
そう言って安堵する狩人の横で、白ずきんは、気づかれないように、にやりと笑っていました。
◇ ◇ ◇
「あーあ、帰ったらシャワー浴びなきゃ。全く、汚いったらありゃしない」
狩人とおばあさんと別れた帰り道。森の入り口辺りで、白ずきんはそう呟きながら帰っていきました。
―めでたし、めでたし(?)―
※良い子はまねしないでください。