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ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第七章「ウィリアム・ベリルの××」
51/52

-39



「準備が整いました」


タカキが支度を終えると、ウィリアムはタカキを上から下まで見て、頷いた。


「これを飲め」


渡されたのは、1センチ四方のシールのようなものだった。

透明なソレを手のひらに乗せて、タカキは首を傾げる。

毒には見えなかった。


「フィルムタイプの変声薬だ。ベリル財閥が独自に開発したものだが、市場には出回っていない。すぐに溶けて声が変わる。効果は、1日だ」


タカキは言われた通りにそれを口に入れた。

サッと溶けていった薬が、喉に絡まる。


「あ、あー…!」


声を出すと、タカキの声とはガラリと変わって女性の声になっていた。


「それで、普通に話せるだろう」

「はい」

「では、向かうぞ、」


車に乗ったタカキは、横目でウィリアムの顔を見た。

昨日よりも顔色がいい。


「何を見ている」


そう聞かれたので、タカキは、ウィリアムに言った。


「熱は、だいぶ下がったようですね」

「……お前は余計な事にばかり意識がいくようだな」

「安心しました」

「無駄口を叩くな」


タカキは静かに頷いて、前を向いた。


目的の場所に着くと、ボディーガードたちにウィリアムが命令する。


「お前たちは、ここで待っていろ。万が一の時は、合図を鳴らす」


ダモンとアレクは、即座に頷き、入口の前に立った。

中へと案内された、ウィリアムとタカキは、静かに、エレベーターに乗り込む。

ウィリアムと生活してから、今日で六日目だ。

タカキは、エレベーターのガラスに映る自分の姿を見て、考える。

今、自分ができることを。


「着きました。失礼致します。川嶋会長、ウィリアム・ベリル様がお越しになられました」


案内役の男性が、観音開きの立派な扉をノックして開ける。

彼は、それ以上中へは入らなかった。

会長に、タカキたちのことを通すと、静かに立ち去る。

中へと誘導されたタカキたちの先には、穏やかな老人が、黒張りの椅子に座って待っていた。

そして、タカキたちの姿を確認すると、立ち上がって近寄る。

よぼよぼになった手を差し出して、彼は友好の意を示した。


「ようこそ、お越しになられました、ウィリアム様」

「先日から、何度も申し訳ございません。川嶋会長」


ウィリアムは、礼儀正しくその手を握ると、日本の所作に合わせてお辞儀をした。

いつも強気で冷酷な態度のウィリアムだったが、ビジネスのマナーは叩き込まれていた。

言葉遣いも、社交辞令も完璧だ。

本来なら彼には必要ないものだが、時と場合で使い分けている。

相変わらず顔に笑みはないが、それでも決して失礼な態度ではない。


「そちらの美しい女性は?」

「川嶋会長、貴方だけに、ご紹介したくて連れて参りました。彼女は、もうすぐ、ベリルの名になります。私の婚約者です」

「なんと、どうりで美しい。品のある方だ。まるで宝石のように輝いていらっしゃる」

「初めまして、アカリと申します」

「日本の方でしたか。まさかウィリアム様の奥さまが日本人だなんて、これはイギリスのタイムズ紙が大騒ぎしますね」

「えぇ、ですから、まだ発表はしていないんです。彼女はあまり騒がれるのを好みませんし、私自身、彼女をあまり人目にさらしたくない」


そう言って、ウィリアムはアカリの腰に手を回した。

さりげない行動だったが、川嶋会長を驚かせるには十分だった。


「長生きしていると、驚くことが少なくなりましたが、今日は本当に驚きました」

「そんなに意外でしたか。私の婚約者が日本人だという事が」

「日本人であることよりも、ウィリアム様が、そんなに好いていらっしゃることに驚きました。決して馬鹿にしているわけじゃありません。貴方はいつでも真っ直ぐで、とても高貴なイメージでした。例えるのなら、1000カラットのダイヤモンドのようだ。誰よりも輝き、誰も寄せ付けない強さを放っていた。それなのに、今の貴方は、まるで、真珠のように角が無い」

