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ミネ☆ぷり  作者: 千豆
第七章「ウィリアム・ベリルの××」
50/52

‐38


ウィリアムがいなくなってから、タカキは、フラフラとした身体で風呂へと向かった。


「……夢、じゃないのか?」


シャワーを浴びながら、鏡に映る自分の姿を見て、首を傾げる。

ウィリアムが怖くない。

昔は、あれほど怖かった人なのに。


「あの人は、どうして、ここに……いや、どうして俺に会いに来たんだ……」


300年前に作られた暗号には、ベリル財閥の秘密が書かれている。

それは、ウィリアムにも解けない。

そして、それを見せるだけではなく、ウィリアムはタカキに母親が生きていることを教えようとしていた。


「何故だ……ッ!」


タカキは、自分の頭をぐしゃりと掻き毟った。

どんなに考えても解けない問題にぶち当たるのは、久々のことだった。

暗号のことも、ウィリアムのことも、母親のことも、タカキには理解できない。


シャワーから上がると、タカキは再びベッドへと向かった。

身体は問題なかったが、下手すると今夜も眠れないかもしれない。

そう考えると、今この時間を睡眠に当てた方が得策だと考えた。

明日、ヘマは許されない。

三時間後に起きることを決めて、タカキは深い深い眠りの中へと落ちていった。










「―――キ、」

「……ん、」

「タカキ……!」

「……ここは、FS?」


タカキはゆっくりと身体を起こした。

フラフラしているのを支えながら、ライトが心配そうな顔で覗いてくる。


「タカキの意思で、ここに来たわけじゃないのなら、相当深い眠りに入っているのね」

「あぁ、確かに気絶に近かったかも……ここ最近、よく眠れていなかったから」

「大丈夫? 実は、この間コナカちゃんとマリンがここへ来たの」

「あの二人が……? あぁ、そうか。クラゲさんのお陰か」

「うん、そう言ってた。ねぇ、タカキ、外の世界で何があったの?」


ライトは、タカキの腕をぎゅっと掴んだ。

心配をかけてしまったのだと、タカキは反省する。


「ごめん、前に言っていた、俺の兄が接触してきたんだ」

「あの、タカキを嫌っているとか言っていた?」

「うん」

「身体は?! どこも怪我してない? 精神面は平気なの?!」

「大丈夫。それどころか、少し驚いているんだ。兄の変貌ぶりに」

「変貌? 変わっていたの?」


タカキは、ここ数日起きたことをライトに話した。

ライトは、真面目な顔でタカキの話に耳を傾ける。

昨日同じベッドで眠ったところまで話したタカキは、ライトの顔を見て、キョトンとした顔をした。


「ライト……怒ってる?」

「怒ってるように見える…?」

「うん」

「怒って~~~は、ないけど……ズルいって思ったの!」

「狡い?」

「だって、私は、タカキと同じベッドで寝れないもの! 私とタカキは今はある意味で身体が同じだから、こうしてFS内で触れることはできても、眠ることはできないでしょ?」

