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「タカキ、今日珍しくバイト無いんだろう。何処か寄って帰ろうぜ?」
ナイトの誘いに、タカキは、コクンと頷いた。
「久しぶりだよな。何処行く?」
「ナイトは?」
「うーん、堅苦しくないところなら、どこでも」
「お疲れ様」
ナイトは、連日、会食に付き合わされていたせいで、大分ストレスが溜まっていた。
相変わらずニコニコしているけれど、その顔の端々には、疲れが見えている。
「タカキは、ショッピングあまりしないからな。何か、甘いものでも食べに行くか?」
その一言に、ピクリと、タカキの耳が動く。
タカキは、食べることが大好きなのだ。
「行きたい」
「そっか! じゃあ、美味しい店検索しないとな!」
タカキとナイトが二人で、この後のスケジュールについて相談し合っていると、後ろから大きな声で、呼びとめられた。
「じゃあ、この間、オープンした店とか、ど……」
「ちょっと、ナイト! アンタ、ちょうど良かった! ツラ貸しなさい!」
「は?! げっ、ミキ!」
「げって、何よ!」
ナイトが振り向くと、そこには、一人の美少女が立っていた。
タカキは、ぱちくりと瞬きをする。
「なんで、ミキがここにいるんだよ」
「仕事に決まってるでしょ!」
セーラー服、美少女、黒髪、目がぱっちり!
な女の子が現れれば、誰もが振り返ることだろう。
現に、道を行き交う人達が、立ち止まって、こちらを見ている。
「ナイトの知り合い?」
「あー……従姉妹、」
苦々しい顔で、ナイトはそう言った。
ミキは、強い力で、ナイトの腕を引っ張る。
だが、ナイトは、それに珍しく抵抗した。
「いいから、来なさい! 急いでいるのよ!」
「待てよ! 俺、今、友達連れてるんだって……!」
「友達〜〜〜?!」
ミキは、タカキをギロッと睨んだ。
タカキは、何となく背筋を伸ばした。
その場に、緊張した空気が走る。
ミキは、タカキのことを上から下まで眺めながら、腕を組んだ。
そして、ジトッとした目で、タカキを見ながら言った。
「……じゃあ、お友達も一緒に」
ミキの言葉に、タカキとナイトは、キョトンと目を見開いた。
「は?」
「?」
返事をする間も無く、二人とも服を掴まれ、強制連行される。
ナイトが抗議していたけど、彼女は聞く耳を持たなかった。
***
「キャノさ~ん、連れて来ました〜〜!」
「おぉ、イケメンねぇ! 流石は、ミキチーの親戚ちゃん!」
「あの、これは、何かの撮影ですか?」
ナイトが尋ねると、カメラマンのキャノさんは、ニコリと笑って答えた。
「そうなのよ〜! 君、ミキチーの従兄弟なんだって? ちょっとしたスナップ写真だと思って、協力してくれないかしら?」
「そう言われても……」
「頼むわよ、二、三枚でいいの!」
胡散臭いサングラスをかけた怪しいおじさんだが、こう見えて、キャノさんは、売れっ子のカメラマンだった。
「ナイト、早く! 撮影、おしてるのよ!」
「ミキ、だから、俺は……っ!」
「つべこべ言わない!」
ナイトは、普段ならば、こういう話に乗るタイプだが、今回はタカキがいる。
タカキを待たせるなんて、ナイトには考えられなかった。
何とか穏便に断われないかと考えていた、その時。
タカキが、ナイトの肩を掴んだ。
「俺、待ってる」
「タカキ……っ」
「ミキちゃん、困ってるんでしょ」
「だけど、……いいのか?」
「うん。終わるまで、ここにいる」
タカキの言葉に、ナイトがグルグルと頭を悩ませていると、キャノさんが二人に近づいてきて言った。
「ん~~、よく見たら、こっちの少年も可愛い顔してるじゃない~?」
「……?」
「あ、じゃあ、そっちの彼も一緒に、「タカキは、こういうの苦手なんで!」」
キャノさんの言葉を遮って、ナイトがタカキの前に出た。
まるで、ボディーガードだ。
キャノさんは、残念そうな顔をしながらも、頷いた。
「あらそぉ? 勿体無いわぁ。磨けば光る原石のようなのに。気が向いたら、撮らせてね!」
ナイトは、キャノさんがあっさり引き下がってくれた事に、ホッと溜息を吐いた。
「で、ナイトくんは、撮らせてくれるの?」
「数枚で、お願いします……」
