表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第七章「ウィリアム・ベリルの××」
52/52

-40

「オイ、手当は……」

「貴方は、そこに座っていてください!」


ウィリアムの制止の声は、タカキたちには却下された。

あっという間にソファーへと連れていかれ、強制的に座らされる。


「ダモンは細かい傷を、アレクは肩の傷の手当を俺と一緒に」

「治療するための道具は、一通り揃えてあります」

「まだ完全に止血されてるわけじゃないから、できれば※アルギン酸塩被覆材が欲しい」

「用意してございます」


三人は、ウィリアムの治療に取りかかる。

本来なら、さっさと止めさせるウィリアムだったが、今は無駄な体力を使いたく無かった。

身体中の傷に、治療が施されていく。


完璧に治療が済んだところで、ウィリアムは、アレクとダモンとタカキを前に立たせた。


「これで、俺の仕事は終わった。お前たち。今すぐに便を取れ。荷物をまとめろ。あと、あの人に報告もしておけ。タカキ、お前はもう帰っていい」

「待ってください、その怪我で搭乗なさるおつもりですか?!」

「擦り傷だ」


ダモンとアレクは、ウィリアムの言葉を聞くなり、すぐに携帯とパソコンを開いた。

それを見たタカキが慌てて、止めに入ると、ウィリアムは、なんてことない顔で返事をした。


「安静にする時間が必要です!」

「仕事は終わったんだ。これ以上ここにいる理由が無い。それに、経過報告は、俺たち三人からフライヤに言い渡すことになっている」

「だとしても、あと、数日はお休みいただかないと、その怪我なのに。戻ってからも、すぐ仕事をなさるおつもりなんじゃ……」

「当然だ。手も動くし、脳も正常に働いている」

「……そんな、」


タカキが、眉間に皺を寄せた、その時。

ダモンが、発言をした。


「ウィリアム様、チケットが取れました」

「時間は」

「1週間後の、朝10:00です」


その発言に、ウィリアムが顔を上げる。

タカキは、パッと顔色を明るくした。


「お前、何を……」

「フライヤ様へのご報告も致しました。今日のウィリアム様の天才的な話術の成果で、六日後の晩餐会にて、ネックレスをいただける約束を取り付けたと、ご連絡済です」


タカキの顔に、笑顔が戻る。

ウィリアムは、初めて命令を無視され、混乱していた。


「何故、そんなことを」

「我々の仕事は、ウィリアム様の身を御守りし、貴方のサポートをすることです。これが最善のサポートだと考え、行動致しました」

「ネックレスは手に入れたのです。あの方に、何か言われるご心配はありません。せめて、この一週間だけでも、人生の夏休みだと思って、お休みください。我々二人からの願いです」


アレクとダモンの言葉を聞いたウィリアムは、自由に動く方の手で、前髪を掻き上げた。


「命令を無視するということだな」

「出過ぎた真似をして申し訳ございません」

「覚悟はできております」


そんな三人のやり取りをタカキがハラハラとした心で見つめていると、ウィリアムが、やれやれと溜息を吐いた。


「なら、お前らに処分を与える」

「「はい!」」

「一週間の休暇だ」

「「はい!!…………へ?」」


ウィリアムの言葉に、二人は間抜けな声をあげた。

タカキは、目をキラキラさせている。


「俺が休みなら、お前らは必要ない。だったら、お前らも、その人生の夏休みとやらを満喫してこい」

「え、ですが、しかし……」

「我々は、ウィリアム様を……」

「俺は、元々一人でも十分に戦えるし、身支度も手配も完璧にできる。だが、それでは追いつかないくらい仕事があるから、ボディーガード兼サポートをするお前たちを雇っているんだ」

「それは、もちろんです。俺たちのような未熟なものを、雇ってくださり感謝しています」

「未熟だと? 馬鹿を言うな。俺のボディーガードは優秀でなきゃ、務まらない。だから、お前たちにしたんだろう」


ウィリアムが、さも当たり前とばかりにそう言うと、アレクとダモンの眼が大きく開いた。

マヌケなその顔を見て、ウィリアムは眉間に皺を寄せる。


「なんだ、その顔は?」

「いえ、ウィリアム様、今、何と……?」

「我々が、優秀だと?」

「でなきゃ、俺が傍に置くはずないだろう?」

「あの、本当に……?」


おそるおそると言った様子でアレクが聞き返すと、ウィリアムが一括するように言った。


「しつこいぞ、アレク」

「ひっ!!!!」

「なんだ、どうした、ダモン」

「なぁっ!!!!!!」


突然の悲鳴に、戸惑う。

ウィリアムが首を傾げていると、二人はウィリアムの前であるにも関わらず、ガッツポーズを掲げた。


「よっしゃああああああああ、聞いたか、今の! 俺の名前をウィリアム様が呼んでくださったんだぞ?!!! あのウィリアム様が!!!! しかも、優秀だって!!!!俺ら、優秀だって!!!!!! ひゃっふーーーーーー!!!」