「相変わらず表情は硬いと言われますがね」

「貴方のその顔を見て、言う方はいないでしょう」


川嶋会長は、タカキとも握手をしようと手を差し出した。

タカキも慌てて会長の手を握る。

川嶋会長は、タカキの手を握ると、その手の宝石に気付いた。


「おや、失礼。職業柄、こういったものに、目がなくて……少し拝見しても?」

「もちろんです」


タカキが手を出すと、会長はその手をジッと見つめた。

会長の目に、キラキラとした指輪が映る。


「なるほど……」


意味深に頷いたかと思えば、会長はタカキを見て、ふわりと笑顔を見せた。


「素敵な指輪だ」

「彼からの贈り物なんです」

「えぇ、そうでしょう。これだけ素晴らしい宝石は、私もなかなかお目にかかったことがない。アレキサンドライトの中でも、間違いなくトップクラスの輝き。これは、貴方にふさわしい宝石ですね」


そう言って、川嶋会長は、タカキの手をゆっくりとおろすと、タカキとウィリアムを応接用のソファーへと案内した。


「こんなに、素敵な女性を紹介していただけたなら、何か御礼を考えなくてはなりませんね」

「安心してください。パパラチアサファイアのネックレスを下さいとは、もう言いませんよ」

「すまないね。アレは、死んだ妻が大事にしていたものなんだ。私が死ぬまでは、せめて私の傍に置いておきたくてね」

「えぇ、ですが一つお願いがあるのです。一度だけ、あのネックレスを私の婚約者……いえ、未来の妻につけさせていただけないでしょうか」

「アカリ様に?」

「はい。どうしても、あの輝きを身に付けた、彼女の姿をこの眼に焼き付けたいのです。世界で一番美しい彼女が見たい、そんな男の願いを聞き入れてもらえないでしょうか、川嶋会長」


川嶋会長は、少し黙った後に、ふわりと笑みを浮かべた。


「断る理由がありませんな」


その言葉を聞いて、安堵する想いと、罪悪感が鬩ぎ合う。


「アカリ様、ご案内致しましょう。ウィリアム様は、こちらでお待ちください。美しい宝石で着飾った最愛の人を見る時には、少しばかりの緊張感も、また幸せのエッセンスに変わります」