「OK!!」
キャノさんは、撮影が始まると、急に真剣になった。
おねぇ口調だったのが、すっかり、男言葉に変わっている。
結局、数枚と言っていたはずが、何十枚も撮らされる羽目になった。
一方で、タカキは、少し離れたところから、ナイトたちの撮影現場を見ていた。
道行く人たちが、チラチラと二人を見ている。
そんな中、近くを通った女子高生たちが、キャッキャッと話している会話が聞こえてきた。
「見て見て、アレ! 何かの撮影してるよ!」
「嘘!? カリスマモデルのミキチーじゃない?!」
「めっちゃ、可愛い〜〜〜〜!!!!」
「あんな風になりたいよね~~~!」
女の子達は、羨ましそうな目で、ミキのことを見ていた。
「あ~、ミキチーがつけてるイヤリング、私も欲しいなぁ~」
「でも、あんな派手なデザイン、庶民の私たちには、似合わないよね」
「知ってる? ミキチーって、すっごい、お金持ちらしいよ!」
「あんな派手なイヤリングが似合うなんて、さっすが、ミキチー! 美人で、お金持ちだなんて、まさにカリスマだよね~!」
ミキの耳元で揺れている、大きな宝石のような形をしたイヤリングに意識を向ける。
そのイヤリングを見て、タカキは、ライトを思い出した。
踊り子のような、あの戦闘服には、たくさんの宝石がつけられていたからだ。
「ライト……、」
金色のパラサイトの一件で、相当な力を使ったせいか、ライトはあれから姿を見せていなかった。
夢の中でも、タカキに話しかけてくることはない。
ライトが反応しなければ、指輪もただのアクセサリー同然だ。
「大丈夫かな」
タカキは、ライトの身を心配していた。
指輪の宝石の部分を、指先で優しく撫でる。
「……次は、あまり無理させないようにしないと」
指輪を見つめながら、タカキは、静かにそう呟いた。
その時。
向こう側から、疲れ果てたナイトが戻ってきた。
「お、わっ、た……」
「お疲れ様、」
「ありがとう、待たせてごめんな、タカキ」
「全然。見てて、楽しかった」
「なら、いいけど、」
結局、撮影が終わったのは、それから30分後のことだった。
申し訳なさそうに謝るナイトを見て、タカキは、首を横に振る。
まだ、撮影を続けているミキを眺めながら、タカキは、ぽつりと呟いた。
「あの子、モデルなんだ、」
「読者モデルってやつだよ」
「凄いね」
「仕事してるって意味でなら、タカキも同じだろう」
「仕事してるのもそうだけど、彼女、全然雰囲気が違う」
「あぁ、裏表が激しい奴なんだよ」
「仕事の切り替えができるなんて、プロ意識が高い証拠だ」
タカキの言葉に、ナイトは、ムッと眉を寄せた。
「……随分と、褒めるんだな」
「ナイト?」
「タカキは、ミキみたいなのが、好みなのか?」
「え、」
「何それ、迷惑」
タカキがナイトを見上げた、その時。
撮影の休憩に入ったミキが、突然、顔を出した。
「言っておくけど、ナイトの友達だからって、連絡先教えたりしないからね」
「コラ! ミキ! お前の都合でタカキを待たせておきながら、その態度は、なんだ!」
「だって、男って、超面倒なんだもん。いちいちLINEのID教えてとか、電話するから番号教えてとか。こっちは、暇じゃないんだっつーの」
長い黒髪を靡かせ、さっきの撮影の時とは、打って変わって不機嫌そうな顔をしているミキを見て、タカキは首を傾げた。
「もう帰っていいわよ、ナイト」
「言われなくても、帰るよ」
「あなたも」
「俺?」
「ん、」
ミキは、タカキに向かって、一粒の飴を投げた。
タカキは、その飴を片手でキャッチする。
それは、のど飴だった。
「じゃあ、私、まだ撮影があるから」
そう言って、彼女は、一瞬でモデルの顔に戻っていった。
笑顔が、とても輝いている。
そんなミキの態度の変化に、ナイトは、やれやれと溜息を吐いた。
「ごめんな、タカキ」
「何が?」
撮影に戻った彼女の姿を見ながら、タカキは、貰ったのど飴を口に入れた。
「凄く、真剣な顔してる」
「あぁ、ミキは、仕事人間なんだ。モデルも中途半端にやりたくないからって、凄く頑張っているのは、知ってる。でも、タカキに対するあの態度は、改めるべきだ」
ナイトは、そう言うが、タカキは少しも気にしてはいなかった。