「ああああああああ、この5年間の俺の努力が今、報われた!!!!!!!! 世界で一番優秀な人に、褒められたぁぁぁぁぁぁあああああ!!! 天国のお母さん、聞いてるーーーーー?!! 俺、めっちゃ幸せ!!!!!!!!!!」


見たことのないボディーガードたちのテンションを無表情で見つめるウィリアム。

タカキは、クスクスと笑った。


「では、人生の休暇に行って参ります!」

「必要なものがあれば、買い出しにも行ってきますので、ご連絡ください! あ、タカキ様にも、これ、俺たちの連絡先です」

「ありがとうございます、」

「いえ、毎晩のフライヤ様へのご報告もお任せください!」

「後で、口裏合わせる用のデータを書面で書いてお持ちします!」

「ちなみに、ウィリアム様の治療セットは、こちらに纏めておきました」

「万が一の時に、すぐ駆け付けれる日本の闇医者リストです」


流石は、優秀な二人。

テキパキと行動をして、あっという間に準備を整えた。


「「 それでは、お二人様、よい休日を!! 」」


まるで、南の島のバカンスに来たかのように、明るい二人が出ていくのを見て、ウィリアムは、ようやく現実に戻ってきた。


「アイツら……あんな奴らだったか?」

「褒められたのが、よほど嬉しかったんでしょうね」

「……」


急に黙ったウィリアムの元に寄り、タカキは顔を覗き込んだ。


「怒っていらっしゃいますか?」

「呆れてる」

「どうしても休んで欲しかったんです。貴方は、すぐに無茶をするから……」

「俺に、無理なことは無い」

「貴方が有能なのはわかっています。でも、伝えたいのはそういうことではありません。俺は、貴方にもっと休んで欲しかった」


タカキは、自分のつけていたウィッグを外した。


「着替えてきます。その後、食事の支度を……」

「何でもいい。支度ができたら呼べ」

「はい」


ウィリアムが諦めたようにそう言った。

彼から、折れることは少ない。

タカキは、急いで、シャワーを浴びて、着替えた。

だが、どんなに女装を解いても、声だけはまだ変わらない。

変声薬の効果は一日だった。


タカキと食事を済ませたウィリアムは、椅子に腰かけながら、タカキを見つめる。


「あの、何か……?」

「声は、高いままか」

「効果は一日だと言ったのは、貴方です」

「その姿でその声でも、さして、違和感は無いな」

「……いや、違和感はあるかと」


タカキが、小さな声で言うと、ウィリアムは、タカキに向かって言った。


「休みには、人は何をするものなんだ」

「へ?」

「休んだことが無いので、わからない」

「――……」


普通の人間ならば、驚くことだが、ウィリアムにとっては、当たり前のことだった。

ウィリアムは、生まれてから今日まで、一日も「ウィリアム」を休んだことが無いのだ。


「あの……質問があります、」

「俺の質問に、まだ答えていないのに己の質問か。偉くなったな」

「あ、……その、休みの日にすることは、人それぞれで、俺にも正解はよくわかりません。ですが、一般的には、身体を休めたり、娯楽を楽しんだりするものかと」

「娯楽とは?」

「映画を見たり、水族館や美術館へ行ったり、友人と話したり、劇を見たり、後は……」

「後は?」

「後は、自分の興味のあるものに時間を費やすんです。ある人は、鉱物を一日観察していたり、ある人は、世界中飛び回ったり、ある人は、夢中で演技を勉強したり」

「自分の興味あるものか」

「貴方が興味あるものは、何ですか?」


タカキの質問に対して、ウィリアムは暫く考えた後にスッと指を指した。

タカキはキョトンとした顔で、首を傾げる。

後ろを振り向いて見ても、誰もいなかった。


「……あの、」

「興味があるものと聞いただろ」

「俺、ですか?」


タカキが瞬きさせると、ウィリアムは、真顔で顔を背けた。


「ここに来る前に、フライヤに言い渡された。あの男の死亡届が受理され、俺は正式にベリル財閥の当主になったが、それは“弥縫策びほうさく”に過ぎないと。アリーヤが18歳になったら、その時は、アリーヤが世界を支配するベリルのトップに君臨する。それまでの、繋ぎだとハッキリ宣言された。総当主には、なれないのだとな」

