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窓ガラスに映る自分の姿に、タカキは少なからず驚いていた。
どこから、どう見ても、女の子だ。
タカキは、自分の手を開いたり閉じたりしながら、身体の感覚を確かめた。
身長は、殆ど変わっていない。
変わっていたのは、それ以外の部分だった。
「重い……」
タカキは自分の胸を見下ろしながら、呟いた。
見慣れない膨らみが二つ。
ずっしりと、自分の胸元にくっついている。
たゆん、たゆんと揺れるそれは、紛れもないおっぱいだった。
「大きい」
そして、タカキは恐る恐る、その下へと視線を移した。
「……軽い」
今まで自分についていたものが無くなっているのが、わかった。
喉仏は消え、声はほんの少しだけ高くなっている。
髪は腰まで伸びていて、ふわふわのパーマがかかっていた。
「夢で会ったライトと似てる……」
《融合したからよ》
ライトの声が直接タカキの脳に響いてくる。
《ごめんなさい、黙ってて。言ったら、嫌がるかと思ったの》
「意識は、俺のままなんだ?」
《あくまでも乗っ取るわけじゃなく、融合しただけだからね。身体は、変わっているけれど、全てのパーツが私になったわけじゃないわ》
「確かに。顔は、殆ど俺のままだ」
タカキは、窓ガラスに映る自分の姿を眺めた。
眉は太く、吊り上っている。
瞳の色も、目の形も、タカキのままだ。
タカキに、もし双子の妹がいたなら、こんな顔をしていたのかもしれない。
「アクセサリー多い……」
《戦闘の装備よ。それらの一つ一つに鉱物の力がこめられているの。敵の攻撃から、タカキを守るための大事なアイテムよ》
「兜とか、鎧と同じってこと? それなら、着けといた方がいいか」
《絶対、外さないでね!》
戦士というくらいだから、鎧のようなものを想像していたタカキだったが、実際は、全然違っていた。
頭にも、耳にも、首にも、腕にも、たくさんの宝石がかかっている。
肩も腹も露出しているこの服は、戦闘服というよりは、衣装に近かった。
「踊り子みたいだ」
《踊り子?》
「装飾をたくさんつけて、踊る美しい女性たちのことだよ」
《美しいだなんて、そんな、》
「ウゴォォォォオ!!」
タカキの言葉に、ライトが頬を染めていると、いきなり鬼紅石が唸り声をあげた。
その声を聞いて、自分たちが置かれている状況を思い出す。
《忘れてた、》
「完全に怒ってるな」
いきなり、拳を振り上げて、攻撃をしてきたので、タカキは慌ててそれを避ける。
鬼紅石から逃げながら、タカキは攻撃するタイミングを狙っていた。
《その身体に慣れるのには、時間がかかるわ! とにかく今は、武器で、何とかあいつを倒しましょう!》
「武器?」
タカキは、ライトの言葉に耳を傾ける。
《武器の出し方を教えるから、このまま、上手く避け続けて!》
「戦ってもいいってことだよね?」
《戦わないと死んじゃうでしょ! 攻撃されそうになったら、どうにかして逃げるのよ!》
「大丈夫」
《大丈夫って、何が?!》
「俺、死なないから」
《……へ?》
ライトの言葉に、タカキは、足を止めた。
振り返って、瞳孔を開かせる。
タカキは、あろうことか、鬼紅石に真正面から向かって行った。
《やめてっ! 武器も持たない人間が、戦えるはず……っ!》
ライトが叫んだ時には、タカキは、鬼紅石の目の前まで来ていた。
足に力を込めて、射抜くような眼力で、相手を睨みつける。
鬼紅石の振り下ろしてきた拳を避けながら、タカキは呟いた。
「アズマ 神月一心流」
「なっ」
「女郎花――!」
鬼紅石の叫び声が響く。
タカキの、会心の一撃が、鬼紅石の身体を砕いたのだ。
粉々に砕けた鉱物が、床に散らばる。
「な、なんだ、その力は……!」
鬼紅石がよろめくと、タカキは、すかさず、次の構えの姿勢をとった。
戦いは、まだ、終わっていない。
ライトは、タカキの意識の中で、ポカンと口を開けていた。
《ど、どういうこと……》
「俺の大丈夫は、絶対大丈夫だ」
《タカキ……?》
「ライトの言う通り、防御力は、この服のお陰で上がってるみたいだから、遠慮なくやらせてもらうぞ」
《え、ちょっ、待って!》
「待たない」
《武器は?!》
タカキは、ライトの言葉を無視して、次の攻撃を仕掛けた。
意識の中で、ライトは、思わず膝をつく。
《に、人間って、何者なの?!》
タカキは、鬼紅石の攻撃を避けながら、相手に打撃を与えていく。
果敢に敵に立ち向かって行く その姿は、まさに戦士だった。
激しい戦いが続く。
ライトは、完璧に置いてきぼりにされていた。
「この、調子に乗るなよ……人間如きが!!」
鬼紅石は、鉱物のエネルギーを一点に集中させた。
とてつもない波動の塊が生まれる。
「……これが、鉱物の力か」
《アレを食らったら、ひとたまりも無いわ! 逃げて!》
「わかった」
この時、タカキは初めて、ライトの言う事を聞いた。
そして、鬼紅石の視界から、タカキが消える。
「アイツ、一体どこに!」
「ここだよ」
「な! 上、だと!?」
「アズマ 神月一心流……」