「次にその扉を開けた時、世界で一番美しい人に会えるのかと思うと、胸が落ち着きません」

「楽しみにしていてください、ウィリアム様」


タカキは、川嶋会長に連れられるがままに、奥の部屋へと案内された。

先ほどの会長の応接室よりかは少し狭いが、一般的に考えると、十分に広い。

流石は、日本トップクラスの会長だ。

厳重なセキュリティーに守られている。

壁の厚さは、およそ、30センチ。

部屋には大きな窓があるが、屋上からの侵入は不可能。窓ガラスも防弾ガラスだ。

ヘリコプターでも使えば別だが、そんな怪しい機体が近づいてきた段階でおそらく警備部隊がすぐに出動される。

一度入れば、部屋は自動的にロックされ脱出は不可能。完全防音。扉は入口の一つのみ。

その扉も、会長の指紋と音声認証チェック。

さらにはパスコードを入力しないと入れない仕組みになっている。

万が一、侵入者が入れば、即座に警察が駆けつけるように設定されていた。

これでは、名立たる怪盗もお手上げだろう。


「アカリ様、こちらへ」

「はい」

「今持ってきますから、ここにお座りになってお待ちください」

「ありがとうございます、川嶋会長」


白い手袋を身に付けた川嶋会長は、宝石を扱う目をしていた。

彼は、奥の本棚の本を一つだけ抜いた。

会長は、その本をゆっくりと開く。

見開きのページには、キーボーダと画面が存在していた。

番号を押して、さらに本を元在った場所ではない別の場所に戻す。

すると、何処からかモーター音が響いた。


「面白い仕掛けでしょう。私は遊び心が大好きでね」

「そんなセキュリティーシステム始めて拝見いたしました」

「金庫らしい金庫は、あまりわくわくしないのでね」


本棚が動き、中から厳重な金庫が露わになった。

その中に、パパラチアサファイアのネックレスが見える。


「……綺麗、」

「ありがとう。私の妻も、そう言っていたよ」

「あの、」

「ん?」


川嶋会長がパパラチアサファイアのネックレスを手に取り、タカキに近寄る。

もう少しで、ネックレスがタカキにかかる、その前に、タカキは小さく肩を内側に寄せた。


「本当に、私がつけてよろしいんでしょうか……」

「どうして?」

「そのネックレスは、奥様との大切な思い出なのでしょう。それに、今の私には……とても、不釣り合いな気がして」


素直にそう言うと、川嶋会長は、タカキの前に移動して言った。


「このネックレスはね、ずっと手に入らなかったものなんだ。宝石バイヤーだったけれど、これだけはなかなか、手に入れられなかった。だからこそ、思い入れはある」

「やっぱり……」

「でもね、私には、これよりももっと思い入れのある宝石があるんだよ」

「え、」

「見てみるかい?」


そう言って、川嶋会長は、タカキをおいでおいで、と呼んだ。

ネックレスを、ソッと、机の上にあるジュエリートレイに置いた。

そして、もう一つの宝物は、引き出しの中に入れてあった。

タカキは、会長のそばに近寄り、その宝石を覗き見る。


「これは?」


そこにはシンプルな指輪がケースに入っていた。


「見てわかるだろう。安物の宝石だ。偽物で、少しも価値は無い」

「どうして、それをお持ちになっていらっしゃるんですか?」

「これはね、妻への婚約指輪だったんだ」

「川嶋会長の、ですか?」


世界でトップクラスの宝石バイヤーの婚約指輪とは思えないものだった。


「昔は、実は恥ずかしい話貧乏でね。妻とは、その時に出会っていたんだ。私にまだ力が無い時から、ずっと私を支えていてくれた」

「それじゃあ、この指輪は、当時の川嶋会長が精一杯彼女に贈ったプレゼントだったんですね」

「あぁ、でも、これが私の宝物になったのは、彼女が死んだ後だ。私が売れて、宝石バイヤーとして成功した後、もちろん彼女には、結婚指輪としてとても大きなダイヤモンドの指輪を贈った。なのに、彼女は、生涯この指輪を大事に取っていたんだ。彼女が死んでから、遺品としてこれが見つかった時、とても綺麗に手入れされているのが、すぐわかった。彼女にとって、これは……本物の指輪だったんだよ」