むしろ、彼女のことを、とてもいい子だと思っていた。
「ミキちゃん、少しナイトに似てる」
「どこが?! あ、裏表が激しいところか……?」
「いや、責任感が強いところ」
「?!」
タカキのその発言に、ナイトは複雑そうな顔をした。
そんなナイトを見て、タカキはクスリと笑う。
「夕飯、食べに行こ」
「……そうだな、」
◇◇◇
その日の夜。
「あー、撮影終わった! それにしても、ナイトのやつ~、あんなに渋ることないじゃないのよ! もう! お陰で、すっかり遅く……ん?」
ミキが一人で文句を言いながら帰っていると、道端で光る石を見つけた。
「何よ、これ……変な形」
何の躊躇いもなく、ミキは、その石を拾い上げた。
「うわ、きったない石。……でも、光ってる?」
光の反射のせいかと思ったが、今は、すっかり太陽が沈んでいる時間帯だった。
拾い上げてはみたけれど、実際は泥だらけの石で、お世辞にも綺麗とは言えない。
ミキは、眉を寄せた。
「……気のせいかしら」
何で光って見えたのかは、わからなかったが、ミキは、何となく、その石を持ち帰ることにした。
***
「……よしっと、なんだ、綺麗になるんじゃん!」
家に帰って、水で洗い、布で綺麗に拭くと、見違えるほどに、石は輝きを取り戻した。
紫色の鉱物は、キラキラと光っている。
それを見ながら、ミキはニコニコと笑顔を浮かべた。
「あんた、私とちょっと似てるかもね」
そう一人で呟いて、ミキは、それを小さな巾着袋の中に入れた。
「御守り、御守り!」
ミキは、その後。
どこへ行くにも、そのお守りを持ち歩くようになったのだった。
◇◇◇
撮影の日から、三日が過ぎた。
金曜日の夕方。
タカキは、再び、コーブツの家を訪れていた。
「コーブツ、」
「また、テメーか。チッ」
「これ、今日の夕飯と、今月発行の論文冊子」
タカキが、持ってきたものを見せると、コーブツはバンバンっと、机を叩きながら言った。
「貸せ、置け、帰れ」
タカキは、コーブツの横暴な態度にも平然と対応した。
言われた通り、机に夕飯と冊子を置く。
いつもなら、そのまま帰ろうとするが、今日は、そこで足を止めた。
「あ? 何、座ってやがる」
「この間、隕石の展示会があったの知ってた?」
「金色のパラサイトだろ」
「コーブツ、行った?」
「行ってない」
「興味ない?」
「興味が全く無いわけじゃない。けど、求めているジャンルが違う」
「ジャンル?」
「週刊漫画雑誌が好きで買っていても、自分の今読みたいジャンルじゃなければ、読まずに飛ばしたりするだろ。それと同じだ」
「コーブツ……週刊漫画雑誌、読むの?」
「例え話だ。シネ」
コーブツの言葉に、タカキは天井を見上げた。
「隕石、鉱物……か」
「今日は、よく喋るな。お前」
「コーブツは、鉱物のどこが好き?」
「は?」
「鉱物って、どんな存在?」
「脈絡がねぇ質問だな」
「最近、ちょっと鉱物と関わる機会が多くて、」
「鉱物と関わる機会って何だよ。道端に落ちてる鉱物でも拾ったのか?」
「……そんなところ」
「どこが好きって、そんな抽象的な質問に答えて、何になる。鉱物の美しさや素晴らしさなんて、言葉じゃ表現できねーよ。舐めてんのか、テメーは」
「そっか、ごめん」
タカキは、その答えを聞いて納得した。
安易に答えを知ろうとしたことを反省していた、その時。
コーブツが、真面目な声で言った。
「ただ、俺の未来、全部あげても微塵の後悔もない。それだけだ」
「……そっか」
その言葉に、全てが込められていた。
コーブツは、鉱物を愛している。
それこそ、揺るぎない愛だ。
「タカキ」
コーブツは、タカキの口にお菓子を突っ込んだ。
もごもご、とそれを食べながら、タカキは目を開かせる。
「チョコだ」
「ケッ」
それは、タカキの好物だった。
「さっさと帰れ」
「次、再来週になる」
「もう、来んな」
「瞳さんに、宜しく」
「シネ」
コーブツに追い出され、タカキは、コーブツの家を後にした。
夜空を見上げながら、丸くなった月を眺める。
コーブツは、相変わらずの返事しかしなかったけれど、タカキの中で、一つ考えがまとまった。
「……微塵の後悔もないか」
その通りだと、タカキは静かに頷いたのだった。