「それは……やはり変わらないのですね」

「あぁ。それで、初めて俺から質問をした。アリーヤが当主になることは構わない、だが、その後、俺に何をさせるつもりなのか、と。そうしたら、何と答えたと思う」

「……わかりません」


ウィリアムは、無表情のまま、だけど空虚を見つめるような瞳で答えた。


「好きに生きろ――そう、言い渡された」

「……!」


タカキの背筋にゾクッと寒気が走った。

その言葉は、あの環境で、過ごしてきたウィリアムにとって、何よりも禁句な言葉であることは、タカキにだって容易に想像ができる。

今まで、過酷なものを虐げられてきたものが、いざ自由に解き放たれたところで、混乱するのは自然の道理だった。


「好きにしろ、と言われても、好きなものなど思いつかなかった。いっそ、アリーヤが当主の座につく時に、俺の命も奪ってもらいたい」

「それは、ダメです……!」


タカキが即座に否定すると、ウィリアムは呆れた声で言った。


「だろうな」

「へ?」

「俺がそう思った時、俺の脳内に、何故か幼い時に離れたお前の姿が浮かんだ。俺が死ぬと言っても、止める奴など一人もいないと思ったが……脳内に現れた記憶のお前は、何故か俺を引き止めてきた」


タカキが立ち上がって、ウィリアムの傍に近づく。


「止めるに決まっています……っ死ぬなんて、そんなの、絶対にダメだ!」


予想通りの言葉を聞いて、ウィリアムは、ふと、目を瞑った。


「フライヤから、そう言われた後、日本来日が決まった。今さら会って何になると思いもしたが、気がつけば、お前を探していた。そして、見つけた。本気で雲隠れしていたとしたら、見つからなかっただろうがな」

「ベリル財閥は、もう俺を追うようなことは無いと思っていたので……」

「お前の身辺調査で、澤田を見つけ、コンタクトを取った」

「納得です。彼は、NASAで働いていたと聞きました。その伝手があったのでしょう」

「あぁ、そうだ」


ウィリアムは、タカキの淹れた紅茶に口付けた。


「暗号解読は、どうするんですか」

「今後も、俺が続けていく。あと5年も経てば、解読できるだろう。俺が一生かかっても解けない暗号などこの世に存在するわけがない」


大した自信を掲げるウィリアムだったが、おそらく本当にそうなってしまうのだろうとタカキは予感していた。


「母親のことを教えてくれたのは、何故ですか?」

「忠告するためだ」

「忠告?」

「母親は生きているだろうが、絶対に探そうとするなと言いに来た。万が一会ってしまっても、全力で逃げろ」

「どうしてですか」

「約20年前、お前が産まれた時、彼女はフライヤに海へと突き落とされた。だが、彼女は何故か生きていた。そして、彼女はその後フライヤの元へと忍び込み、ベリル財閥からあるものを盗んで消えた。そのあるものの正体は、俺も知らない。だが、それがベリル財閥の家宝だと言うことは掴んでいる」

「ベリル財閥の家宝……」

「元々、あの部屋に緑の石版があり、フライヤがその宝を常に持っていた。その二つは、総当主にしか知らされない秘密だからこそ、俺ですら、まだその真実を知らない。いずれは、アリーヤが握る秘密だ。緑の石版とフライヤの持つ宝は、おそらく関係している。後のキーワードを探すとすれば、女性のみにその権利が与えられているということだけだ」

「何故、俺の母は捕まっていないのでしょう」

「それほどまでに、優秀だったのだろう。後は、おそらくお前の母親は一人で行動していない。協力者がいるはずだ。それも、相当頭のキレるタイプのな」

「……納得です」

「母親だろうが、危険人物であることには変わりない。ましてや、ここまで逃げ切っているエキスパートだ。何を企んでいるかわからない。関われば、お前の平穏な生活は崩れ去るだろう」

「だから、俺に忠告しようと思ったんですか?」


ウィリアムは、その言葉に頷くことは無かった。

だが、沈黙は肯定と同じ意味をもつ。

タカキが言葉を発しようとしたその時。


「あと一つ、確かめたかったことがある……」


ウィリアムは、ゆっくり顔を上げた。


「お前の安否については調べるなとフライヤから言われていた。だから、俺も長い間お前のことは死んだものと思って、調べなかった。だが、もしお前が生きているとしたら、この国にいることは間違いないと思っていた。だから、この来日が決まった時に、お前のことを調べる決意をした」