「うん、できない」

「だから、いいな! って思ったの」


ライトの言葉を聞いて、タカキはクスッと苦笑した。


「なんで笑うの?!」

「いや、だって、ライトが小さい子みたいだったから」

「小さい子って、私、多分タカキよりずっと長生きしてるわよ?」

「そう言えば、ミネラル戦士たちって何歳なの?」

「誕生日って感覚が無いから、いくつって数えたりしないの。多分時の流れも地球と少しの誤差はあると思うけど、地球で数えるなら100歳は超えてるはずよ!」

「うん、長生きだね」


タカキは、深く考えないことにした。

女性に対して、あまり年齢のことを聞くものでもない。


「タカキ、もう身体は平気?」

「うん、大丈夫。ふらつきも取れたよ」

「よかった」

「ごめん、ライトの星を助けるって言ったのに、自分のことを優先していて」

「何謝ってるの?! やめてよ! 私が無理やり巻き込んだんだし、タカキが謝る必要なんて何一つないじゃない!」

「あと1週間ぐらいしたら落ち着くだろうから、そうしたら、色々探しに行こう」

「無理しないで。お兄様と一緒で、ただでさえ緊張していて休めてないみたいだし……何より、タカキを優先して欲しいの」

「ライト……」


ライトは、堪えきれずにタカキに抱きついた。

タカキもライトの身体を受け止め、頭をポンポンッと撫でる。


「外で危険が迫っていたら、絶対に私を呼んで。指輪にキスすれば、無理矢理にでもそっちに行けるから」

「うん、わかった」

「絶対よ?! お兄さんのことで万が一命の危機が迫る時があったとしてもよ?!」

「……無いことを祈ってるけどね」

「~~~タカキが心配!」

「大丈夫だよ、でも、今日ライトに会えてよかった」

「私も! あ、でも、そろそろ起きる?」

「そうだね、明日の準備もしなくちゃいけないし」

「明日は、何をするの?」

「外でクライアントと打ち合わせがあるみたいで、それについていくことになっているんだ」

「難しいお仕事みたいね」

「どうだろう。中身はまだわからないけど……」


タカキは、不安そうなライトの心を落ち着かせるために、いつもの笑みを浮かべた。


「ライト、笑って?」

「え?」

「ライトの笑顔が見れた方が、頑張れそうだから」


そんな歯の浮くような甘い台詞を言われたら、どんな女の子でも倒れてしまいそうになるだろう。

現に、今、ライトは全身を真っ赤に染めている。


「ん?」

「いや、その、ちょ、ちょっと待って?」

「ライト?」

「あ~~……その、タカキ、お仕事頑張って、ね?」


控えめな笑顔を浮かべた後に、両頬をおさえながら、ニコッと笑ったライトの顔を見て、タカキは笑顔で頷いた。


「行ってきます」




***



「よし、食事の用意はこれでいいか。後は……」


調理を終えたタカキは、冷蔵庫に品々をしまうと、エプロンを外した。

その時、コンコンッと、ホテルの部屋の扉を叩く音が鳴る。

タカキが出迎えると、そこには、ウィリアム専属のボディーガードが大きな荷物を抱えて立っていた。


「メイク道具一式に、マニキュア、宝石の装飾品に、ウィッグ……それに、ドレスに靴まで、よく一日でそろえられましたね」

「任務ですから」

「しかも、こんなに種類もたくさん……」

「可能な限り、調達致しました」


タカキがそう言うと、彼は表情をピクリとも変えずに答えた。

彼が非常に優秀なボディーガードである事は、聞かなくてもわかる。

ウィリアム専属ボディーガード。背の高い銀髪の彼は、名前を「アレク」と言った。もう一人、現在ウィリアムの近くにいる黒髪のボディーガードの名前は「ダモン」。二人とも、ウィリアム専属とあって、選ばれた人材だった。