そんないい話を聞いて、タカキは、心からの笑みを浮かべた。

さっきまでの作り笑いではなく、心からの。

すると、会長がそんなタカキを見て、優しく目を細めた。


「とても、素敵ですね」

「そう思ってくれる君だからこそ、このネックレスをつけてあげよう。きっと妻も喜ぶ」

「……川嶋会長」

「さぁ、そこに座ってくれ、素敵な坊や」

「……!」


その一言で身体が固まってしまった。

何があっても動揺してはいけなかったのに。

タカキの反応を見て、川嶋会長は、黙って首を横に振った。


「大丈夫、気にしなくていい」

「いつ、私が男性だと、」

「手を見れば、わかります。これでも、何人もの女性の手を見てきた。こんなことを言ったら妻に怒られそうですがね」

「では、なぜ、私にネックレスを? 怪しいと疑わなかったのですか」

「貴方がどんな理由でその姿をしているのかは、わかりませんが、少なくともウィリアム様が貴方を大事に思っていることは、嘘ではないようでしたから」


タカキは、静かに、鏡の前に腰をおろした。


「騙すような真似をして、申し訳ございません」

「いいえ。それに、貴方に対して美しいと言った言葉に嘘はありませんよ。貴方は本当に綺麗だ」

「俺の本当の名前は、タカキと言います」

「いいんですか?」

「内緒にしてください、」

「じゃあ、私のさっきの指輪の話も、どうか御内密に」

「……はい!」


タカキは、嬉しそうに頷いた。

そして、ようやくタカキの首に美しいネックレスがかけられる。

キラキラと輝く光は、まさに星を捕まえたようだった。


「凄い、」

「あぁ、とても綺麗だ」


鏡に映るタカキは、百万ドルの輝きを放っていた。

タカキが笑顔で振り返る。

だが、その先に見えたのは、金庫の中の影だった。


「……あれは?!」

「ん、なんだ……ハッ!」


金庫の中から揺らりと現れたのは、ダイヤモンドのミネラリアン、アダムスだった。

アダムスは、ニヤリとした口元を浮かべて、こちらを睨んでいる。


「何故、どこから……!」

「落ち着いてください、川嶋会長! 早く逃げましょう!」

「この部屋に他の人間が侵入すれば、すぐに警察がくるはずなのに…!」

「あれは、人間ではありません……宝石なんです!」

「なんだと……?!」


アダムスは、川嶋会長の金庫にあったダイヤモンドを通じて、侵入したのだ。

金庫内のダイヤモンドを吸収しながら、どんどん大きくなっていく。


タカキは、アダムスがダイヤモンドを吸収している間に、川嶋会長を逃がす為、部屋の扉へと向かった。


「逃すか!」

「しまった…!」


だが、部屋の扉は、アダムスのダイヤモンドの柱によって封鎖される。

この部屋に、他に道があるとするならば、後ろのこの大きな窓しかない。

だが、ここは、超高層ビルの最上階。

仮に川嶋会長を連れて飛び降りたとしても、生き残れる可能性はゼロに等しかった。


「……ッ」


何としてでも、この人を助けたい。

絶体絶命のピンチで、タカキは川嶋会長の前に立った。


「タカキ、くん?」


川嶋会長を守りながら、アダムスと戦うということは、あまりにも危険な行為だった。

けれども、逃げるなんて選択肢は、タカキには無い。


「川嶋会長、俺の後ろに、」

「やめなさい……っ私は、こんな老いぼれだ! 死んでも構わない!」

「貴方がこんなところで死んだら、奥様に叱られてしまいますよ」

「……っ」

「貴方を生かします、」


タカキは、武術の構えをとった。

緊迫した空気が流れる。


アダムスが、ダイヤモンドを吸収し終えて、こちらに向き直る。

今にも襲いかかってきそうな殺気を感じた。


「……久しぶりだな、」

「よくこの姿でも、俺だとわかりましたね」

「お前の手の宝石は隠せないからな……さぁ、戦いを始めよう」


アダムスは、腕を構えて叫んだ。


「ダイヤモンド・スピナー!」


鋭いダイヤモンドの欠片をタカキたちに向かって放った。

タカキは、それらを全て川嶋会長に当たらないように、蹴散らしていく。

だが、あまりにも不利な状況。

掠ったダイヤモンドの欠片が、タカキの身体を傷付けた。


「……くっくっ、ようやくお前を消せる」

「俺は、死なない」

「この状況で、まだ言えるのか!」


アダムスは、何度もタカキに向かい叫んだ。

タカキは、アダムスに攻撃したくはない。

だけど、今の状況では、何も選ぶことはできなかった。


「……っ!」


アダムスの攻撃を避ければ、川嶋会長の命は無い。

だが、正面から受ければ、タカキの命も危なかった。


「喰らえ……っ!」


アダムスが、攻撃を仕掛けてくる。

タカキの眼が、キッとつり上った


その時。