「フライヤ様には、気づかれませんでしたか?」

「気づかれるようなヘマはしていない」

「お見事です」

「お前の友人らしき人物のSNSに、お前の姿が映っていた」

「ナイトですね、」

「その写真に、笑っているお前の姿が映っていた。それを見た時……見たことも無いお前の姿に動揺した」

「俺が……笑っている顔?」

「実際に見るまでは、合成かと疑っていたんだがな」

「俺、そんなに笑って……いませんでしたよね」


ベリルにいた頃に、笑った記憶など一切なかった。

そう思えば、今もベリル財閥にいたとしたら、タカキもウィリアムのように顔の筋肉が硬直していたに違いない。

タカキは、ふとウィリアムの頬に触れた。


「貴方は、さっき、俺を守ってくれました。兄として、守ると」

「言ったな」

「信じられなかった……貴方が、あんなことを言うなんて」

「悪いが、信じられないのは、俺の方だ。俺には、愛も慈しみも優しさも理解はできない。俺は俺の思うがままに行動した。その結果、あぁなっただけだ」

「俺は、貴方の弟でいていいんでしょうか、俺はベリル財閥から逃げた男です。貴方にとっていい存在でないのは、百も承知です。それに……」


タカキが話している途中で、ウィリアムは、静かにタカキの胸に体重を預けた。


「お前は、あたたかいな」

「……え、」

「人があたたかい生き物だと知るのは、長い人生ではじめてだ」

「……ウィリアム、」

「ウィルで構わない。ただ、俺をそう呼ぶ人間は、この世に一人もいないがな」


タカキは、ウィリアムの言葉を聞いて、その頭をギュッと抱き寄せた。


「明日から、少しずつ、貴方の好きを探していきましょう! 明日は、映画を借りてきますから、この部屋で見るんです、後は、ゲームもやりましょう。それから、歌も、ダンスも。傷の痛みがひいたら、外に出て色々な綺麗なものを貴方に見せてあげます。俺のとっておきの絶景の場所、全て、貴方に、ウィルに教えます」


叫ぶようなタカキの言葉は、ウィリアムに確かに届いた。

ウィリアムは、頷きながら、顔を上げた。


「どれも無縁のものだな」

「ウィルの好きなものが、何かわからないなら、探すところから始めてみようかと…」

「だが、外出するのは、目立つな。お前のように変装でもするか」

「ここには、たくさん道具が揃っていますからね」

「女装はしないぞ」

「絶対似合うと思います……」

「悪いが、専門外だ」


タカキは、そんなウィリアムの言葉にくすっと笑みを浮かべた。


「たくさん出掛けましょう。思い出を作るんです、いつかこの日を思い出した時に、しあわせだったな、と貴方が思えるように」

「ならば、この一週間は、お前に任せるとしよう。何せ、俺はこの手のことに関しては、素人だからな」


そう言って、ウィリアムは立ち上がると、ソファーへとタカキを誘導した。

隣に座りながら、その目を見つめる。


「それで、俺の方は話した。お前のさっきの話を聞かせてもらおうか」

「……彼女の話、ですよね」

「そうだ。俺に誤魔化しは効かない。調べることも可能だが、出来ればお前の口から話しを聞きたい」


命令形でない言葉の方が、時には効果が高かったりする。

それに相手は世界のベリル財閥のトップだ。

下手に誤魔化しても無駄だとタカキは腹をくくった。


「概要だけ、説明しますと、彼女たちは、地球の外から来た宇宙人です。鉱物が生命体の元になっています。俺は、ある日彼女と出会い助けを求められました。それを俺は、受け入れ、今に至ります。彼女たちの住む星が、ある敵によって襲われました。そして彼女たちは、地球に来た。彼女の地球に来た理由は、地球で強くなることです。今は、来る途中で離れた仲間を探しながら、先ほどのような化け物と戦っています」


一般人に話せば、頭がおかしくなったかと疑われるような内容だったが、ウィリアムは素直に聞き入れた。


「仲間は、見つけたのか」

「全員ではありませんが、数名…」

「その者たちも、男の身体が女に変わるのか?」

「いえ、彼女たちは元々女性ですので、身体が変化することはありません。俺は、たまたま男だったので、身体が変化しただけです」


ウィリアムは顎に手を置いて考えた後に、ストレートに聞いた。


「あの姿のお前は、身体は女性だったが、顔は面影を残していた」

「全てが彼女になったわけではないからです。あくまでも融合しただけなのです」

「普段意識を持っているのはお前なんだな?」

「はい。彼女が前に出る時には、俺が意識を彼女に譲るイメージです」

「あの身体は、ほぼ完璧に女体だが、DNAや脳や臓器に関してはタカキのものであるということか」


ウィリアムは、険しい顔をしたので、タカキは不安に瞳を揺らした。


「あの、何か不都合な事でも」

「あぁ、非常によろしくない」


タカキが目に不安の色を映す。


「ベリル財閥のトップになる条件は、生物学上、女だということだ。さらに言うなら、ベリルの血が混ざった者だけにその資格か与えられる。と言うことは、お前があの姿になれば、継承できる条件は揃うと言うことだ」