「以上で、お揃いでしたでしょうか」

「はい、ありがとうございます」

「もし、また何かあれば、お申し付けください」

「はい」


無駄なことは一切喋らない。

これも、ウィリアムの教育だろう。

タカキもそのことに慣れていたので、さほど違和感は感じなかった。


そのまま、部屋からすぐに出て行ったアレクの後ろ姿を見送って、タカキはソファーに座る。


「さて……と、下準備は、これから……だな」


赤いドレスを見ながら、タカキは、そのラインを眺める。

他の備品はタカキが頼んだものだったが、ドレスだけは、ウィリアムが選んだものだった。

マーメイドのようなドレスラインを見て、タカキは顎に手を置いて考える。


「ウエスト……61……いや、58まではいけるか」


タカキは、頼んでいた備品の中から、コルセットを取り出して、自分の腰に巻いた。

器用にリボンを結びながら、手の感覚で、腰回りを測る。

キュッと絞られたウエストを見て、タカキは満足そうに頷いた。


「うん、このくらいかな」


そのままの状態で、服を脱いでいく。

パンツ一枚になったタカキはクルリと鏡の前で、回った。

男性用の下着姿にコルセットは、なかなか不思議な絵になる。

姿見でそんな自分の姿を見たタカキは、悩んだ末に、備品に手をかけた。


「……女性用下着に、ストッキング。完璧を目指すなら、穿くしかないな」


そう言って、男らしく決意を固めた、タカキは自分のボクサーパンツに手をかけた。

そして、面積の少ない女性ものの下着をつけ、その上からストッキングを穿く。

変装の途中の段階だと、ただの女装趣味にしか見えないが、これも仕事の一つだった。


「胸はシリコンの偽乳素材で誤魔化して、背中は開いてるから、ブラはつけない方がいいな。シリコン素材の上からヌーブラをつけるか」


徹底的にこだわりながら、女性を作り上げていく。

部屋の中は、女性の物で溢れていた。

ウィッグをつけ、髪をとかしながら、髪型を決める。


「髪色は……バレない方がいいだろうから、地毛とは違う色で、顔はアジア系だから、黒が無難か。バックが開いてるなら、首元はスッキリさせるべきだよな。でも海外では、前に下ろすのも多い」