部屋のセキュリティーが、破壊され、扉が宙を舞った。


≪ 警告 : 侵入者 侵入者 ≫


煙が立つ中、一人の男が現れる。


「なっ! 誰だ、お前は?!」

「……随分と遅いじゃないか」

「ダメだ……――逃げてください!」


機械音が鳴り響く中。

ウィリアムはタカキの制止を聞くことなく、部屋の中へと入ってきた。

そして、アダムスを睨みつける。

初めて遭遇するはずなのに、ウィリアムは変わらず動揺を見せなかった。


「お前も仲間か……! なら、そこで見ているといい、あいつの飛び散る様を!」


そう言って、アダムスはタカキに向かって叫んだ。


「行け、ダイヤモンド・キャノン!」


大きなダイヤモンドの塊が、タカキへと一直線に向かっていく。

タカキの攻撃でも、これだけ大きなダイヤモンドは壊せない。

だが、前のように避けることもできなかった。


鋭い先がタカキの身体を貫こうとした。





その時だった。



「……お前は、一つ大きな勘違いをしているな」

「貴様!」

「俺は、コイツの仲間ではない」


ウィリアムは、アダムスに向かって言い放つ。


「……どうして、」


タカキは、目を見開いた。

目の前のウィリアムが、タカキを庇っていたのだ。

ダイヤモンドの軌道を交わすなんてことは、よほどの力がなければできない。

呆然としているタカキを後ろに、親指で指さして、ウィリアムは言った。



「家族だ」

「……!」


タカキの眼が、大きく見開かれたその時、アダムスが切れた。


「なら、お前にも容赦はしない!! ーーダイヤモンド・ダスト」


アダムスの光を受けたタカキは、咄嗟に川嶋会長の後ろのヒビの入った窓ガラスを思い切り割った。

そして、川嶋会長と、ウィリアムを掴んで、高層ビルから飛び降りる。


川嶋会長は、落ちている途中で意識を失った。

ウィリアムは、流石に驚いた様子で、タカキを見たが、タカキは、空中で振り返って、ウィリアムに向かって言った。


「ありがとう、兄さん」

「おまえ、何を……!」


タカキは、指輪にキスをした。

その瞬間、空中でライトと融合する。

その姿を一部始終見たウィリアムは、目を見開いた。


「ミネラル星に選ばれし、戦いの鉱物! きらめく光の戦士、ミネラル・ライト!」


タカキは変身すると、すぐさま地面に向かって、シールドを張った。


「クレモス!!」


シールドがタカキたちと地面の間に広がる。

何とか、そのお陰で、ウィリアムと川嶋会長を助けることができた。

着地してすぐに上を見上げる。

その足で、タカキは再び、ビルの最上階へと向かおうとした。

だが、それをウィリアムが引き止める。


「どこへ行く」

「まだ、戦いは終わってません」

「説明しろ」

「ごめんなさい、ウィリアム……生きて戻ったら、ちゃんと話します」

「……――生きていたら、だと」


タカキは、ウィリアムの手を振り払って、武器を出した。


「ミネラル・レコード!」


現れたミネラル・ソードを手にとって、力を溜める。

ウィリアムが近づこうとしたが、竜巻のような風のせいで、タカキには近づけなかった。


「さっき、俺のことを家族だって言ってくれましたね」

「何を、」

「嬉しかった、」


それは純粋な気持ちだった。

タカキは、振り返って、笑みを浮かべる。


「貴方を守ります」


その言葉を聞いて、ウィリアムが目を見開いた。


「アレク! ダモン! ウィリアムと川嶋会長を遠くへ!!」


タカキが叫ぶと同時に、アレクとダモンが現れ、瞬時に二人をその場から離した。

その隙を狙って、タカキは叫ぶ。



「エレフ・セリヤ……ッ!」


地面に向かって放たれたエネルギーは、真上に向かって飛んで行く。

タカキの体は、空へと飛ばされ地面は半分に割れた。


そして、再び最上階にまで辿り着いたタカキは、アダムスと向き合った。


「戻ってきたか、自ら死を選ぶとは潔いな」

「アダムス、」

『どう言うこと……どうして、ここにアダムスがいるの?』

「ライト……」


タカキの心の中でライトは混乱していた。

何故ならば、アダムスはライトをずっと可愛がっていた姉のような存在だったのだ。


『タカキ!代わって!アダムスが、タカキを攻撃してくるなんて、何かの間違いよ!』

「落ち着いて、ライト。彼女にも理由があるんだ」


タカキとライトが話していると、目の前のアダムスがタカキに向かって、言った。


「何をコソコソと話している……ライト、そこにいるのか?」

「ライトは、俺の中にいる」

「お前を殺せば、地球にいるライトも消える……だが、ミネラル星にいるライトは生きている。大丈夫だ。お前を消しても、ライトは生き残る…そうだ、何も問題はない…問題は、」