ウィリアムの言葉に、タカキは大きく目を見開いた。そして、静かに首を横に振る。


「ありえません、だいたいそんなこと、フライヤが許すはず、」

「万が一、アリーヤが死んだとしたら?」

「それは……!」

「どんな事が起きるかは、わからない。だが、アリーヤが継承出来なかった時、フライヤがこの事を知って仕舞えば、必ずお前を探しに、ここへ来るだろう」


タカキは有り得ないことだと思った。

だが、真面目なウィリアムの言葉を聞いていると、そうではない予感もしてくる。


「大丈夫です、それにあの姿でいられる時間は少ない。万が一、捕まっても、解除すればすぐ男の体に戻れます」

「だから、お前は甘いと言っているんだ。ベリル財閥の恐ろしさは、イエスと言わせる力。どんな手段を使ってでも、相手側のイエスを引き出す絶対的なものを持っている」


ゴクリと、タカキは息を飲んだ。

これは、脅してではない。

本当の事なのだ。


「バレないように、対策は立てます」

「あぁ。だが、その状態が続く限り安心はできない。アリーヤが総当主になるまで、まだ十年以上あるのだから」

「ウィル……」


タカキの不安そうな顔を戻すように、ウィリアムはタカキの頬を手の甲で撫でた。


「守ってやると言っただろう。そんな顔をするな」

「守られるばかりは嫌です、俺だってあなたを守りたい」

「ダメだな」

「え?!」

「お前みたいな弱い者に守られてたまるか」


タカキが弱いと言われるのは、久しぶりの事だった。

滅多に言われない一言に、タカキは思わず笑ってしまう。


「何がおかしい」

「いえ、ただ、守られる側に行くのは、俺もあまり無いので、くすぐったく感じてしまいました」

「よく、わからんな」

「俺にも、よくわかってません」


タカキはウィリアムの手を取って、その手を自分の額につけた。


「生きてください、」


タカキは静かに、そう呟いた。


「貴方に生きていて欲しいと、俺はずっと思っています」

「……そうか」

「はい、」

「タカキ、」

「は…………え?」


タカキが顔を上げると同時に、その身体を思い切り抱きこまれた。

ウィリアムの片手が、タカキの背中に回される。


「お前に、また会えて、よかった」

「あの……今、俺の名前、」

「さっきの言葉……明日また、お前の声が戻ったら、もう一度聞かせてくれ。お前の声で、記録しておきたい」

「ウィル……」

「今まで、すまなかったな」

「……っ」


タカキは、ふるふると頭を横に振った。

そのまま、ウィリアムの髪に顔を押しつける。


それ以上は、何も言えなかった。

言葉が出ないほどに、幸せだったからだ。






◇◇◇





あれから、ウィリアムが今まで過ごしてきた人生とは全く違った数日間を送ることとなった。

タカキと変装しながら、毎日外へ出て、普通に遊んで過ごす。

だが、その普通が、ウィリアムにとっては、特別だった。

タカキも緊張しながらも、ウィリアムと過ごす毎日を楽しんだ。



そして、七日目には、すっかりウィリアムの手も良くなっていた。


「驚異的な回復力ですね」

「当然だ」


空港まで見送りにきたタカキは、寂しそうな眼でウィリアムを見上げる。


「また、逢えますか?」

「さぁな」

「用があったら、連絡してもいいですか」

「あぁ、構わない」

「……貴方の幸運を祈っています」


タカキがそう言って、微笑むと、ウィリアムは、手を招くようにして動かした。

その動きにつられ、タカキがウィリアムに近づく。

ウィリアムは、その手を掴むと、タカキの身体を引っ張り寄せた。

そして、耳元で囁く。


「――用が無くても、構わない」


タカキは、目を見開いて、ウィリアムの背中を見つめる。

ダモンとアレクはタカキに敬礼をして、その後を追った。

空港で、ただ一人たたずむタカキは、時間差で顔を赤く染める。



「……本当に、かけちゃいますよ?」


タカキの独り言は、ウィリアムには届かなかった。

ウィリアムが飛び立った後で、タカキは青い青い空を見上げる。





その空は、素晴らしく輝いていた。











評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