悩んだ末に、タカキは思った。


「……髪型は決めてもらおう」


ひとまず髪をまとめて、結い上げる。

編み込みながら、まとめていける技術は、昔のアルバイトで培ったものだった。

そして、赤いドレスを着用する。

スリットが入っている為、片足が出ているが、タカキが気にしていたのはそこではなかった。


「……ストッキングの色は、黒の20デニールの方がいいかな」


自分の足を眺めながら、ストッキング一枚にも頭を悩ませる。

結局、肌色のままにした。

そして、今度は机の上いっぱいに、メイク道具を並べていく。


化粧水、乳液、美容液、下地クリーム、リキッドファンデーション、パウダー。

ビューラーも、マスカラもお手の物だ。

普通の男性なら、何がなんだか、どの順番だかもわからないものを、一つ一つ着実に塗っていく。

メイクを覚えたのは、化粧品のアルバイトで働いていたからだったが、特殊な整形級のメイクを学んだのは、ミキの雑誌を読んだからであった。


「後は、口紅を塗って、透明グロスで……完成」


顔が出来上がると、いよいよ、鏡には絶世の美少女しか映らなくなった。

全身を見ながら、それでも、タカキは難しい表情を浮かべる。


「……ダメだ。こんなんじゃ、あの人の隣には立てない」


自分の顔を見ながら、真剣に悩む。

タカキが悪いわけではない。

ウィリアムが美し過ぎるのだ。

タカキは、自分の前髪をあげた。


「前髪を無くすか……その方が大人っぽさが表現できる。後は、口紅の色を赤に変えて……よし」


タカキが、再び女装に励んでから数十分後。

ウィリアムが帰宅した。

気付けば、とっくに夜になっていた。


「いかがでしょう」


出来上がりを見せる為に、立ち上がってウィリアムの前に立つと、ウィリアムは商品を品定めするような眼で、タカキを上から下まで眺めた。


「女に見えるな」

「ありがとうございます」

「明日は、ネックレスはつけていくな」

「わかりました」

「指輪も外していけ」

「え……」


盲点だったところを突かれてしまい、タカキは冷や汗が流す。

この指輪はライトであって、しかも自分の意志で外すことはできない。

タカキが戸惑っていると、ウィリアムが眉を寄せた。


「早く、外せ」

「申し訳ございません……これは、外せません」

「その服に合わないデザインだ」

「承知いたしております。明日は、腕にロンググローブを装着しますので、これは……」


タカキが自分の手をギュッと握り込んだ、その時。

ウィリアムがその手を掴んで引き寄せた。

タカキの指輪を間近で、見つめる。


「……アレキサンドライトか」

「はい」

「2カラット……いや、周りを含めると3カラット弱だな。周りは、ゴールド。この輝きと色からして、1000万ぐらいか」


指輪の価値など知らなかったタカキは、ウィリアムの言葉をただ緊張な面持ちで聞くだけだった。


「つけていくのは許可する。だが、これは俺から貰ったと言うことにしろ」

「わかりました」

「他の男から貰ったものをつけているとなれば、疑われかねない」

「明日は、俺はどんな立ち位置でいたらよいのですか」

「まだ、公にしていない俺の婚約者だ」

「婚約者……」

「明日は、日本の宝石企業の会長に会いに行く。表向きはただの会長だが、裏では宝石のバイヤーとして有名な人間だ。資産も裏で得た宝石のお陰で、いい額を隠し持っている」

「しかし、会いに行く理由は、お金ではないのでしょう」

「当たり前だ。そのくらいの金など必要ない」

「でしたら……何故」

「彼の持つ、パパラチアサファイアのネックレスを手に入れたい」

「いくらで買い取るおつもりですか」

「いくらでも構わないが、彼には売るつもりはないらしい」

「希少価値が高いものなんですか?」


ウィリアムはソファーに腰掛けながら、答えた。


「シンハラ語で「蓮の花の蕾」という意味だ。産出の数が少ないが為に希少価値が高い。ピンクとオレンジの中間色の色合いが、混ざっているものだけが、パパラチアと認められている。幻の宝石とも言われている石だ。コレクターがこぞって手に入れたがる」

「でも貴方は、宝石に執着がないはずだ」

「あの人からの命令だ」

「……フライヤお婆様ですか」

「他に誰が俺に命令できる」

「……それでこちらに来られたのですね」

「他の仕事もあったが、メインはそこだ。だが、すでに二度断られている」

「貴方が断られるなんて……先方にもよっぽどの理由があるんでしょう」

「だが、こちらも何も持たずには帰ることはできない」

「俺は、何の為に?」

「一度だけ婚約者のお前がつけているところが見たいと申し出ようと思っている。見れたら諦めると……。ベリル財閥は会社にとっても恩のある会社だ。流石にそこまで無下にはできまい」

「それで、貴方はどうするおつもりなんですか」

「偽物とすり替える」

「それは、犯罪です」

「気づかれなければ、誰も不幸にはならない」

「しかし、入れ替えた貴方は、それを一生忘れることができない」

「それがどうした」

「貴方に罪を背負うことはさせたくありません」

「それを決めるのは、俺自身だ」


ウィリアムの目は、何のためらいもなかった。

タカキは、それ以上は何も言えずに、口を噤んだ。

すると、ウィリアムが寄ってきて、タカキの背後に回った。

後ろから、髪型をジッと眺める。


「アップか、」

「髪型で悩んでいました。下ろすべきか、上げるべきか」

「上げていろ」

「そうします。貴方に決めていただこうと思っていたので、」

「髪の毛は解く為に結ぶ。服は脱ぐために着る。そういうものだ」


その発言を聞いて、タカキは少し驚いていた。


「あの、一つ質問をしてもよろしいでしょうか」

「なんだ」

「貴方にも欲はあるのでしょうか」


タカキが尋ねると、ウィリアムは真顔のままで答えた。


「これを欲と呼ぶのかは、知らないが、頭で欲求だと理解するよりも早く体が動く事が多い」

「例えば?」

「殺されそうになった時に、生きる欲があるから、抵抗する。その時に、自分は生きたいと思っていたのかは、別だが、思っていなければ、身体は動かないだろう」

「反射的行動によって欲があると言うことを証明したわけですね」

「反射的な行動は、考えてする行動とは違い、不明点が多い厄介なものだ。自分でもコントロールができないとあっては、無くすこともできない」

「……貴方が人間らしいことを言うとホッとします」

「お前は俺をバカにしているのか?」

「とんでもない。……多分、憧れていたんです。何でもできて、いつも前を向いている貴方に」


タカキはそう言って、フワリと笑った。

その瞬間に、ウィリアムの表情がほんの少しだけ、驚いたものに変わる。


「今着替えて、食事の用意をしますね。シャワー浴びてきますか?」

「あぁ、」

「では、その間にここも片付けておきます」


タカキは、いそいそと散らかした服たちを片付けた。

ウィリアムは、静かにバスタブへと向かう。

鏡に映る自分の姿を見て、ウィリアムは頭をおさえた。





「本当に、笑うんだな……」




ポツリと吐かれた言葉は、タカキには届かなかった。

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