ブツブツと独り言のようにそう呟くアダムスを見て、タカキは不審に思った。

まるで、誰かにそう言われたかのようだ。


「アダムス、ライトは戦いたくないと言っている」

「そうだろう。私とて、ライトとは戦いたくない。だが、お前は殺さねばならん。でないと、ライトの心がお前に奪われてしまうからだ」

「俺は、ライトの心を操ったりはしない」

「その言葉を信じる馬鹿がどこにいる……!私はライトを助けるために地球に来たのだ!ライトを助ける為には、お前を消さねばならぬ!」


アダムスはギロリと血走った目でタカキを睨みつけた。タカキを通じて外の世界を見ていたライトの目に涙が浮かぶ。


『いや、アダムス……そんな事言わないで、』

「大丈夫だ、ライト、今私が解放してやるから……!」

『アダムスーーッ!』


タカキはアダムスの攻撃を避ける為に、自分の技を使った。


「アズマ 神月一心流、花一華(ハナイチゲ)!」


ミネラル・ソードを攻撃のために使うことはできなかった。

何よりもライトの姿を借りたこの身体で、アダムスを傷付けたくはない。


「小癪な!」

「アダムス、話を聞いてくれ…!」

「人間と話すことなど、何もないわ!」


その時、タカキの目にあるものが飛び込んで来た。

それだけは守らねば、とタカキが走る。

それを攻撃だと思い込んだアダムスは、タカキに向かって、長く細いダイヤモンドを差し向けた。


「スネーク・ダイヤモンド!」

「アズマ 神月一心流、天竺牡丹(てんじくぼたん)!」


幾重にも空気が割れ、そこに空虚な空間が出現する。まるで時間の止まったような感覚が、アダムスを襲った。

タカキの動きが、スローモーションのように感じる。だが、実際にスローモーションのように動いていたのは、アダムスの方だった。


「なにぃ?!」


タカキは、会長の机の上から、小さな箱を取るとそれを胸の中へとしまった。


「貴様……っ、今何を!」

天竺牡丹(てんじくぼたん)は、相手に錯覚を起こさせる技だ。俺の動きがゆっくりに見えただろう。あの瞬間、俺が攻撃を仕掛けていたら、今頃アダムスの身体は倒れていた」

「勝手なことを!!私を舐めるな!」


アダムスの怒りが余計に増す。

そのとき、ライトがタカキの中で叫んだ。


『タカキ、私がアダムスと話すわ!声を貸して!』

「ライト、でも、」

『お願い!私の大切な人なの!』


ライトの真剣な言葉に、タカキは悩んだ末に、頷く。


「わかった……」

「また、コソコソと何を…!」

「アダムス!私よ!ライトよ!」

「なっ、ライト?!」

「アダムス、どうして、貴方が地球に…!なんで、タカキを狙うの?!」


ライトが、苦痛な表情を浮かべると、アダムスの顔が変わった。

怒りではなく、困惑になっている。


「ライト、お前はそいつに騙されているんだ!」

「違うわ!タカキは私を騙してなんかいない!タカキはいつだって私を命懸けで守ってくれているのよ!」

「人間は我々の力を利用しているだけだ!お前だって、時期にわかる!人間は愚かで低脳で汚い…!闇の生き物なのだ!」

「ーーッそんな事ない!!!」


ライトが思い切り否定すると、アダムスが目を見開いた。

ライトは、拳を震わせながら叫んだ。


「タカキは、誰よりも強くて、優しいの……!困っていた私を助けてくれた」

「ライト……」

「お願い、タカキを殺そうとしないで!アダムスもタカキも私にとって、大事な人なの!どっちも死んだら嫌だよ!!」


泣きそうな声を聞いて、アダムスはわなわなと手を震わせた。


「もう、手遅れだったのか、」

「アダムス…?」

「おのれっ、人間め! やはり、ライトを操っていたな!」

「なっ! アダムス違うわ!!これは、私の意思よ!」

「違う、違う!それは、ライトの意思ではない!人間によって、操られているのだ!お前はもう、ライトではない!」

「そんな……っ!」


アダムスは、ライトに向かい刃を向けた。

ライトはショックから、体が動かない。

タカキが、何とか表に出ようとした、その時。





「……貴方は、」


ライトは目を見開いた。

息を切らしたウィリアムが、ライトを庇っていたからだ。

アダムスの攻撃を受けて、肩から血を流している。

ライトが、その肩に手を伸ばそうとした瞬間。

ウィリアムがライトを睨んで言った。


「いいか、覚えておけ」


ウィリアムは、武術の構えを取ると、エネルギーを放出させた。

そして、闘いの目をした男は、誓うように叫んだ。


「守るのは、(オレ)の役目だ!」


ウィリアムの長い足が宙に舞う。

振り回された足が次々に、アダムスのダイヤモンドを破壊した。


「何だと…!!」

「これ以上やるなら、今度は、その身を粉々にしてやろう」


散らばったダイヤモンドの上で、ウィリアムは骨を鳴らす。

野生の豹のような目で、アダムスを睨んだ。

アダムスはその目を見て、舌打ちをする。


「チッ、邪魔が入った……次こそは、お前を消し去ってやる」


そんな捨て台詞を吐いて、アダムスはその場から消えていった。

ウィリアムは肩をおさえながら振り向く。

そして、ライトの目の前まで行くと、ウィリアムは何を思ったか、思い切りライトの胸を掴んだ。


「ふぁっ?!!」

「……本物か」


むにゅっ。

揉み、もみ。


「なっ、なっ?!!」

「骨格からして違うな。だが、面影はある」


冷静に分析しているウィリアムだったが、流石にこの行動には、ライトもパニックになった。

今表に出ているのは、ライトなのだ。

タカキは、心に中で「あちゃー」と頭を抑える。


「オイ、タカキ説明を……」

「っ何するのよ、このドスケベ!!」


バシーーンッ!!