タカキは、全神経を集中させた。
そして、鉄槌のように、鬼紅石の頭に攻撃を落とす。
「――山査子ッ!」
「ぐぁっ!」
《嘘ぉ?!》
呻き声を上げて、鬼紅石が崩れて行く。
タカキの攻撃を受け、鬼紅石は、身体中の光を失った。
鉱物としてのエネルギーが消えていき、ただの隕石へと戻っていく。
それを眺めながら、タカキは、やれやれと汗を拭いた。
「勝てたよ」
《し……信じられない、》
「ミネラル戦士って、凄いな」
《凄いのは、タカキよ! なんで、そんなに強いの?! 武器を使わずに、ドローンの手下に勝つなんて、信じられないわ! 一体、どこで、そんな力を……!》
「昔、学校で習った」
《何よ、それぇ! 真面目に答えて!》
タカキは、ただの隕石に戻った鬼紅石を持ち上げて、元の場所に戻した。
もう、日が昇ろうとしている。
ライトが驚いている中、タカキは自分の身体を見ながら言った。
「そういえば、俺、武器出せるんだっけ」
タカキの質問に、ライトは、ハッと顔をあげて言った。
《出せるわよ! まず、右手が攻撃、左手が護りだということをおぼえておいて!》
「うん」
《攻撃をする時には、“ミネラル・レコード”と唱えれば、右手の近くに剣が現れるわ。ミネラル・ソードと言うの。その剣をキャッチして戦うのよ。剣には、鉱物の力が込められているから、普通に切りつけるだけでも、相当な威力があるはず。攻撃力を高めたい時には、自分の体に流れているミネラルの力を、剣の柄にある宝石の部分溜め込むイメージをして。宝石が赤色に反応したら、剣の刃の部分にエネルギーが集中している証拠よ。溜め込むのには、私たちでも少し時間がかかるから、敵からの攻撃を直に受けている時には、あまりオススメできないわ》
「なるほど」
《それと、左手を前にして、“クレモス”と唱えれば、見えないバリアが貼られるから、やって見て》
「クレモス」
タカキが唱えると、目の前に透明なバリアが貼られた。
「おぉ、便利」
《大抵の攻撃なら、これで回避できるわ。ただ、氷とは相性が悪いから気を付けるのよ》
「氷の鉱物の力ってこと?」
《えぇ、氷が相手だと、バリアを固められて粉々に割られてしまうから意味がないの》
「わかった」
タカキが頷くと、ライトは、自らの脳内にある映像をタカキと共有した。
《鉱物には、その鉱物によって、戦い方の特徴があるの。水に強い鉱物、火や雷に特化した鉱物、私のように、光のエネルギーを集める鉱物もいるわ》
「ライトは、光のエネルギーを集めるんだ」
《そうよ。でも、実際は、まだまだ未熟で、剣の力を借りて、相手を倒すことの方が多いの。私がこの力を使いこなせていれば、きっと、ミネラル星も守れたのに》
ライトがショボンと落ち込むと、タカキは、ぽりぽりと頬をかきながら、言った。
「ライトは、十分強いよ」
《タカキが、それを言わないで!》
「なんで?」
《なんでって、私、本当にびっくりしたのよ?! 確かに、ちょっと運動神経が良さそうな人間だとは思ってたけど、まさか、最初からここまで動けるなんて》
本来なら、融合してすぐは、身体が上手く反応しないらしい。
今まで生きてきた身体とは、違う器に入るのだから、違和感を感じて当然だ。
けれども、タカキは、完璧にこの身体を使いこなしていた。
「そう? 結構、動きにくかったよ」
《あれで?!》
「慣れたら、多分、もっと動けると思う」
《はぁ……末恐ろしいわ》
ライトは、タカキの言葉に溜め息を吐いた。
「次からは、この武器も使うよ」
《そうしてちょうだい! 後は、ミネラル・ソードを使った技についてだけど、それに関しては、タカキが眠っている時に教えるわ。夢の中なら、身体が二つあるから教えやすいし、タカキの身体はしっかり眠っているから、肉体的には、疲れを感じることは無いはずよ》
「俺は、いつでもいいよ。今日戦ってみて、どんな感じなのかわかったし。自主トレとかしとこうか?」
《無理したらダメ! と言うか、本当に何者なの? もしかして、宇宙人?》
「ただの、地球人だよ」
《絶対、嘘!》
ライトの言葉に、タカキはクスクスと笑った。
それを見て、ライトもタカキの意識の中で笑う。
その時、ガクンっと、ライトの身体から力が抜けた。
《おっとっと、……そろそろ、私の意識が切れる頃だわ》
「長くは、交信できないんだっけ」
《ごめんなさい、まだ、力が弱くて》
「謝る必要ないよ。ゆっくり休んで」
《ありがとう、タカキ。それじゃあ、変身を解くわね》
「うん、」
ライトの意識が切れると同時に、タカキの身体が光に包まれた。
骨格が変わり、服も消えていく。
タカキが元の姿に戻ると、指輪も元通りになっていた。
「ライト……」
話しかけてみても、返事は返ってこない。
きっと、休んでいるのだろうと、タカキは優しく微笑んだ。
「それにしても……鉱物、色変わってるけど、いいのかな」
金色のパラサイトが、金色ではなくなっている。
飾られた鉱物を見ながら、タカキは肩を竦めた。
「まぁ、いいか、綺麗だし」
タカキは、柔らかな笑みを浮かべた。
窓から、朝陽が差し込んでくる。
金色のパラサイトは、紅色に輝いていた。