ライトのビンタが見事にウィリアムの頬に決まった。

ライトは焦りながら、顔を真っ赤にして怒っている。

タカキは内心ハラハラしていた。


「お前、誰だ。今、この俺を殴ったのか?」

「あ、あんたがいきなり、私の胸を掴むからでしょう!!」

「本物か、どうか確かめただけだろう」

「だからって、揉んでいいわけ無いでしょうが!えっち!!変態!」


言われたことの無い罵倒とされたことの無い仕打ちに、ウィリアム自体がついていけてなかった。

タカキは心の中で、ライトに話しかける。


『ライト、ごめんね。俺が後でいっぱい謝るから……今は代わってもらっていいかな?』

「でも、」

『大丈夫、これ以上この体には触らせないように、変身は解くから、ね』


タカキの言葉を聞いて、ライトは大人しく中へと戻った。

そして、タカキが外側へと現れる。


「あの、怪我大丈夫ですか?」

「タカキか」

「はい、」

「さっきのは、誰だ」

「後で説明します。それよりも今は貴方の治療の方が先です」


タカキは変身を解いた。

ライトは静かにタカキの中で眠る。

それを感じたタカキは、小さく安堵した。


「タカキ」

「はい、」


ウィリアムに近づくと、タカキは再びウィリアムに胸を揉まれた。


むにゅ。

揉み、揉み。


「男だな」

「はい。今触れてらっしゃるのは、外れかけたシリコンです」

「成る程。説明は後でしてもらう。それよりもその右側の胸に入っているのは何だ」

「あ、これは……会長の宝物です」


タカキはそう言って、それを大事に持って下へと向かった。

下には警察が大勢集まっていた。

爆弾処理犯、救急車、マスコミまで揃っている。

たくさんの人が集まる中、タカキたちは、川嶋会長のいる避難所へと案内された。


「ウィリアム様…!よかった、ご無事でしたか、」

「えぇ、もちろん。妻も無事です」

「先程は驚きました。ボディーガードたちの腕を振り払って、追いかける姿は、まさに勇敢なヒーローのようでした」

「止してください。結局、あの化け物は倒せずに逃げられてしまった。カッコ悪い男です」


タカキは川嶋会長のそばに近寄ると、持っていた指輪のケースを彼に渡した。


「何とか、これだけは、と思って……この指輪は貴方の元にないと」

「……ッお、おぉ…あの状況で?! これを守ってくれたのか、」

「貴方の命と同じくらい、きっと大切なものだと思ったので」


タカキが何も答えずに微笑みを浮かべると、川嶋会長の目からポロポロと涙がこぼれた。


「後、これもお返しします。もう十分彼に見てもらえました」


パパラチアサファイアのネックレスを外して、タカキはそれを川嶋会長に差し出す。

だが、川嶋会長は首を横に振った。


「この世で一番大事なものを貴方は私のために守ってくれた。そのネックレスは、貴方にあげましょう」

「え、でも、これは、奥様との大事な思い出が…!」

「妻との思い出は、これ一つで十分です。あの時、君は私自身を守ろうとしてくれた。そして、私だけでなく妻の大事にしていたこの指輪も、守ってくれた。貴方たち夫婦にこそ、そのネックレスは相応わしい」

「そんな、夫婦だなんて……」

「ありがとうございます、これ以上無い喜びです」

「ウィリアム…!」


タカキはオロオロしたが、ウィリアムが紳士的に頭を下げたことにより、何も言えなくなってしまった。

断ろうとも思ったが、本来なら偽物と交換してまで手に入れようと思っていたものが、好意で貰えることになったのだ。

とても申し訳なくも思ったが、タカキは深々と川嶋会長にお辞儀をした。


「お身体、お大事にしてくださいね」

「あぁ、また会いに来てください」

「もちろん、いつでも」


騒ぎになる前に、ウィリアムはタカキとボディーガードたちを連れてその場を離れた。

車の中でウィリアムが一言も話さなかったのでタカキも口を開くことはなかった。

先ほどまでのウィリアムが嘘のように、いつも通りだ。


でも。


窓ガラスに映る、ウィリアムの横顔が、いつもよりも少し優しく見えたのは、きっと気のせいではない気がした。





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